※この記事は2011年04月22日にBLOGOSで公開されたものです

3月11日に発生した東日本大震災と、それに伴う福島第一原子力発電所の事故から１ヶ月が経過しました。被災地の被害の爪あとは深く、未だ続く余震に不安な日々が続いています。また、「自粛」や「買い占め」、計画停電の影響で、日本経済への不透明感も広がっています。

そのような中、災害時のインターネットサービスの役割が再認識され、発電・電力供給の分野においてもインターネット技術への応用が注目が集まっています。

今回のBLOGOS チャンネルは、前グーグル日本法人名誉会長で村上憲郎事務所代表にご出演いただき、情報伝達の手段におけるウェブサービス、電力危機におけるスマートグリッドの面で、インターネットが復興に貢献する可能性について語っていただきました。

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池田信夫（以下、池田）：こんばんは、アゴラ編集長の池田信夫です。今回のBLOGOS対談は、元Google Japan社長の村上憲郎さんをお迎えして、スマートグリッドの話や、今回の震災の後、日本がどう復興していけばいいのか？というお話を伺いたいと思います。まずは簡単にご紹介します。村上さんはGoogle Japanの代表取締役社長として、日本のGoogleを経営されてきまして、今年1月にGoogleを退任なさって村上憲郎事務所を開設されました。そういうわけで、もうGoogleの人ではないわけですが、今回の震災ではGoogleが大変活躍したということで、非常に評価が高いですよね。

村上憲郎（以下、村上）：そうですね。若い昔の同僚達が素晴らしい仕事をしたそうです。先生がおっしゃるように、私はもうGoogleの人間ではないんですが、非常に誇りに思っております。

池田：今日の本題は今回の地震、特に原子力発電所がああいう状態になって、日本のエネルギーの問題がクローズアップされています。長期化している計画停電や、エネルギーのインフラをどうするか？それについては村上さんが前から、スマートグリッドを提唱されてきました。アメリカでもスマートグリッドという構想が言われていて、日本でも前から話はあったんですが、若干、冷ややかに見られてきた節はあるわけです。でも、「今回の震災でエネルギー網を改めて建て直したらいいんじゃないか！」という機運が高まってますよね。

村上：そうですね。もちろん、私もGoogleサイドの人間としてスマートグリッド関係を携わる機会があったんですが、決して、皆さん反発しているということじゃなくて、今ある日本の電力インフラ……。それは北米ともヨーロッパとも違う、素晴らしい物だったわけですね。今は大変なことになっていますが。そうすると、その中でスマートグリッドがどういう役割を徐々に果たしていくのかという議論は、真摯になされていたと思います。今日、スマートグリッドの話をするわけで、まずは「スマートグリッドとは何ぞや」ということを、パワーポイントの書類を作ってきたので、それに沿ってお話を進めていきます。分かりにくいところが出てきたら、池田先生に合いの手を入れていただければと思います（笑）。
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　まずは「スマートグリッドって何だ？」ってことです。簡単に言うとグリッドというのは電力の網のことなんですね。皆さんもこれまでも気にもしなかった電力網の記事を、新聞紙上などで見る機会が増えたと思うんですが、そのグリッドに情報の網を束ねていく必要があるんじゃないか？という考え方なんです。


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　このポンチ絵には、電源のコードの横に皆さんがご存知の有線LANのコードが寄り添っているわけですが、実際にこんな風に物理的に寄り添っている必要はありません。スマートグリッドが完成した暁には、電力を必要とする物はスマートグリッドに接続することになります。そうすると、スマートグリッドの情報網は今のところインターネットが想定されてますので、要するに、電力網に接続されているものは、将来的には全部インターネットに繋がれるという形になっていくわけです。やや抽象的すぎて分かりにくいかとは思うんですが。

池田：僕なんかが思うのは、一般消費者の目から見ると、計画停電っていうのはすごい乱暴なやり方ですよね！地域によって、電気が要る人も要らない人も一括して止めちゃうわけですから。これをもうちょっと必要な人だけ供給するとか、スマートにできないか、ってことなんですよね。

