※この記事は2011年04月16日にBLOGOSで公開されたものです

　東日本大震災のニュースを初めて知ったのは、３月１１日の朝だった。家人がラジオで地震発生のニュースを聞き、私はすぐにテレビをつけて２４時間体制のチャンネルＢＢＣニュース２４を視聴した。大きな津波が駐車場や田畑を呑みこみながら広がってゆく情景が映し出され、日本の英字紙ジャパン・タイムズのエリック・デュー記者が被害の状況を電話口で伝えていた。デュー記者は数十年前からの知人の一人。ロンドンでまさか日本の災害の様子を彼の口から聞くとは思わなかった。まるで悪夢のような思いがしたものだ。

　東京の電車がすべて止まり、その日の間の復活の見込みがないことを知ると、これは本当に大変なことになったと思った。地震や津波が東北地方で発生したのに、東京で電車が不通になるとはー。

　東京で働く家族の安否を確かめるために電話をかけたが、通じない。現在の状況がすぐに知りたいと思った私は、ツイッターを見た。都内の交通状況や避難先などの関連情報が次々とツイートされていた。リアルタイムの情報を収集し、必要な情報を互いに伝え合うのに、何と便利で重要なサービスかと感心したものだった。

　２４時間ニュース専門のテレビ局（ＢＢＣ２４、スカイ、ＣＮＮ、ユーロニュースなど）のチャンネルを適宜変えながら視聴し、地上波の通常の定時ニュースも見て、ツイッターで日本のすばやい情報を得る作業に没頭した。グーグルニュースの日本語版で日本の大手報道機関が出すニュースもたまに見たが、ツイッターのほうが情報が早く、情報の交換ができるので、ツイッターに主に頼っていた。

　翌日からはテレビのニュース報道の視聴に加え、複数の新聞を買い求めて日本のニュースを集め、ツイッターで日本の現在の状況を知るーというのが日課となった。リアルタイム及び深い分析を知るには、ＢＢＣのラジオ４という音声中心のラジオ局が役立った。また、英ニュース週刊誌「ザ・ウイーク」、「エコノミスト」、「ニュー・ステーツマン」の震災特集も買い求めた。

　日本の大手報道機関（新聞やテレビ）の震災報道がどうだったのか？私はこれを的確に判断することができない。というのも、英メディアによる報道は多様で十分に充実したものであったのと、これに付け加える形での、日本の生の声や厳選された情報(読むべき記事など)はツイッターで分かったので、時々、グーグルニュースで見出しをチェックする以外は、当初、日本の大手マスコミ報道は必要なかったからだ。
　ただ、グーグルニュースで日本の大手マスコミ報道にあたると、ニュースは時系列に表記されるため、どれが１面のトップになっているのかなど、その報道機関のニュースの位置づけが分からない。
　現在、私自身が日本の新聞を購読していないのと、各新聞社のウェブサイトの無料閲読分にはすべての記事が載っていないので、日本の新聞報道に関しては十分に評価できない立場にいる。経済週刊誌の東洋経済、ダイヤモンド、海外情報に強いサイト、日本ビジネス・プレス、さらに日経ビジネスのウェブサイトには考える論点を提供する記事が多数提供され、非常に役立った。また、このBLOGOSのサイトも、思い思いの論点が紹介されており、考えるヒントになった。

結局、海外に住む日本人にとって、情報収集や論考にもっとも役立ったのはネットで展開される情報であった。ネット上で情報を存分に出す媒体（例えば、上記の日本のネットサイトに加え、英国では、購読者でなくもほとんどすべての記事が読める「エコノミスト」や無料閲読が原則となる英国の新聞社サイトなど）があったからだ。

　なお、テレビ、新聞、ネットが分かちがたく融合している英国の現状を一言記しておきたい。先のＢＢＣ２４はテレビ受信機でも見れるが、ネットでも同時配信されている。ＢＢＣ及び民放の多くの番組は放送後でもテレビあるいはネットで視聴できるようになっており、ＢＢＣの充実したニュースサイトには世界中からアクセスがある。新聞社のネットサイトのほとんどは無料閲読が原則で、ラジオももちろんネットでも聞ける。また、テレビあるいは新聞記者はネット上でも思い思いのブログを書く。ツイッターをやる記者も多い－もちろん実名である。

―自粛？



　震災発生直後、私はツイッター上で、ある本の感想を書いた。この本は震災にはまったく関係のないことを扱っている。すぐに「今、そういうことを考えられないよ」という主旨の返答が、複数返ってきた。私はヒヤッとした。自分はいかに鈍感であったかと反省したが、それから数週間の間に、ツイッターで「言ってはならないこと」が出てきたことを知った。つまり、人を不安に陥れるようなことを言ってはいけない、できればフォロワーを「元気付けることを言って欲しい」ということなのだった。例えば、原発問題を長年取材してきた作家広瀬隆さんのブログを紹介し、これが原発の怖さを書いたものだったので「情報発信者として慎重になって欲しい」「つぶやく内容を十分に確認してから流して欲しい」などの返答が来た。

　他の人のつぶやきを見ても、「デマを流さないように」「他の人のツイートを確認せずに拡散しないように」などというメッセージが頻繁に出るようになった。

　ツイッターは携帯電話などで気軽に見れる。タイムラインに流れるつぶやきは、見る人の心にすっと入ってくる身近さがある。だからこそ、暗いつぶやき、原発の恐ろしさを語る文章は、情報の受け取り手にとって、衝撃度が高いのだろう。

　これからは、本当に慎重に情報を流そうと心に決めたものの、「ふと、思いついたことをーーそれは心に広がる不安感もしれないーーつぶやいてみる」というツイッターの醍醐味がやや減じた感じもした。

