ウーマノミクスは実現可能か?日本における働く女性の実際―″アマゾネス″でなくとも評価される時代を - BLOGOS編集部
※この記事は2014年04月05日にBLOGOSで公開されたものです
安倍首相が成長戦略の重要課題と位置付ける"女性の活躍推進"、ウーマノミクス。所得税における配偶者控除の見直しも指示され、いよいよ本格的に動き出しつつある。構想を牽引するロールモデルとも言える、第一線で活躍する二人の女性が4月3日、東京・有楽町の日本外国特派員協会にて会見を行った。
日本経済新聞社から、同紙編集委員であり前『女性』面編集長の阿部奈美氏。また経済産業省からは、経済社会政策室長『ダイバーシティ経営企業100選』担当であり4児の母でもある坂本里和氏が出席し、グラフ資料を用いて"働く女性推進"の概要を解説した。今回は中でも、自身の体験を交えながら"働く女性の現状"を語った阿部氏の講演部分をお送りする。【取材・撮影:塩川彩(BLOGOS編集部)】
阿部奈美氏 写真一覧
皆さん、こんにちは。こちらに登壇することができ、大変光栄です。私は阿部奈美と申します。Abe Nami…Abenami…Abenomicsという感じで、誰かが「Don't worry about Abenomics」とでも言おうものなら、私のこと?と思ってすごく気になってしまうのですが。
(会場笑)
日経新聞で編集委員を務めております。本日は、ウーマノミクスは実現しうるのか、お話したいと思います。
女性の活躍推進、ダイバーシティといいますと、まだまだ総論賛成、各論反対という雰囲気を取材していて感じます。しかし日本経済、あるいは社会はこのままでは立ち行かなくなってしまうんじゃないでしょうか。私はそういう風に思っております。
私は二十数年間にわたって企業取材を行ってきました。経営者にお会いする機会が多いんですけれども、今週の月曜日もある大手グローバルカンパニーの会長にインタビューしてきまして、彼らの意識が非常に変わってきたなと、最近すごく思います。なんと言うのでしょう、このままではいけないな、と。そういう"潮目"が変わったなというのを実感しております。今日は、こうした記者として私の普段感じていることを交えながら、本当に女性の推進は日本経済あるいは社会を救うのか、その辺のところをお話したいと思います。
1990年、経営者の本音は「女性の社員なんて要らない」
私が入社したのは1990年です。バブル真っ只中の時だったんですけれども、若い私が取材に行くと、企業の経営者はほとんどの方がこう言いました。「うちの会社は、たくさん女性が活躍している素晴らしい会社なんだよ。福利厚生はこんなのがある、保育の制度もこんなのがある」。すごくアピールしていました。でもこれはほとんど企業のイメージ戦略だったんですね。新聞記者と取材先は、取材を重ねるうちに信頼関係というのができてくるわけですね。そうすると本音が出てきます。その経営者たちは、ある日言いました。「女性の社員なんて要らない」…私は訊きました、「なぜですか?どうして?」
そうしたら彼らはこう言いましたね…みんな揃って同じことを言いましたね、別々のときに訊いたんですけれども。「女性社員は、時間と教育コストをせっかくかけたのに辞めちゃうんだよね。教育コストが回収できないよ」。
そういうことで段々、"辞めるんだったらもう元々採用だって男性みたいにしないし、チャンスだって男性と同じようには与えないぞ"みたいな、負のスパイラルのようなことになってきてしまったんですね。これが昔、90年代のころです。
世代は代わっていますけれども、同じ企業の経営者に訊きますと、彼らはものすごく変わりましたね。「男性であれ女性であれ、組織にとって貴重な存在であるならば、時間的に制約のある働き方しかできないというようなときでもなんとか乗り越え、それも会社がサポートをして、ずっとうちで働き続けてもらいたい」。そういう風に考え、今、人事制度ですとか雇用慣行にメスを入れています。
意識変革をもたらした二つの要因
そうして意識が変わったのには理由が二つあると思います。一つは人口減。皆さんもよくご存知かと思いますけれども、日本の人口は自然減だけで毎年二十数万人ずつ減っています。二十数万人というと少しイメージが湧かないかと思うんですけれども、東京都内でいうと調布市一個丸々の人口に匹敵します。埼玉県でいえば春日部市、あるいは神奈川県でいえば厚木市、西の方へいって大阪府ですと寝屋川市、兵庫県だと宝塚市。この辺りが22、3万人くらいなんですね。一つの都市の人口に匹敵する人たちが、どんどん自然減だけで減っているんですね。
これはどういうことかといいますと、15歳から64歳までの"生産年齢人口"の中で、働く意欲があって働く力もある人たち…"労働力人口"といいますけれども、これも確実に減っていく。こういう厳しい現実を経営者たちは突きつけられて「こりゃまずいぞ」と。
今の段階では、日本は移民の政策を積極的には行っておりませんので、「どうするんだよ」と。うかうかしていると人材という面で、グローバルな市場でコンペティターと戦えなくなってしまうんじゃないか、そういう危機感を非常に強めています。