村上：私も最初に「日本の電力網はこれまで非常に優れて出来上がっていた」と言いました。それはその通りなんですが、計画停電に関しては、上流である発電所から、電力を消費する側である需要家のところに一方的に電力が送られる中では、スマートグリッドと言ってもいいような物が日本では成立してたんです。でも今回の場合は、そのコントロールが変電所・配電所までは細かく出来なかったところがありました。計画停電には、いろんなご批判があったとは思うんですが、実は「計画停電が出来た」ということは、日本のグリッド（電力網）が（ある程度はスマートに）出来ているという点でフェアに評価する必要があると思います。

　ただ、今後は、デマンドサイド（需要家）が発電するケースも出てきます。一般家庭や工場、オフィスとかが発電も今後するわけですね。「デマンド側がどんな（電気の）使い方をしているんですか？」という細かいところまで、グリッドが賢く見ていく。そういう状況になってきたときに、スマートグリッドという形がある程度、完成された状況と言えるんだと思います。


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　たとえば、スマートグリッドに繋がる家は「スマートハウス」なんて言うわけですが、「今の家にもインターネットも電力も繋がってるから、スマートハウスじゃないの？」という意見もあるかもしれません。でも、実際にはそうなってないですね。パソコンでインターネットのウェブを見たりはできるんですが、一番肝心の消費電力をインターネットで見ることができない。先ほど、先生がおっしゃったように「具体的に需要家がどれだけ使ってるの？」とか、インターネット側から家庭の消費電力を、後ほど説明しますが、デマンドレスポンスみたいな形で制御していくと……。そうして初めてスマートハウスになるんですけども、まだそうはなってないと。
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　去年5月から今年の2月にかけて、スマートメーターという物の制度検討会が（資源エネルギー庁で）開催されていて、私も委員として参加しました。簡単に言いますと、皆さんのご家庭にある積算電力計をインターネットに繋げるという物なんですね。いわばスマートハウスのハシリといいますか、各家庭やオフィスや工場に、電気がどういう風に使われているかを「見える化」していこうと。

池田：「夏のピーク時に高校野球を見るのはセーブしろ」とか「自動販売機やめろ」とか、計画経済的な発想で「お前やめろ」みたいな話になります。でも、こういう風にピークで危なくなってきたら料金を上げるようにする、とか、料金と連動させることも可能になるんですよね？

村上：そうですよね。後ほど、ネガワットという考え方を少し説明したいと思います。スマートグリッドがある程度行き渡ってから、大口需要家から始まるはずです。最近の計画停電、あるいはこの夏の大停電を回避しようという動きになってて、ご存知のように（契約電力量の削減を全利用者に割り当てる）総量規制をやって、みんなで（大停電にならないように）乗り切ろうという話も出ていますが、その乗り切ろうとしてるのは、トータルの電力量（キロワット時）ではなくて、やや難しくなるんですが、瞬時のキロワットなんですね。そこが発電量を超えて使われるのをどうやって避けるかという話なんです。スマートグリッドが実現すれば、一律ではなくもっとシステマティックな「仕組み」として、そうした事態が起こらないようにできると思っています。


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　これ（スマートメータ）を全世帯に入れていくとなると、早くやっても5年～10年といったスパンになります。それに間に合わないというときは、自主的に、こういった「とりあえず自分のところがどれくらい使っているのか見たい」という要望に答える製品も出てまして、このTED5000というのはアメリカの製品ですけど、もうすでに日本でも各メーカーさんが製造を加速されています。さらに言うと、家庭の消費電力の明瞭化の先にやっぱり、個々のテレビ、冷蔵庫、洗濯機、クーラーなどの家電製品が同じようにスマートなアプライアンス（家電製品）になるべきという考え方もあるわけですよね。


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　中には「インターネットに繋がってるテレビはすでにあるんじゃないの？」って言われる方もいるかもしれませんが、今のところは回線はネットに繋がっていても、電力消費という観点からすると繋がっていません。（スマートなアプライアンスになることで、ネットを通じて）クーラーの設定温度を（自動的に）下げるとか、冷蔵庫の冷凍庫を少し切って上げてということも可能になるわけです。一つ一つのアプライアンスがどれくらい電力を使っているかということは、こういうスマートコンセントという物で分かります。これは富士通さんだけじゃなくて、NECさんもパナソニックさんも開発されてまして、それはパソコンと繋がって、実際に電力使用の詳細を見ることができるようになっています。そこまでは何とか実現しつつある。出発点だろうとは思いますけど。


