『青天を衝け』妻・千代の存在の大きさ 幼い頃から大事な言葉を栄一に
●橋本愛の思慮深い身振り口ぶりに説得力
俳優の吉沢亮が主演を務める大河ドラマ『青天を衝け』(NHK総合 毎週日曜20:00〜ほか)。渋沢栄一(吉沢)の妻・千代(橋本愛)の存在は、栄一にとっても作品にとっても大きい。
7日に放送された第34回「栄一と伝説の商人」(脚本:大森美香 演出:川野秀昭)の“伝説の商人”とは三菱商会の創設者である岩崎弥太郎(中村芝翫)。国民みんなが幸せになることを目指す栄一(吉沢亮)と野心に満ちて個人の繁栄を望む岩崎のバトルが勃発した。
第34回の表(おもて)面はふたりの一触即発のやりとりだが、裏面の主役は千代(橋本愛)だろう。彼女の活躍によって近代の政治経済の細々したことに興味のない視聴者も親しみをもって見続けることができる。実のところ大河ドラマは大きな社会のうねりの傍らで女性が手厚く描かれている作品は人気が高いのである。世帯視聴率の高さを誇る『篤姫』や『春日局』は女性が主人公だ。
「今を生きる若い者が争い事を ただ高みから ひと事のように見物し 文句だけを声高に叫んで満足するような人間に育ったのだとしたら なんと情けないことか」
「しかも命をかけ今の世を作ってくださった先人を、時勢遅れと軽蔑するとは」
栄一を慕って集まってきた若い書生たちの浅はかな発言にきっぱり物申した千代はなんとかっこよかったことか。毅然と、それでいてきつ過ぎない包容力ある口調でたしなめる。橋本愛の極めて思慮深い身振り口ぶりに説得力があった。
千代の存在は栄一にとって大きい。振り返ると千代は幼い頃からものの道理を語ってきた。少女時代、栄一に「強く見える者ほど弱きものです。弱き者とて強きところはある。人は一面ではございません」と大事な言葉を与えたのも千代だった。彼女は、幼い頃から働き者で「早う大人になって 母さまや兄さまや誰かのお役に立ちてぇなぁ」と思っていると栄一に語っていた。
やがて尾高惇忠(田辺誠一)や喜作(高良健吾)や栄一たちが「尊皇攘夷」思想に傾倒していくところを心配そうに見つめながら、けっしてしゃしゃり出ることなく、栄一を支えて自由に行動させ、留守の血洗島で子供を育てていた。栄一が出世して一緒に暮らせるようになったら、他の女性に子供ができるという残念な思いを味わいながらもそれにも耐え、共に暮らすことを承諾する。なんてできた人物だろう。
彼女の母からいつも我慢し過ぎると言われていたほどの苦労人なのだ。第34回はそんな千代に一筋の光が差し込んだ。
●東京養育院で少女に優しく寄り添う千代
栄一が作った老若男女、生活が苦しい人たちが集団生活できる施設・東京養育院についていった時、千代はそこで集団に馴染めない少女を気にかける。お下がりの着物は破れてみすぼらしいが千代は繕って使用できるようにする。
東京養育院とは、明治の初めに設立された、幕府がなくなり生活に困窮した者をはじめとして病人、孤児、老人たちを保護する施設。現在の福祉事業の原点とも言われている。渋沢栄一は明治7年より養育院の運営に関わり、明治9年に事務長、明治23年、院長に就任、亡くなるまでその任務についた。
第34回で栄一は「今の政府は貧しい者は己の努力が足りぬのだから政府はいっさい関わりないと言っている。助けたい者が各々助ければよいと。しかし貧しい者が多いのは政治のせいだ。それを救う場がないのが今の世の欠けているところだ」と言っている。養育院活動は本来、その救う場のはずなのだが、なかなか快適に機能していない。
千代は養育院で出会った身寄りのない貧しい少女たちを集め、ひだまりの中で裁縫を教える。なんて平和な風景。その時ひとりの少女が怪我をする。健気に泣くことをこらえる少女に「痛かったら泣いてもいいんだよ」と千代が言うとにわかに泣き出す少女。今までつらいこともつらいと言えずに溜めに溜めてきたのであろう。千代のおかげで少女は心を開いた。
こんなふうに助けてほしいと言えずにいる声に耳を傾ける人が必要だ。千代の行動は養育院のあり方に展望を見出す足がかりになった。栄一も千代も故郷でみんなで助け合って働くことを体験してきた。改めて第1回を見ると血洗島の人たちが集団で歌いながら明るく労働している。これが栄一の原風景になっている。