"M字カーブ"って皆さんご存知かもしれませんけれども、女性の労働力の状況をグラフにとったものですね。縦軸が労働参加率、横軸が年齢別にとると―後ほど坂本さんの方から詳しくご説明がありますけれども、日本の場合は丁度アルファベットの"M"の字に似た形をとってるのでM字カーブと言んですけれども。山の二つは20代後半、40代後半。真ん中のくぼみは30代なんですね。出産と重なる時期がここに集中しているわけですが、なんと日本では第一子を持ったときに退職する人が働く女性の6割。この状況が過去20年間変わっていないんですね。
出典: 『平成23年版 働く女性の実情』(概要版) - 厚生労働省 写真一覧
だからこの"M字"というのが日本とか韓国はそうなんですけれども、他の国、先進国は大体"丘(hill)"のような形をしているんですけれども。安倍政権は「このくぼみの部分をもう少しでもあげればGDPだって上がるんじゃないか、日本経済がもっと活性化するんじゃないか、眠れる人材は女性なんじゃないか」―そういう風に思うようになってきています。
経営者の意識が変わってきた二つ目の理由は、雇用モデルがもう限界にきているということですね。今、変化とスピードが求められるこの時代に勝ち残るためにはイノベーションが必要である、と。しかしながら日本企業というのは、高度経済成長期に形成されてきた日本的雇用慣行―正社員をどっと新卒で採ってOn the Job Trainingで鍛え上げて、社内で競い合わせてトップに上り詰めていくっていう"年次主義"とかですね、あとは終身雇用とか、年功賃金・昇進とかそういう雇用慣行があって、非常に流動性が低いわけですね。今までの日本的雇用慣行ではなくて、モデルチェンジしないと、とてもじゃないけどグローバル市場でコンペティターと戦っても勝てないんじゃないか、と。そういう雇用モデルの限界っていうのを感じているわけですね。
そこでダイバーシティというのが出てくるわけですが、異なるバックグラウンドの人。性別、国籍、年齢、あるいは経歴、学歴、経験。いろんなバックグラウンドの人が、異なるアイディアとアイディアがぶつかりあった方がイノベーションは生まれやすい環境な訳ですね。そういう風に組織を変えたい。正社員が一丸となって同じことを考えて、みんなで長時間労働して企業の競争力を高めてきたっていう時代は確かに過去にはあったんですが、このままではだめだと、そういう風に思い始めています。
しかしながらダイバーシティは企業の活力の源泉といわれているんですが、実際の企業、どうでしょうかと。元々これまで女性を採ってこなかった企業とか、男社会だった、製造業ですとか金融、保険。そういった業界の男性正社員の勤続年数の平均年数でいうと15年とかですね、それくらいになるんですね。そういうところの女性の管理職、部長・課長級に占めるの割合っていうのは6%とか、その程度な訳ですね。頭では分かっているのに、どうしてここまでダイバーシティが進まないのかというと、これは意識の面と、働く側と企業の側、働く女性本人と経営者、それぞれの意識が変わってないからだという部分もあるわけですね。
"アマゾネス"を評価してきた企業側
肝心の働く女性はどうかといいますと、日経新聞のグループの中で日経ウーマンという月刊誌があるんですけれども、そこで調査したら600人くらい有効回答があったんですが、「あなたは管理職になりたいですか?」、そういう風な質問に対してなんと半分くらいが「なりたくないです」、30%くらいが「どっちか分からない」。合わせて80%くらいが「なりたい」っていう意欲をちゃんと示さないわけですね。「なりたい」って明確に答えた人は18%、それしかないんですね。皆さんよくご存知のような、国立の有名な難しい大学を出ていても、「あなたは卒業したら何になりたいの?」って訊くとですね、文化系の人なんかは「一般職になりたいんです」。そういう風に答えるということが日本ではまだあるんですね。"まだ"というか、"ある"というのが事実なんですね。
これはどうしてかと言うと、一つには、冒頭にも申し上げましたように企業の側は今までどういう女性を評価し、育ててきたかといいますと、男社会の企業に関しては、"男働き"と日本語で言うんですけれども、男性のように会社のために「何でも無制限にやります」。突然の残業もそうだし、出張もそうだし、単身赴任だってみんな普通にやってますし。そういう"男働き"ができる人しか、まあアマゾネスみたいなね。 実は私も女性に見えるかもしれないけれど、中はアマゾネスかおじさんかもしれないんですけれども。
(会場笑)
そういう風な人間を一杯増殖させてしまったというか。それが今の現実なのかもしれませんね。
だからそんな先輩を見てると「あんな女性になりたくない…」とかですね、「あんな風にまでして私は出世したくないのよ」みたいな、そういう女性がいるっていうのは現実として受け止めなくてはいけなくて(笑)。これが今の日本の現実です。