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　それで、今までお話したハシリのところから、一足飛びになりますが、池田先生のお話にもあったように今回の原子力発電所での事故を受けて、多様な発電を考えていく必要があると思っています。政府の方も基本政策として再生可能エネルギーの技術を徐々に高めていこうと政策もあるわけです。
　
　たとえば太陽光発電だと、晴天ではガンガン発電するのに、曇りの日だとイマイチとか。風力についても、風が吹いたら発電するけど、吹かなかったらアウトとか。そうした不安定さの除去に使うとか、また今は太陽光（の余剰電力）はキロワットアワーで42円で今年買い上げると。（全量買い上げは）奇しくも3月11日に閣議決定してたんで、国会審議に入ると思いますが、そういったこと（政府の補助）をいつまでも続けられるわけではありません。

　やっぱり基本的には、いろんな発電の仕組みの中で、何がコスト的に見合っているのかをしっかりとマーケットで決定していくことが必要です。そうなると、小口の発電……。皆さんのご家庭で、太陽光発電をしたり風力発電した物は、それが余ったときに足りないところで使ってもらうというのは、今は42円で買い上げて頂くという形なんですが、そういう仕組みは永遠には続けられない。やはり地産地消という（仕組みを）作って行かないといけません。そのあたりで、電気をどう使っているのかというのは、スマートグリッド、つまり情報網としてのインターネットがサポートした電力網で電力が「見える化」されてないとうまく行かないのでは。

池田：ちょっと見ている方のために分かりやすく言うと、今までの電力網って、「下り」だけ。つまり、電力会社からお客さんに電力を送るだけの電力網だったわけですが、今の太陽光だとか風力だとかお客様の方で発電した電力を「上り」で送らないといけない。そうなると、かなりネットワークの管理が難しくなるということですよね。

村上：はい、我々は今まで非常に安定的な電力を享受してきたわけですよね。日本の電源品質というのは、周波数も電圧もピシッとしていて、それによって、いろんな産業……特に半導体や極細加工といった分野は、安定した電源品質によって支えられている部分があります。おっしゃるように（「上り」の）不安定な物が混じることを「逆潮流」というのですが、それが無秩序に流れ込んでくると安定供給を目指してきた日本の電力の仕組みから言うと、なかなか悩ましい問題なのは確かなんですね。万能ではないんですが、スマートグリッドを実現することで、そうした不安定性の除去できるのでは。

　それで、この「蓄電」（電力を貯める）というのが非常に重要なキーワードになっています。この（電力）エネルギーは「溜められない」というのが大変な問題でして、「蓄電がたやすくできないか」ということで、より廉価な形での設備というのが開発しているところであります。そこのところも、スマートグリッドがあって初めて、発電→蓄電→需要という形がスムーズに流れるようになると思います。


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　少しややこしい話にはなるんですが、需要家側をうまくマネージする仕組みが必要になります。今のように「ひたすら節電」ではなくて、「仕組みとしての節電」というのを、デマンドレスポンス（電力系統の供給能力に応じて、電力事業者側で需要家側の電力消費を制御する方式）やネガワット（使わなかった電力）という新しい概念を入れていく中で、解決していこうという動きが出始めています。次なんですが、HEMS／BEMS／FEMSなんて言葉が書いてありますけど、これはフルネームですと、Home Energy Management System（家庭エネルギー管理システム）、Building Energy Management System（ビルエネルギー管理システム）、Factory Energy Management System（工場エネルギー管理システム）となっています。

　いずれも、節電・省エネの流れの中で、湯水のように電気を使うのではなく個々の努力で減らしていくという物です。さらにそれから、より広域に渡っての、DSM（Demand Side Management＝需要側管理）という物で、サプライサイドではなくデマンドサイドへの進化も期待されているんですが、いずれにしてもこれらはグリッド、すなわち電力網がインターネットに支えられなくては実現できないわけです。

