Vol.06 バーチャルプロダクションを体験して:美術デザイナー秋葉悦子氏インタビュー[Virtual Production Field Guide 4]
バーチャルプロダクションの魅力は、美術セットをCGで再現して現実世界さながらの撮影をスタジオでできるところだ。そのため、これまで場面に合わせて舞台を作り上げていた美術スタッフの作業は、新たな局面を迎えている。Vaundy「泣き地蔵」のMVでも、多くのシーンでCGを表示した大型LEDディスプレイを背景として、手前に金網、電車の一部、ベンチは実物を用意して撮影が行われた。本MVで美術デザイナーを担当した秋葉悦子氏に、メリットや課題を聞いてみた。
秋葉悦子|プロフィール
美術大道具会社に入社、その後フリーの美術助手に転向。相馬直樹氏などの元でキャリアを積む。映画「交渉人真下正義」「20世紀少年」でチーフデザイナーとして参加。堤幸彦監督「自虐の詩」で大阪西成の舞台セットデザインを担当。美術デザイナーとして、SABU監督「うさぎドロップ」、堤幸彦監督「HAYABUSA」、長澤雅彦監督「遠くでずっとそばにいる」、古川原壮志監督「なぎさ」第34回東京国際映画祭出品他、ショートムービー、PV多数。CMではジョージアシリーズ、リクルート、任天堂など多数担当。
監督はプレビズを使ってイメージを共有
秋葉氏:
よろしくお願いします。美術デザイナーの秋葉と申します。アナログで、デジタルと全く無縁の人間ですけど(笑)。デジタルの最先端を行こうとしてる人たちの中で、私が登場していいんですか(笑)
小林氏:まったく問題ないです(笑)。今回の話は、アナログな撮影現場と比較した、バーチャルプロダクションの体験がテーマですから。
秋葉氏:
私はデジタル人間ではないので、知らないことの方が多いですが、MIZUNO監督は弱冠21歳で、最先端を知ってる。勉強になりました。
小林氏:あとMIZUNO監督は具体的にCGで先にビジョンを作ってる。
秋葉氏:
MIZUNO監督が自分で作品制作を手掛けているからでしょうね。話が早いです。
小林氏:これまでの現場では、美術のほうでイメージ画を描いて「こういう感じ」というセット案を出してもらって、それをもとにディレクターやスタッフがイメージを膨らますみたいなことが多かったです。しかし、MIZUNO監督の場合は出来上がったイメージを共有して、今ある技術でどこまでできるか?というやり取りで行われましたよね。
秋葉氏:
先に、自分のイメージはどういうものなのかを伝える手段がある人なので、すごいいい武器になりますよね。
小林氏:そう考えると、今回は背景のLEDディスプレイにCGが映し出されて、ステージに美術セットがあったと思います。どういう流れで作りましたか?
秋葉氏:
今回やったことを振り返ると、プレビズをMIZUNO監督が作ってくれたというのもあるんですが、時間があったことがまず第一でした。
小林氏:準備やテストを行って、テストから本番までも時間がありましたよね。美術に関しては、大道具や装飾と棲み分けもあったと思います。
秋葉氏:
LEDディスプレイとの相性や、どこからどこまでを美術でリアルに作って、どこからどこまでをCGで作るのか?という話になってきます。それの仕分けのためにHibino VFX Studioでのテスト撮影がありました。4月と5月に実施しています。
小林氏:もともとは本番を5月に行う予定でしたよね?