―言えないこと、言わないこと



　ツイッターの言論空間が少々窮屈なものになりつつあっても、状況が変われば、人の気持ちの持ちようも変わるだろう。だからそれほど気にすることではないかもしれない。

　しかし、もっと大きな懸念がある。それは、日本の政府や大手マスコミの中で、「こんなことを言ってはまずいだろうから、言わないでおこう」「言えば、パニックが起きるから」－という自制部分がときに強すぎるのではないか、と言う点だ。通常であればそれでも国は回っていくだろう。しかし、今は緊急時だ。はっきりと事実を述べ、出すべき情報はどんどん出していくことが必要だ。

　私は英テレグラフ紙のコラムニスト、アンドリュー・ギリガン氏が福島の原発事故の対処に当たる作業員に直接取材した記事（３月２７日付）を訳し、これをブログに載せた。この記事には作業員の名前と顔写真が出ていた。日本のマスコミでもすでに個人名が出ていたかもしれないが、ブログに対する感想で、「日本ではほとんど(作業員の個人名などに関して)報道されていない」というコメントをもらった。

　一方、民放チャンネル４のアレックス・トムソン記者は、震災発生からまもなく現地入りし、津波で家屋などが瓦解した中に立ち、「ここには今後もう人は住めないかもしれない」「その前提で復興計画を進めようという声もある」と伝えた。これを聞いて、「そんなこと言っていいのかな、現地の人にとって、衝撃ではないか」と思ったものだ。

今月１４日になって、管首相が東京電力福島第１原発の避難区域に１０年あるいは２０年、人が住めないと言った、あるいは言わなかった、「ニュアンスが違う」（枝野氏）など、ニュースになった。
津波の被災地にしろ、原発の避難区域にしろ、その将来に関する情報は時には住民にとっては残酷と思われても、どこかで保留せずに外に出るよう、政府は努力するべきだ。報道機関はこうした情報を国民のために引き出すようにして欲しいと強く願う。

―英メディアと情報の欠落



　同じく民放チャンネル４のメインの司会者ジョン・スノー氏も、震災後、日本に飛んだ。原発事故の状況に関して、政府あるいは東電側が十分に情報を出していないことを指摘した。ＢＢＣニュースでも、原発事故発生の初期の頃、「日本側が十分な情報を出していないので、これ以上の分析ができない」と科学専門の記者が述べていた。

　震災から１ヵ月後、日本政府は、福島第１原発事故について国際原子力事故評価尺度（ＩＮＥＳ）の評価で最悪のレベル７とした。スノー氏は、日本滞在時、原子力関係者は「あいまいで」「何が起きているかを認めようとはしていなかった」が、実はその時も「そして今も、何が起きているのか分からないのだろう」とブログに書いた（４月１２日付）。「分からない」と当局が認めるのは恥だが、政府や原子力関係者自身が、国民同様、動揺し、あわて、混乱している部分もある、と見るのは現実的であろう。

　時々、日本の記者クラブ制度と外国人記者や海外報道とを関連づけて、記者クラブ制度や日本の当局を批判する論考を目にする（海外メディアは記者クラブに入っていないため、政府会見などに出席できない場合が多いなど）。今回の震災に関する英メディア報道に接する限り、日本の記者クラブ制度のために日本政府から情報が取れず、不都合であったという話はとくには表面化していない。私がたまたま英エコノミスト誌のアジア担当エディター、ドミニク・ジーグラー氏に聞いたところによると、一般的な話として、「政府会見には出ようと思えば出られるが」「閉鎖的な記者クラブの外で活動したい」と本音を聞かせてくれた。

　英メディアが送った大量の特派員は震災の現場に向かっていた。大衆紙「サン」は震災の翌日、家屋瓦解の大きな写真に、ひとこと「黙示録」という言葉を載せて一面を作った。日曜紙インディペンデント・オン・サンデーは日の丸を１面に載せ、「がんばれ、日本。がんばれ、東北」と日本語で入れた(３月１３日付)。

　今回の英メディア報道で強い印象を残したのは、一人ひとりの記者が、記者であること以上に一人の人間として見た事を率直に伝える姿であった。

　チャンネル４のスノー記者は、コンビニの前で文句も言わずきちんと一列に並ぶ日本人の姿を見て、その礼儀正しさに感動し、同局のトムソン記者は仮設風呂場を提供する会社の活動を紹介し、風呂場には「日本人だったら１０人入れるが、私たちだったら８人で一杯だな」と苦笑する。フィナンシャル・タイムズのデービッド・ピリング元東京支局長は、被災地の大きな破壊の状況に、ただただ呆然とし、大きく衝撃を受けながらも、元の家の所在地を確かめるためにやってきた住民たちと一緒に探し物をする。

　震災発生から一月後、ガーディアン紙のジョナサン・ワッツ記者は「まだ日本の福島の戦いは終わっていない」という見出しつけた記事を書き、チェルノブイリ事故より福島原発事故の影響が重いと見る米専門家などの見方を紹介した（４月１２日付）。ワッツ記者は、福島原発の事故で放射能汚染による死者は現在までに出ていないが、果たして作業員が十分に守られているかを問いかける。「英雄として賞賛された作業員たちが」、最も有名な「核のモルモット」になることを危惧している。私自身、非常に気になっていることの一つであるー問題が起きた原発の近くで作業をする人々は、本当にきちんと守られているのだろうか？

　報道機関が、または組織に属していないジャーナリストが解明すべき事柄はまだまだ多いと思う。（終）

小林恭子

在英ジャーナリスト。新聞業界紙や朝日新聞社「Journalism」などに寄稿。ニュースサイト「ニューズマグ」（http://www.newsmag-jp.com/）を運営。著書に、『日本人が知らないウィキリークス (新書ｙ)』（共著、洋泉社）がある。
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