※この記事は2014年04月05日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背:第317回

 ライフネット生命の社長兼COO、岩瀬大輔氏が個人ブログに書いた「入社2日目の明日から試して欲しいこと」という記事(*1)が反発を受けている。

 記事内容としては「毎朝、定時より30分前にきっちりした身なりで出社し、新聞を読んでなさい」として、きっちりしたことを毎日続ける必要性を説いた、まぁ朝礼でよくある訓示レベルの内容である。

 しかし、ネットでは「ブラック企業だ!」「そういうことは30分前出社分の給料を払ってからやれ!」という、反発を受ける事になった。岩瀬氏はこうした反発に対抗して、「新聞を読まず、会社にはギリギリに駆け込もう」という意趣返しの記事を掲載したが、これを翌日にお詫びとともに取り下げている。

 一見、偉い人の浮ついた労働者観に対して、労働者側が反発している構図に見えなくもない。30分前出社を社長が訓示として話すことは、労働者、とくに新入社員にとっては30分前出社の強制に他ならず、残業代が支払われなければ労働法的に問題のある行為である。そうした主張は真っ当だし、労働者の権利として正しい反発だ。

 しかし、なんとなくそこに歪みを感じるのは、これが社会全体を見据えた批判というよりは、偉い奴がバカなことを書いているから叩いてやれという、単なる放火にしか見えないからであろう。

 「ブラック企業を許すな」というのは、正しい主張だと思う。
 しかし、こうして経営者の言動をチェックして「こいつは悪の経営者だ」と叩くことは、少し違うことなのだろうと、僕は考えている。

 ならば、悪の経営者を追い出して、正義の経営者がやってきて、労働基準法にそった経営をして、従業員に十分な給料と福利厚生を与えればそれでいいのだろうか?
 僕はそれは違うと思う。
 ブラック企業の問題は、決して悪の経営者という問題ではない。様々な効率化によって、人手を介した労働そのものが減っていく一方で、「働かざるもの食うべからず」という規範意識は増長の一途をたどり、結果として労働者の供給が過多となり、企業が労働者を安く買い叩くことができる土壌が整っている事自体がブラック企業問題の根幹である。

 これを個々の企業の問題にして、正義の経営者が納める企業こそは正しいのだと主張すれば、確かにその正義の経営者が納める企業に勤める人はいいのかもしれない。

 しかし、一方でそうした企業の外にいる人達の地獄は変わらないし、また正義の経営者を頂く企業にいないことそのものが自己責任として、労働者糾弾のネタとされてしまうだろう。それは結果としてブラック企業を生み出す土壌という問題を放置することに他ならない。悪の経営者ばかりを叩くことは奴隷制を放置しながら、奴隷を正しく扱う主人の存在を求めるようなものであり、本末転倒である。

 「30分早く出社して新聞を読め」という社長の放言に、さも企業責任を追求するような批判が集まりながら、一方で自己責任論が当然のように主張される社会状況というのは、むしろ本当に解決すべき問題を隠蔽し、一時的なバッシングによる快楽に昇華させてしまう、まるで麻薬に溺れている状況のように、僕には思えてしまうのだが……。

*1:入社2日目の明日から試して欲しいこと(ライフネット生命 社長兼COO)岩瀬大輔のブログ http://blog.livedoor.jp/daisuke_iwase/archives/7174438.html