池田：日本の視聴者に分かりやすく言うと、スマートグリッドというのは元々アメリカから出てきたお話ですよね。アメリカでは、かなり以前から発電と送電を分離するという意識があって、送電網を発電所と別の組合みたいなところが持って、電力料を取り引きするというのが昔から行われてきたんですね。残念ながら、そこでエンロンとかややこしい会社が出てきて変なことをやって、カリフォルニアやニューヨークで大停電が起きたりしたと（苦笑）。非常にトラブルが起きたと。その一つの原因として、グリッドが相当痛んでると。それは、この際、新しい物にしようというのが、スタート地点だったわけですよね。

村上：はい。スマートグリッドは今に始まったわけではなく、以前からあったコンセプトです。それが、オバマ政権が誕生した2年前に、グリーン・ニューディールの大きな柱のとして打ち出されたというわけですね。おっしゃられたカリフォルニアの大停電というところから始まって、アメリカにはご存知のように3000くらいのプレイヤーが発電や送電に携わっているわけですね。それが、電源品質も良くないし、停電も多いというところが指摘されてて、それを「解決しないとダメだ」というのが、オバマ政権のモチベーションだろうと思います。それと同時に、カリフォルニアの大停電の後、デマンドサイドのマネージメントが出来てない、つまり発電量と需要サイドがミスマッチを起こしたということになるわけですけど、「じゃあ、ひたすら発電量を増やせばいいのか？」というと「それも違うだろう」ということになりまして、デマンドレスポンスやネガワットの試みもされてきているわけですね。

　このスマートグリッドを入れていく流れの中で、日本は今、すごく危機的な状況にあるわけですけど、ベース・ロード（電力、ガスなどの事業において、ある期間における、最低の変動することのない稼働状態のこと）が毀損している状態にあるわけですが、その中に新しいエネルギーも取り入れていかなくてはダメだということになってくると、ピークカットやピークシフトというところが、一律に25%カットで済ませるのではなく、何か賢いスマートなやり方があるのではないか。その一つとして、デマンドレスポンスやネガワットの制度を取り入れるべきじゃないかと、いろんなところで申し上げてるんです。


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　これは細かいアレで申し訳ないんですが、今説明したようなことが書いてあります。今だと「みんなで頑張って節電しましょう」と、ひたすら強制するとか、ひたすらボランティア精神に訴えるのではなくて、努力して削減した人にはネガワットと呼ばれる、ある種のクレジットが渡されるということですね。分かりやすく言うと、皆さんは何アンペアという契約をされているわけですが、社会全体や地域全体の発電量が、皆さんが目いっぱい使うと足りない。下手すると大停電に繋がると。我々が3月に経験したようなああいう状況になるというケースがあります。それを避けるために、自分が積極的に「そういう時に（電力使用量を）下げますよ」という宣言をした場合には（クレジットが渡される）。（消費者・電力会社になり代わってエネルギー管理サービスを行う）DRアグリゲーターが、電力予測を勘案しながら「何キロワット落とそう」ということになると、それに「参加できます」って人を集めてきて、そこはキロワットを下げるという約束をすると。

池田：これも日本の視聴者には馴染みのない仕組みだと思いますので、ちょっと補足いたします。アメリカだとさっき申し上げたように、送電網と発電網が別々になっていて、発電する会社が足りないときに他所の会社から買ったり、あるいは売ったりする市場が存在するんですね。ですから、電気を他所の会社に売ることが当たり前になっているわけですね。さっきのネガワットというのは、言って見れば「マイナスの電気を売る」ということで、「これだけ節約しましたよ」ということを売るようなシステムと。マーケットメカニズムがあるからうまく行くわけであって、日本も建前上は（電力の）卸売り市場が存在することになってるんだけど、日本はマーケットでやるという気持ちがないと。