ただ企業の側も言い分はあってですね、20代30代というと、私はキャリアの仕込み時だと思うんですね。失敗しながらいろんな経験を積んで、段々力をつけていって、自信をつける。仕事の面白さや醍醐味っていうのを味わうのもこの時期なんですが、やっぱり育児をしながら職場に復帰するとなかなか責任ある仕事っていうのは任せてもらいにくくなったりして。企業の側は大事な時期に休まれたり「子供が熱を出した」って言って早退されたりすると責任ある仕事を任せづらいっていうこういう現実がある訳ですね。一方キャリア志向のある人、復帰したんだけれども時間的に制約のある働き方しかできないっていう人。この人は「働きたいんだけれども、責任ある難しい仕事を任せてもらえない」っていうことになると、「ああ、私はもう会社から、組織から期待されていないんじゃないか」って思って、失望して辞めていってしまう。NPOとか行っちゃったり。そういうケースが非常に多いんですね。この負のスパイラル。これをどうしようかっていうことで今変わってきているわけですね。
経営者の意識、女性の部下を持つ管理職、あるいは働く女性本人。この人たちの意識っていうのはものすごく今、変わりつつあって、今までは経営者や管理職というのは"女性の活躍推進"っていうと、優しさを勘違いしていてですね。「なんだか大変そうだから、難しい仕事は任せちゃいけないね…」という感じだったんですけれども、今は、「出産は病気ではありません」と。そういう試練を与えて、経験を積んでできるだけキャリア形成の早い段階で仕事の面白さっていうのを味わってもらって、出産しても必ず戻ってきてもらう。そういう風な考え方に、今変わりつつあります。
女性だけでなく、"持続可能な社会のため"の課題
時間がなくなってきたので最後に私は言いたいことを言いますけれども、日本は今高齢化がすごく加速していて、介護の問題。親の世代の介護の問題も出てきます。今、日本では働きながら家族の介護をしている人っていうのは290万人。統計に表れているだけでそれくらいいます。その中で、働き盛りの40代50代っていうのは170万人くらいですね。毎年、介護離職が10万人ずつ。10万人ですよ、悔悟を理由に辞めているっていう人が出てきています。だから「時間的に制約のある働き方しかできない」なんていうのは、女性だけの問題じゃなくて男性にとっても、みんなの問題なんですね。だからこそ企業は柔軟な働き方、キャリアが途絶えるかもしれない、あるいは一時的にがんがん働くっていうことができない時期かもしれないけれども、そこをなんとか乗り越えて、いい人材を流出させないような、そういう手を打ってる企業にはいい人材が集まるのではないかと。そういう風に思っています。
今、日本は高齢化が進んでいて医療費がものすごく拡大しているんですけれども、この抑制をするために、"社会的入院"というのを日本はできなくなっているんですね。要するに高度な医療・治療が大変じゃない人は長期で入院できなくなって、すぐ退院させられるんですね。 そうするとどこに行くか。「介護施設」っていうんですけれども、何人待ちかご存知ですか皆さん。公的な医療保険が適用される特別養護老人ホームっていうのがあるんですが、"特養"って略してるんですね。これなんと、最近でた統計では52万人待ちです*1。
よく皆さん「HOKATSU」とか言ってね、英字新聞では保育園に入れない児童のことがメディアに取り上げられてますけれども、実は今、介護の"介"をとって「KAIKATSU」かもしれないんですけれども、"待機高齢者"の問題が非常に深刻になっています。在宅療養っていうんですが、地域で肝心の介護あるいは医療に携わる人材が圧倒的に不足しています。それで今、認知症というのは予備軍も入れると全体でいうと800万人くらいって推計されているわけですね*2。
そうして、日本の男性の生涯未婚率。一回も人生で結婚しない人の割合は遂に20%を超えたんですね、最近*3。そうするとこの問題を、働き盛りの男も女も皆が抱えることになると。社会全体でこの仕組みを変えていかないと、労働市場の流動性を高めていかないと、もう身動きが取れなくなってきますよ、本当に。いい人材は働きやすいところにどんどんとられていきます。
産業という意味でも雇用市場の流動性を高めるとー今は成熟産業にしがみついている優秀な人材が一杯いるんですが―成長産業、サービスだとか医療だとかそういう風なところに人がシフトしやすくなるという。
そういう意味でも、今は大きな転換期。第二フェーズに日本経済は入ってきたんじゃないかと、そういう風に思っております。
最後に一言。安倍政権は今成長戦略に"女性の活躍推進"を掲げているんですが、今まで日本で女性の活躍推進というと、どうしてもウーマン・リブですとか人権、男女共同参画みたいな、あるいは福祉ですとか。そういう視点で語られてくることが多かったと思うんですが、それはそれで私は重要だと思うんですけれども、それを超えて今回「日本経済あるいは社会が、これから持続的に成長していくために」と位置づけたところが大きいという風に思っております。短いですが、これで終わらせていただきます。
*1 厚労省、特養待機者2千人増に訂正 - 日本経済新聞
*2 認知症高齢者の現状(平成22年) - 厚生労働省
*3 高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会 - 共生社会政策統括官:高齢社会対策:内閣府
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