豊田章男の次の社長をめぐるレース」その行方とは?(© 2021 Bloomberg Finance LP)

EV、水素エンジン、ウーブン・シティ、CASE、MaaS……。100年に1度の大変革期を迎え、国内就業者550万人を抱える自動車業界。その中で巨艦トヨタ自動車を率いる豊田章男社長の戦略に迫る『豊田章男の覚悟』を刊行した経済ジャーナリストの片山修氏。

先日の2022年3月期のトヨタ自動車の決算発表では、いよいよ「豊田章男氏の次の社長をめぐるレース」が始まったという。日本経済の行方をも左右しかねないトヨタの次期社長人事を片山氏が読み解く。

決算発表での異変

「いよいよ、その時に向けて動き出したな……」と思った。

トヨタ自動車が5月11日にオンラインで行った2022年3月期連結業績説明会は、いつもと様子が違っていたからだ。

会見に出席したのは、副社長の近健太、同・前田昌彦、執行役員の長田准、経理本部本部長の山本正裕の4氏だ。社長の豊田章男氏の姿はなかった。

決算内容は、コロナ禍やロシアによるウクライナ侵攻、半導体不足による減産、原材料価格の高騰などの逆風にもかかわらず、営業利益が2兆9956億円で過去最高だった。近氏は、こういった。

「13年にわたる原価低減活動による損益分岐点の引き下げ、そして、これまでの収益構造改善の積み重ねの結果です」

実は、もう一点、いつもと違う光景に気がついた。それは、記者からの質問に対する受け答えだ。これまでであれば、登壇者は「豊田社長のお考えでは……」という枕詞のあとに説明を続けたものだが、今回は、豊田章男氏の「あ」の字も出なかったのである。

わずかに一度、「これまで“問題の発見”について、豊田社長が1人でしてきましたが、これからは3人の副社長で行っていきます」と近氏が述べたにとどまる。

これは何を意味するのか。“ポスト章男”に向けた動きがいよいよ本格化してきた……と見ていい。

副社長職復活が意味するもの

トヨタはこの4月1日付で、章男氏が一度廃止した副社長職を復活させた。11人の執行役員のうち、財務担当の近健太氏、技術担当の前田昌彦氏、人事担当の桑田正規氏の3人を副社長に引き上げた。


写真左より、近健太副社長、前田昌彦副社長、桑田正規副社長(写真:トヨタ公式サイトより)

元副社長で、「番頭」の重鎮・小林耕士氏は、6月の株主総会後に顧問に退く。すべては、「ポスト章男」の動きといえよう。

振り返ってみれば、章男氏は2009年、リーマン・ショックにより大赤字を背負ったトヨタの新社長についた。リコール問題に端を発するアメリカ公聴会、東日本大震災など難局に対処する一方、経営の構造改革を進めた。それは、10年がかりの取り組みだった。世界で37万人を擁する巨大企業トヨタの舵取りを行い、想像を絶する重圧と孤独に向き合ってきた。

「私が社長になったとき、大赤字はもとより、企業風土も壊れてしまっていました。土地を耕すところから始めざるをえなかった。いい土にするための抜本的な構造改革から取り組んだわけです。自分が渡すときには、耕すこともあるだろうけれども、刈り取りも残してあげる。そういうところでバトンを渡したいと思っています」

章男氏は折に触れて、このように「ポスト章男」について語ってきた。

2020年4月、役員体制を変更し、副社長職を廃止して、執行役員に一本化した際も、こう語っている。

「副社長という階層をなくしたのは、次の世代にタスキをつなぐためです。そのためには、私自身が次世代のリーダーたちと直接会話をし、一緒に悩む時間を増やさなければならない」

そして、「ポスト章男」の動きは具体化していく。たとえば、若手の「ポスト章男」有望株50人ほどについて、絞り込みが始まったのが、それだ。

章男氏は、次のようにも述べてきた。

「今のトヨタにおいて、責任者は、私ひとりです。執行役員は、今のトップを支える経営陣であるとともに、次のトップの候補生でもあると考えております。そのためには、1つの機能ではなく、2つ以上の責任範囲を持ち、より大きな視点で会社を見るトレーニングをし、トップの役割である『責任をとること』『決断をすること』ができるようにならなければならない」

章男氏は、いわば肩書をなくしてフラット化した執行役員の中で、次世代幹部を養成し、自らの後継を見極めていこうと考えていたに違いない。

“社長の心得”や“社長の作法”にいたるまで、手をとり、足をとるようにして、厳しく鍛えてきたといわれる。それは、記者会見での喋り方、振る舞いにまで及ぶという。

つまり、経営者目線で会社全体を見て動く具体的トレーニングをし、トップの役割、責任、決断のあり方を教えているのだ。

早ければ3年後に迫る社長交代、そのときトヨタは?

常識的にいえば、決算会見に出席した2人の副社長が“ポスト章男”と思われる。とりあえず、この厳しい経営環境の中で、どこまで対応できるのか、実力が試されるわけだ。

11日の会見の質疑応答は、まるで“ポスト章男”の前哨戦のようだった。

長田氏が采配をふり、副社長らにテンポよく回答を促した。章男氏の「あ」の字も出なかったのは、事前の打ち合わせがあってのことなのか、はたまたトヨタの次代を背負う若手の「覚悟」のあらわれなのか……。


会見では、「ポスト章男」を担っていく、強い“意志”が感じられた。

社長交代は、早くて3年後だろう。3年後であれば、章男氏は69歳になる。

社長交代後、章男氏は会長に就くのは間違いない。どんな会長になるのか。

「見事な会長になってもらわなくてはならない」と、番頭・小林氏は語っている。

そして、バトンタッチのとき、トヨタはどんな会社になっているのか。「自動車産業の100年に1度の大変革期」において、章男氏がかねて主張している「自動車メーカーからモビリティカンパニーへの転換」は完遂しているのか。

いましばらく、章男氏は、まだまだやらなければならないことが多い。

(片山 修 : 経済ジャーナリスト)