【佐藤優の眼光紙背】開き直れ、ホリエモン！ - 佐藤優
※この記事は2011年04月27日にBLOGOSで公開されたものです
４月２６日、ライブドア社をめぐる粉飾決算事件で、４月２５日付で最高裁判所第三小法廷（田原睦夫裁判長）が証券取引法（現・金融商品取引法）違反の罪に問われた堀江貴文元社長の上告を棄却する決定をしたことが明らかになった。堀江氏は最高裁の決定に異議を申し立てるそうだが、過去にこの種の異議が認められたことはない。２週間程度で、堀江氏を懲役２年６カ月の実刑とした一、二審判決が確定することになる。筆者は、堀江貴文氏と対談やトークショーで数回一緒に仕事をしたことがある。ひとことで言うと、堀江氏は天才である。東京大学文学部で宗教学を専攻したことと深いところで関係していると思うが、堀江氏は「目に見えないもの」に対する感覚が鋭い。普通の人には見えないものが、堀江氏には見えるのだ。堀江氏は、実業家として成功したが、決して拝金主義者ではない。市民社会の原理に極めて忠実な人である。市民社会においては、議会制民主主義が基本になる。国民は選挙で政治家を選ぶ。政治家を選んだ後は、国民は政治をプロの政治家に任せ、市民としての活動に専心する。市民としての活動とは、欲望の追求、つまり経済活動だ。そうすることによって秩序ある社会の発展が自ずから成り立つと考える。こういう市民社会の論理を徹底すると、アナーキズムに近づく。「国家なくしても人は生きていくことができる」という思想を、堀江氏は実践で示した。
国家は本質において嫉妬深い存在だ。堀江氏のような国家に依存しない、市民社会の論理を徹底する人を、国家秩序の担い手という自意識を強く持つ検察官は、本能的に拒絶するのである。堀江氏が逮捕された事案は、虹のスペクトルの中の中間色のようなものだ。虹の７色のどこまでが赤色でどこからが橙色になるか、さらにどこで黄色に変わるかはよくわからない。虹の赤色を青色と描き出すことは、プロの特捜検察官の手にかかれば朝飯前である。要は、「ホリエモン的な、額に汗して働く国民と異なった価値基準を持つ者を断罪することが国家のためだ」と検察官が信じれば、堀江氏を犯罪者にすることは、きわめて簡単なのである。
このあたりの事情は、堀江氏と元特捜検察官の郷原信郎氏（弁護士、名城大学教授）の以下のやりとりを読むとよくわかる。
郷原 ここで少し話を変えて、証券取引法、現在の金融商品取引法の目指しているものは何なのか。証券市場のフェアネスっていうのは何なのかということがまずあると思います。その証券市場のフェアネスって何なのかということを考えてみたいと思います。そこで証券市場のフェアネスをこれ以上害するのは許せないという判断基準が出てこないといけないはずなんですよ。
堀江 郷原さんはどう考えますか。
郷原 市場の取引が十分な情報開示に基づいて行われているか、投資家が自分の責任で情報を判断して売買ができるか。これらが重要な点なので、投資家の判断を誤らせるような情報を流すのは許されないと思います。そういう観点で、たとえば事件化されたライブドアの二〇〇四年の決算はどうですか。
堀江 ライブドアの二〇〇四年の決算にしたってそうですけど、僕は問題ないと思いますよ。投資家って、会社の将来を見てその会社の株を買うわけですよ。たとえば事件化された二〇〇六年当時に株を買う人は、大半が二〇〇七年の好決算を期待して買っているわけです。そういう時期に、過去にさかのぼって二〇〇四年にこれだけの不正があったと言って、事件化して何がやりたいのかと思うんです。株主を殺したいの？ という話ですよ。実際に、そう思っていたんじゃないですか。
検察は個人投資家に対して、「お前ら、こんな株式市場なんて賭場に来るんじゃない」と言いたかったんじゃないかと。検察は「君らはコツコツと額に汗して働いて、郵便局に貯金しなさい」というメッセージを発したんじゃないかとも思うんです。証券市場そのものの存在が悪だから近寄るんじゃない、と。
郷原 それは、証券取引法の罰則を適用する以上は絶対言っちゃいけないことですよ。証券市場を守るための罰則なんだから、その証券市場を壊す方向での罰則適用っていうのは、本来あってはならないことです。
堀江 でも検察は証券市場を壊しましたよね。僕は検察にも薄々、分かっていたと思いますけどね。あんなことしたら、こうなるって。
郷原 いやぁ、分かってない。
堀江 分かってないですか。
郷原 当然分かるだろうということでも彼らは分かっていません。それくらい視野が狭いんですよ。（郷原信郎『特捜神話の終焉』飛鳥新社、２０１０年、８４～８６頁）
検察官の価値判断の基準は、「普通の国民の目線」である。特にポピュリズムが強まるとワイドショーと週刊誌の中吊り見出しを基準に、検察の正義が実現されていくのである。郷原氏は、<世間を揺るがしたライブドア事件の起訴事実の主要部分が、そのような単なる「見解の違い」の問題に過ぎないということは、ほとんどの人に理解されていない。>（前掲書２７２頁）と指摘する。筆者も郷原氏の言うとおりと思う。
４月２６日、堀江氏は東京都内で記者会見を行った。いくつか報道を読み比べてみたが、読売新聞の報道が筆者にはもっとも興味深かった。
獄中からもメルマガ発信という堀江被告
旧証券取引法違反（有価証券報告書の虚偽記載など）に問われ、最高裁で上告が棄却された元ライブドア社長・堀江貴文被告（３８）は２６日夕、東京都内で記者会見し、「しかたがない。おそらく１か月くらいで収監され、どこかの刑務所に入る」と述べた。
懲役２年６月の実刑とした１、２審判決が確定するが、同被告は「最高裁判決が出ても、罪に問われるのはおかしいという主張を続けていきたい」とし、「（収監後は）ゆっくり本を読んで勉強したい。僕に原因のあった部分もあったと思うが、（刑務所から）帰って、皆さんのために役立ちたい。メールマガジンや本は、獄中でもできる限り発信していきたい」とした。（４月２６日読売新聞電子版）
堀江氏のスタンスはわかりやすい。「罪に問われるようなことをしたと思うならば正直に謝るが、そうでないのだから無罪主張を徹底して続けていく」ということだ。国家に依存しない市民社会の論理を堀江氏は首尾一貫して実践するという宣言だ。筆者も堀江氏の「開き直り」宣言を支持する。こういう主張をすると「改悛の情がない」ということで、刑務所からの仮釈放がなかなか認められない。堀江氏はそのことを覚悟している。こういう筋を通す生き方を筆者は尊敬する。
東日本大震災後の復興で、堀江氏の才能を社会のために生かした方が、結果として日本国家のためにもなるのだが、司法官僚にそのような大局観を求めても無駄だ。刑法２８条では、「懲役又は禁錮に処せられた者に改悛の状があるときは、有期刑についてはその刑期の三分の一を、無期刑については十年を経過した後、行政官庁の処分によって仮に釈放することができる。」と定められている。堀江氏が獄中からメールマガジンや本の形態で発信するメッセージに世論が肯定的に反応すれば、堀江氏の仮釈放が早まる。国家主義者の筆者としては、一日も早く堀江氏が社会に復帰し、結果として国家のためになる働きをすることを望んでいる。（２０１１年４月２６日脱稿）
■プロフィール：
佐藤優（さとう・まさる）…1960年、東京都生まれ。作家・元外交官。日本の政治・外交問題について、講演・著作活動を通じ、幅広く提言を行っている。
近著に「3.11 クライシス！」など。
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