村上：日本の電力会社は10社だとよく言われるんだけど、実は50社近くあるんですよね。六本木ヒルズで森ビルさんがやってる会社のように、特定地域の電気事業者という形であったり。卸売り市場も形成しているんですが、規模としては小さくて確かに具体的なマーケットが形成されてるとは言い難い部分もありまる。今後、多様な発電が始まってきていて……。先行きどうやっていくかといことになると、新しい電力システムやマーケットを形成していくしかなくて、それには電力網にインターネットが寄り添うスマートグリッドによって、それが支えられるんだろうと思うんですね。画像を見る

　スマートグリッドが支える新しい電力インフラとは何かということになると、多様の発電事業の参入機会を支持していくのではないかと。既存発電、原子力発電もソーラーも天然ガス、ビル・ゲイツさんが進めている新しい原子力など、軽水炉に問題があるんだとしたら、それも含めて公正な競争がないと、イデオロギー臭というか「あれが好き」「これが嫌い」という感情論ではまずいと思っています。多様な発電事業を信じる人はコストダウンを図るし発電効率を上げるわけだし、そのためにもスマートグリッドの出番になるわけです。

　さらに、多量に発電されて逆潮流が起きたときに電力を吸収する……料金を取って蓄電するというやり方もあるんですね。そして放出するときにもお金を取る。溜めるときと出すときの両方でお金を取れるわけですね。やる前から「蓄電なんて」と言ってると何も進まないわけで、そういう多様なプレイヤーが自分の信じるところに従って事業を起こしていく。そういうことを実現するような仕組みを支えているのがスマートグリッド。どこで何か起こっているのかを常に把握することができる電力網。新しい発電事業の多様性も支えられるだろうし、ややこしい需給バランスに対応する事業を支えることができるわけです。

池田：それも消費者として申し上げると、東京電力という電力会社が安定供給だとこれまでは言われてきたけど、今回の計画停電の騒ぎでは全然、安定してないわけですね。会社側は安定してるけど、地域全体にとしては東京電力がドーンとあって、他に代わりが全くないというのは非常に危ない状態ですから、多様な会社が参入してくるということは一社がおかしくなっても全体で支えることができる。本当の意味での安定供給を実現できるわけですよね？

村上：そこはなかなか複雑なところがあって、これまで電気の料金の有難さというのが、「電気を使いたい人は、使えるだけ使いなさい」という方針への反省材料だと思っています。電源品質として周波数とか電圧とかを崩していってはいけませんが、安定供給をする上では、『目いっぱい使う』という契約もあれば、「ネガワットに協力したらお金が戻ってくる」という契約もあるといった具合に、「自分がどういう立場の需要家なのか」を明確にするという新しい仕組みに、今回の騒動を契機に移行するべきだと思っています。

池田：その辺はアメリカ生まれのスマートグリッドのコンセプトと、今の日本の前提条件がやや違うところがあって、「日本はすでにスマートだよ。地域独占でがっちり管理しているから安定供給できてるんだ」という冷ややかな見方もあったんです。でも、今回の件で、地域独占というのがいかに不安定かということが分かったということは、電力会社の人達も一つ賢くなった部分もあって。「地域独占じゃなくて、もう少し競争を導入した方がいいんじゃないか」という制度改革の問題と、スマートグリッドは表裏一体になっているというわけですね？

村上：ええ。最初に申し上げたように、各地域の電力会社の方々は非常に努力して、これまで電力品質を維持されてきたと思います。ただ、2009年11月1日に、太陽光を1キロワットにつき48円で買い取るってことになって、一方通行だったグリッドが、下流から発電が起こってくるという形になって、今までの一方向ではなくて、そこは日本的な形でのスマートグリッドの必要性は気づかれているわけですから。次にエネルギーセキュリティという意味合いでも、きちんとやっていく必要があると思っています。