秋葉氏:
本番が延期になり、コンテも再考したという話を聞きました。
小林氏:最近はどの企画も制作期間が狭まっていく感じがしますが、今回は異例に長くなった(笑)。
今回現場を見に行ったら、電車の中のシーンだけど、吊り革と手すりを用意していました。
秋葉氏:
扉もありました(笑)。
小林氏:あとベンチもあった(笑)。
一部、人が接触するところを用意しておいて、いわゆる大道具に任せる部分は、バーチャルプロダクションで行ったんですね。
「重さ」というのは本物じゃないと感じられない
秋葉氏:
バーチャルプロダクションはプレビズをやるというのが前提になってくるかもしれません。
小林氏:そうですね。現場で出た画が完成に近い形になってくるので。
秋葉氏:
見せ方をプレビズありき、データありきでできるのは強いと思います。
小林氏:そのプレビズが実際に撮影時の背景のデータを作るという技術の一要素になってきたりするかもしれないですね。
秋葉氏:
一要素になるかもしれない。その時、私たちはどこまで参加できるのかと思ったりもしたけど、恐らくなくなりはしないのは、今回やってみてわかりました。
小林氏:そうですね。美術の要素も。どれだけ実際に手にさわれることがあるのか?それが広ければ広いほどリアリティーが増していくし、それは背景の説得力にもなってくる。
秋葉氏:
そうですね。さすがに「重さ」は本物じゃないと感じられないし、硬さもそうだと思います。そういうものは絶対必要ですが、パーツだけで収まるのは美術としての本意ではなくて、そこはまた別の観点になるかもしれません。
小林氏:そしたらやっぱり背景までもプロデュースなんじゃないですか?(笑)
秋葉氏:
そういう形で、デジタルアーティスト(CG Environment Artist)をいっぱい作るのも当然必要ですが、そこに至るまでにはライティングについても勉強が絶対に必要です。私たちはフィルムの時代も知ってる人間だから、暗いところはとことん暗くていいのではないか、「全部が全部の情報量ではなくて、わからないところがあっていい」と思います。その感覚がデジタルアーティストにも浸透すると、リアルに近づいてくるんじゃないかと思います。カメラマンや監督もそれを拾ってくれるといいなと思います。
バーチャルプロダクションで制作現場に一体感が生まれる
小林氏:今回の現場では、一体感みたいなものはあリましたか?背景の合成も現場に集約されるので、グリーンバックで撮ってあとポスプロに投げるみたいなのとはまた違う雰囲気があったと思います。
秋葉氏:
そういうことはありました。トイレのシーンで、照明技師の西ケ谷弘樹さんやカメラマンの小針さんも言っていましたが、赤のライティングで上から飛ばしたときに、やはり生でやっているときのライティングを、データ上で確認して「お、これ光いいよね」と。それを汎用して、全体のトーンを思考錯誤したりとか。
小林氏:現場で実際の照明を見ながら、それをCGでも再現する。
秋葉氏:
そうです。その時はアタリかもしれないけど、でもそれが現場ですべて話ができたから。ポスプロへ行ったりカラコレしたり、またいろいろ変わるんだろうなとも思いますが、「わかりました。では少し考えます」ではなくて、その場でライブで行ったものがデータ上に反映されて、そういう形で進められた現場でした。
小林氏:デジタルとは言え、ライブな感じはありますよね。
秋葉氏:
電車のシーンはすごく良かった。
本物の電車を実際に作らなくてよかったなと思いました。使い方次第かもしれないけれども、これから電車のセットは少なくなると思いました(笑)。
小林氏:(笑)やり続ければ、これはこれに向いてるな、これは実際作った方がいいというのがいろいろ出てくるかもしれないですね。
秋葉氏:
予算をかける場合と、予算がかからないグリーンバック合成、実際にスタジオで電車を作ろうよとか、いくつかある選択肢の一つになると思います。
小林氏:そうなってきてやっと、撮影技術として定着しそうですね。
秋葉氏:
この間も別のロケで「何回かLEDディスプレイでやっています」という人の話を聞いて、少しずつ体験している人がでてきたなと。今すぐではないかもしれないけれども、LEDディスプレイは身近になってくると思います。
過去の資産をバーチャルプロダクションで活用
小林氏:最後に、バーチャルプロダクションで可能性が広がって、今後何ができるのか思いつくことはありますか?
秋葉氏:
そこは監督の考え方、お話の作り方というのもある。あと、バーチャルプロダクションでやりたいよねっていう、ところから始まってくるものもあると思います。
小林氏:もしくは、こちらから「こういう背景だったらできますよ」みたいなものがあったりする発想も…。
秋葉氏:
あると思いますね。「こういうのないの?」と聞かれた時にそれに対応できる形が。
例えば背景も今、バックドロップとか、保管の場所を必要としていますよね。
小林氏:そうですね!保存してるよね。よく、このセットを「次のシーズンでも使うので取っておいてください」とか。
秋葉氏:
今はそれを残しておかなければいけないですが、そこに維持費もかかってくる。
例えばレギュラーの仕事の撮影で、セットを何個か残してあり、それも全面作ってるんです。一個の部屋全部、天井から、抜けの背景もすべて作っているので、そういうのを一回取り込んでしまえばと思います。
これからスタジオが少なくなってくる可能性もありますよね。そういう時に、「こういうことできますよ」って話もできると思いました。
小林氏:そういう展開の仕方もありますね。今日はありがとうございました。
小林基己
MVの撮影監督としてキャリアをスタートし、スピッツ、ウルフルズ、椎名林檎、リップスライム、SEKAI NO OWARI、欅坂46、などを手掛ける。映画「夜のピクニック」「パンドラの匣」他、ドラマ「素敵な選TAXI」他、2017年NHK紅白歌合戦のグランドオープニングの撮影などジャンルを超えて活躍。バーチャルプロダクションのVFXアドバイザーの一面も。noteで不定期にコラム掲載。