※この記事は2011年05月26日にBLOGOSで公開されたものです

　福島第一原子力発電所の事故の影響で、福島県会津地方の観光客が激減し大きなダメージを受けているという。(*1)


　原発事故があった初期に、関西や九州の業者が、海外の輸入業者から「放射性物質が付いていないという証明を出せ」などと要求されたり、北陸や西日本の旅館などでキャンセルが相次いだという報道を見て、外国人が過剰反応をしているとして、理不尽に思った人は少なくないだろう。

　しかし、日本人であれば福島から大阪や兵庫、福岡といった都市が遠くはなれていることははっきりと分かるが、海外の人にはそのようなことはわからないのは当然である。そして、日本人であっても、福島県内の市町村の位置関係など、福島県民か、地理が大好きな人ぐらいしかわからないだろう。

　そうした状況で、福島第一原発から遠く離れた会津地方でも、「福島」というくくりで観光客が減るというのは、仕方ない側面も強いだろう。


　原発事故以降、こうした放射性物質への懸念を指して、マスメディアは「風評被害」という言葉を盛んに使用している。そこには「その懸念は不要であり、本当は安全なのだ」という自負があるのだろう。

　しかし、原発事故以前の日本を知っている私からすれば「そんなに風評被害、風評被害だと騒ぎ立てるのはどうなの？」と疑問を持ってしまう。なぜなら、原発事故以前の日本は、他国に対して同等の風評被害を流布して、なんら良心の呵責を感じていない国だったからである。


　近年、日本からの風評被害を一身に受けつづけたのは、中国だろう。

　中国産うなぎからのマラカイトグリーンの検出や、中国産の冷凍餃子にメタミドホスが混入され、10人が中毒症状を起こした事件などが発生したことから、マスメディアは「中国産食品は安全、国産品は安全」などと、盛んにアピール。「中国産食品は危険」というイメージが日本全体に広まった。

　中国の輸出業者からしてみれば、そうしたヒステリックな反応は「風評被害」以外の何物でもなかったはずだ。そうした反応に対して待ったをかけたマスメディアは極めて少ない。それどころかニュースのネタができたと喜び勇んで、残留農薬の違反などを上げ辛い「中国産はこんなに危険だ！」と槍玉にあげた。そして日本人は「やっぱり中国産は怖い、国産は安全だ」と安易な二元論に溜飲を下した。


　厚生労働省の「平成21年度　輸入食品監視統計」(*2)によれば、生産・製造国別の違反状況は、中国がもっとも多い387件で、ついでアメリカの187件が続く。

　「ほらみろ、中国産は危険じゃないか」と思うかもしれないが、日本は圧倒的に多くの食品を中国から輸入している。また、検査件数も多いのだから、違反件数が多いのも当然の話である。

　中国は検査件数110,916件のうち、違反件数が387件。アメリカは20,793件のうち、187件である。この割合を計算すると、中国製品は検査件数の0.35%が違反、アメリカ製品は検査件数の0.9%が違反ということになる。

　もちろんこれをもって「アメリカの食品は危険だ！」などと騒ぐつもりはない。ただ、中国産食品の危険性が日本で騒がれているほど高くないと言いたいだけである。


　では、中国産食品の危険性が高くないことがわかったとしても、それでも国産品は外国産に比べれば、圧倒的に安全なのでは？　と思う人もいるだろう。

　これについては厚生労働省が、2003年度の農産物中の残留農薬検査結果の中で、国産品と輸入品を比較し公表している。(*3)

　200万件を超える検査数の中で、基準値を超えた残留農薬が検出された件数は、国産品で15件、輸入品で51件であった。この結果を見て「輸入品は国産品の３倍危険だ」と言えるのだろうか？

　詳細(*4)に書かれているが、農薬の残留基準が設定されている品目の検査件数のうち、国産・輸入の別は、国産品が188,920件、輸入品が640,805件であり、うち基準を超えた割合はともに0.01%以下である。

　このように、国産の食品だから、外国産に比べて安全ということはないのである。

　「中国の冷凍餃子は死亡事故を起こしたじゃないか。危険の質が全く違う！！」という主張もあるだろうが、先日は日本で調理された国産牛のユッケで死亡事故が発生している。これもまた「国産も危険」ではなく、死亡事故に至るような食中毒事故など、１億３千万人が毎日食事をしているという事実に比して、極めて少ない例外的な事故であると解釈するべきである。データが欲しければ、これも厚生労働省にある(*5)ので、一度流し読みをしてみることをおすすめする。


　日本人はこうした現実から目を逸らし他国を理不尽に貶めて、日本は素晴らしいという自尊心のためにさんざん利用してきた。そのことに対する反省もなしに、その視線を自らに向けられた時だけ「風評被害だ！」と騒ぎ立てても通用しないのは、当たり前である。

　残念ではあるが、今のところ日本が他国にそうした風評を向けられたとしても、それは甘んじて受ける他ないように思う。

*1：会津でも風評被害、喜多方ラーメン苦戦（読売新聞）http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110520-00000082-yom-soci
*2：平成21年度　輸入食品監視統計（厚生労働省）http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/dl/07toukei.pdf
*3：食品中の残留農薬検査結果等の公表について（厚生労働省）http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/zanryu2/081027-1.html
*4：平成１５年度農産物中の残留農薬検査結果（厚生労働省）http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/zanryu2/dl/081027-1b.pdf
*5：食中毒統計資料（厚生労働省）http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/04.html

■プロフィール：
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）…1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。