　全く手がつかずに「今からか？」って言うと、そんなことはなくて、すでに若い会社が始まっているんです。これはエナリスって会社なんですけど、今は豊田市で行われている実証実験に参加していまして、今まで私がお話したようなスマートグリッドの構造の中で、事業を進めていて、新しい電力インフラの中での事業で言うと、今は発電側の仕事を中心にやっていて、風力発電や太陽光発電の発電予測であるとか、非常に今後重要になってくるところも始めているんですね。今後はDSM（Demand Side Management）という、どう節電するのか、節電しつつ発電するという奇妙なことが小口需要家に起こってくるわけですけども、そういったことも、今年の夏、電気事業法27条に基づく供給制限するという政府の方針も出ているわけですが、もし「ピーク時に25%削減しなさい」と言われたときに向けたサポートもすでに始めています。スマートグリッドの実現を遠望した形でやっている。若い人達のやっている新しい会社なんですが。今このような危機の中に日本がいるわけですけど、この危機を試練と受けとめて、その中から先へ行く動きが出ている。それは、いいんじゃないかなぁと。
池田：僕も基本的に村上さんと意見は同じなんですけど、そういうことをネット上で言うと「お前は何も知らない癖に勝手なこと言うな」と言ってくる人が結構いるわけです。そういう人達は「電力会社がガッチリ管理しているからいいんだ」と。日本の電力会社って、発電所が電力をコントロールしてるわけですよね。それを（発電と送電に）切り分けて、別のネットワークを作ろうとするとものすごい設備が必要になってきますよね。それが「本当にメリットとコストが見合うのか？」とおっしゃる方もいるわけです。

村上：そこのところは、我々IT屋からするとデジャブのような感じになるんですけど、かつては電電公社というのがあって、通信網を独占していました。80年代にアメリカ行くと電話がかかったりかからなかったり安定してなかったけど、日本に帰国すると必ずかかると、素晴らしい電話を享受してたわけですが、1985年に民営化して競争原理を導入したわけですね。ネットワークは電電公社が持ってたわけですから、それをどう使うか。今ではKDDIとかソフトバンクとか複数のいネットワークが出来上がってるわけですが、電気の場合は日本国の財産として、電力網を持った方がいいのか？という議論もあるわけです。今のNTTのように、（他社が）ネットワークを使うときには料金を払うというシステムもあるわけですから、電力はグリッドの（上流に当たる）系統の部分を共有するということも考えられるわけです。

　先ほどの50ほどの電気事業者があると申し上げましたが、彼らは（旧来からある）10社の電力網を使ってるわけですよね。発電のところは競争原理を取り入れて、網のところはスマートグリッドにしてインターネットと束ねていく必要があると思います。ただ実際の電力は、電信柱のトランスから各家庭に引き込まれているわけですけど、それを二重三重に作る必要は全くないです。

池田：もちろんそれはないと思うんですが、送電網を一つの組合のような物が所持して、発電の会社は発電だけ、というのがアメリカの例で。北欧もそんな風になっています。世界的に見ると、成功例もあれば失敗例もあるんですが、先ほどのNTTのような流れになってますよね。それを受けて日本でも発電と送電を分離した方がいいんじゃないか、という議論もあるんですが、それも生臭い話は抜きにして、（純粋に）技術論としてはどうでしょうか？

村上：まあ、IT屋から言うと、私も12ボルト以上は分からん人間だから、正直、専門家の方の意見を聞きたいところですが（苦笑）。単純にマーケットプレイスみたいな物を想定すると、スマートグリッドが支える市場という点では、（発電と送電の）分離はかなり順当な選択肢だと思っています。

池田：日本はどんな業態でもそうなんだけど、クオリティが高い代わりに特定の会社が押さえてしまうという図式があって。日本の国力はもう昔ほど強くないので、安く競争でサービスを提供するという風に考えを改めないと大変なんじゃないかと。

