※この記事は2011年04月15日にBLOGOSで公開されたものです

　震災で被害を受けた学生や生徒に対し、新卒や中途採用の枠の一部を「被災者枠」として確保する企業が出てきているという。(*1)

　もちろん、復興のために当座の働き先を提供するというのなら問題はない。しかし日本の雇用慣行においては、正社員として一度人を受け入れるということは、彼らを定年まで、さらには定年を超えて再雇用まで面倒をみるということになる。
　企業側も、１年２年であれば、被災者のための採用枠を、予定していた採用枠にプラスして増やす事は可能だろう。しかし、一生面倒を見る正社員の枠をそうそう増やすことはできない。
　では、被災者枠を作った結果、何が起きるかといえば、被災地以外の学生や生徒、そして非正規労働者に対する正規雇用の枠が、被災者枠の分だけ減るのである。

　今回の震災は、決して被災地だけに被害を及ぼしているのではない。
　被災地の会社に商品を卸していた、被災地以外の企業も当然ダメージを受けているし、観光産業は被災地から遠く離れた西日本や九州の観光地ですら、外国人観光客のキャンセルが相次いでいると報じられている(*2)(*3)。こうして日本各地の企業が大小さまざまな形でダメージを受けている。
　そして当然のように非正規労働者たちが賃金保障なき自宅待機や、雇い止めなどで苦しんでいる。(*4)
　そうした状況で、被災地のみならず、全国各地の学生や生徒、そして非正規労働者たちが、安定した労働環境を得られるのかどうかという不安の中にいる。被災地の人だけに正社員という身分を提供することは、本当に良心的企業が当然負うべき、社会的責任なのだろうか？

　確かに、被災者は苦労しているし、そうした人たちを助けたいという企業が良心をもって被災者枠を設定していることは分かる。
　しかし、新卒採用を重視し、正社員は基本的には解雇をせず、雇用調整は非正規労働者の首切りで行なう「日本型雇用」という歪みの中では、こうした企業の良心も、被災者以外の学生や生徒、そして非正規労働者たちに対する門戸を閉ざす「差別」へと変質してしまう。そしてそうした日本型雇用の差別的な本質は、正規と非正規の格差として、震災の前からさまざまな方面から指摘されてきた問題である。
　今回、採用に被災者枠を設定した企業は、被災者を優遇することが企業の社会責任なのだと考えているのかも知れないが、本当に企業が雇用に対してとるべき社会責任は、企業が一部の人間を選択する一方で、それ以外の人間を使い捨てるような雇用慣習を正し、人々の生活の安定と企業の安定成長が両立できる雇用体制を作ることなのではないだろうか。
　企業の良心が本当に個人に届くようになるためにも、雇用のありようが広く議論されるべきであると、私は考えている。

*1：ネスレ、新卒・中途採用に被災者枠　各１０人程度（朝日新聞社）http://www.asahi.com/job/news/TKY201104040318.html
*2：外国人客キャンセル急増…原発事故影響、愛媛も（読売新聞）http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110401-OYT1T00161.htm
*3：ハウステンボス「外国人観光客ほぼゼロ」 震災と原発事故で九州観光大打撃（J-CAST）http://www.j-cast.com/2011/03/28091507.html
*4：震災で無給休業の非正規労働者増加　２６日に電話相談（朝日新聞社）http://www.asahi.com/national/update/0318/TKY201103180545.html