村上：そうですね。インターネット（の通信用語で）はベストエフォートっていう言い方をしますよね。「約束したわけじゃないと頑張るよ」っていう意味で、もちろんそれは停電しちゃダメなんだけど、需給のバランスのところでどれだけ柔軟性が取れるかっていう話です。そういったところを入れていく時期に来てるんじゃないかと。簡単に結論が出るとは思いませんが、今回の震災で3万人近くの犠牲者、何十万人という被災者が出ているわけです。それにどう報いていいかは分かりませんが、今回の表題にもあるように「スマートグリッドが切り拓くスマートニッポン」という言い方を私はよくしているんです。何か新しいことを打ち出して挑戦をする必要があります。「これ以外のやり方はないんだ」じゃなくて、いかに新しい考え方や仕組みを打ち出せるかと思っています。私は割りと「50％はできる」と言う人間ですから、同じ見方でも「50％はできない」と言ってしまう人もいるわけですが、そういう立場からすると、スマートグリッドに支えられた新しい電力システムを作り出せたら、それを新興国たち、中国、インド、東南アジアなどに輸出していくことができる。「日本は危機の中からこれを作り出したじゃないか」と言われるような物を生み出せればと思っています。
池田：さっき村上さんが通信との関連性を指摘されていたんですが、僕もそれを感じたのは2000年前後にNTTのインフラを開放するかしないかで、90年代の後半から相当スッタモンダがあって、NTTは嫌がったけど、通産省が無理やり開放させたと、その後、ソフトバンクが入ってきて一気にブロードバンドの世界でトップランナーになったと。もしかすると、これだけ大きな犠牲が出て、あまりいいことはないわけですが、何か一つでもいいことが生まれるとすると、新しいインフラに新しい企業がやってきて、そこにかつてのソフトバンクのようなイノベーションが生まれて、エネルギーの分野で世界に打って出れるような物が生まれてくれば、たった一つのいい話になるかもしれませんね。

村上：スマートグリッドの話を過去2年間ほど、アメリカの動向とか踏まえていろんなところでしてきたんですが、アメリカの連中は「要素技術は全部、日本が持っている。だけどシステムって形に構想する力に欠けてる」って言うんですよ。要素技術はあるんですから、それを活用するだけと。日本では「石橋を叩いて渡らない」っていう慎重姿勢でこれまで来てたわけですが、これからは「浅瀬だったらズボンをまくりあげてでも渡るか」というチャレンジが求められてるわけですね。この時期にこういう言葉遣いは申し訳ないですが、好機に変えるようにすると。禍をもって福に転じることを目指すべきじゃないかと思っています。

池田：技術は持ってるけどオペレーターが出てこないというところで、人の問題なんですかね。

村上：そういう人達が登場する舞台装置でもあると思うんですね。新しい発電の仕組みを信じる人達が出てくる。先ほど紹介したように、エナリスみたいな小さな会社も生まれてます。みんながチャンスを追っかけることができる舞台装置として、スマートグリッドが役割を果たす可能性があると思っているんですね。

池田：今日のお話は僕もその通りだと思うんですけど、技術的なバックアップと、もう片方では制度改革といいますか、多様な会社が入ってこれるような市場メカニズムを作るとか、かつての電電公社がNTTになったときも不安視する人もいたけど、今では競争市場に育ったわけだから、競争環境を作るという物と技術的なサポートの両面が必要ですよね。

村上：そうですね。霞ヶ関にも志の高い官僚がたくさんおられるわけですから、そういった方々が今回の国難に立ち向かって、頭ごなしに可能性を否定するんじゃなくて、さまざまなプランを試していくことができると思います。是非、エンタープレナーシップ（起業家精神）を持った若い人達にですね、スマートグリッドに挑戦して頂きたいと思っております。

池田：この番組を見ていらっしゃる方の中には、「自分こそ次のソフトバンクになってやろう」という方がいらっしゃったら、次のビジネスチャンスはエネルギーの分野だと思っています。今日はどうもありがとうございました。

村上：ありがとうございました。


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出演


村上憲郎（むらかみ　のりお）
株式会社村上憲郎事務所代表取締役。慶応義塾大学特別招聘教授、会津大学参与。日立電子、DEC、Northern Telecom Japanなどを経て、Google Inc. 副社長兼 Google Japan 代表取締役社長を務める。2011年1月1日付でGoogleを退任、村上憲郎事務所を設立。著書に、「村上式シンプル英語勉強法」、「村上式シンプル仕事術」など。

・Twitter


聞き手：池田信夫（いけだ　のぶお）
経済学者。上武大学大学院経営管理研究科教授、SBI大学院大学客員教授、株式会社アゴラブックス代表取締役。言論プラットフォーム「アゴラ」を主宰。「電波利権」（新潮新書）、「希望を捨てる勇気-停滞と成長の経済学」（ダイヤモンド）などがある。

・アゴラ｜池田信夫 blog｜Twitter


過去の放送


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