栄一は欧米と同じく女性を仕事の場に列席させようと考える。外国から来た要人をもてなす場に一緒に出席してほしいと千代や娘の歌子(小野莉奈)、喜作の妻・よし(成海璃子)に持ちかける。それが「新しい日本の力」になると。「一等国では男と女が表と奥で分かれたりしてねえ。公の場に夫人を同伴すんのは当ったりめえなんだよ」
「奥さん」「奥方」「奥様」は皆、尊敬語である。元は「奥の間に住む」という意味から来た言葉。「奥の間」は家の奥で、ある意味、特別な場所でもあるのだろうけれど、奥から表に出て来られない意味にもとることができる。奥にいるだけではなく、女性も表に出て、つまり「表さん」になることを望んでいいはずなのだ。
公の場に同伴と言われよしや歌子は怯むが、千代は好奇心に溢れた表情をしている。「およしちゃん がんばんべえ。おなごの私たちが大事な仕事をいただいたんだ」と。もっと早くにこういう時代が来ていたら千代も社会に出て栄一たちと肩を並べて活躍していたかもしれない。ようやく千代が家庭の中だけでなく外の世界でも人の役に立つことができる時代がやって来た。第35回は、女性たちが脱“「奥」さん”。表に出て活躍しそうだ。
(C)NHK
俳優の吉沢亮が主演を務める大河ドラマ『青天を衝け』(NHK総合 毎週日曜20:00〜ほか)。渋沢栄一(吉沢)の妻・千代(橋本愛)の存在は、栄一にとっても作品にとっても大きい。
7日に放送された第34回「栄一と伝説の商人」(脚本:大森美香 演出:川野秀昭)の“伝説の商人”とは三菱商会の創設者である岩崎弥太郎(中村芝翫)。国民みんなが幸せになることを目指す栄一(吉沢亮)と野心に満ちて個人の繁栄を望む岩崎のバトルが勃発した。
「今を生きる若い者が争い事を ただ高みから ひと事のように見物し 文句だけを声高に叫んで満足するような人間に育ったのだとしたら なんと情けないことか」
「しかも命をかけ今の世を作ってくださった先人を、時勢遅れと軽蔑するとは」
栄一を慕って集まってきた若い書生たちの浅はかな発言にきっぱり物申した千代はなんとかっこよかったことか。毅然と、それでいてきつ過ぎない包容力ある口調でたしなめる。橋本愛の極めて思慮深い身振り口ぶりに説得力があった。
千代の存在は栄一にとって大きい。振り返ると千代は幼い頃からものの道理を語ってきた。少女時代、栄一に「強く見える者ほど弱きものです。弱き者とて強きところはある。人は一面ではございません」と大事な言葉を与えたのも千代だった。彼女は、幼い頃から働き者で「早う大人になって 母さまや兄さまや誰かのお役に立ちてぇなぁ」と思っていると栄一に語っていた。
やがて尾高惇忠(田辺誠一)や喜作(高良健吾)や栄一たちが「尊皇攘夷」思想に傾倒していくところを心配そうに見つめながら、けっしてしゃしゃり出ることなく、栄一を支えて自由に行動させ、留守の血洗島で子供を育てていた。栄一が出世して一緒に暮らせるようになったら、他の女性に子供ができるという残念な思いを味わいながらもそれにも耐え、共に暮らすことを承諾する。なんてできた人物だろう。
彼女の母からいつも我慢し過ぎると言われていたほどの苦労人なのだ。第34回はそんな千代に一筋の光が差し込んだ。
●東京養育院で少女に優しく寄り添う千代
栄一が作った老若男女、生活が苦しい人たちが集団生活できる施設・東京養育院についていった時、千代はそこで集団に馴染めない少女を気にかける。お下がりの着物は破れてみすぼらしいが千代は繕って使用できるようにする。
東京養育院とは、明治の初めに設立された、幕府がなくなり生活に困窮した者をはじめとして病人、孤児、老人たちを保護する施設。現在の福祉事業の原点とも言われている。渋沢栄一は明治7年より養育院の運営に関わり、明治9年に事務長、明治23年、院長に就任、亡くなるまでその任務についた。
第34回で栄一は「今の政府は貧しい者は己の努力が足りぬのだから政府はいっさい関わりないと言っている。助けたい者が各々助ければよいと。しかし貧しい者が多いのは政治のせいだ。それを救う場がないのが今の世の欠けているところだ」と言っている。養育院活動は本来、その救う場のはずなのだが、なかなか快適に機能していない。
千代は養育院で出会った身寄りのない貧しい少女たちを集め、ひだまりの中で裁縫を教える。なんて平和な風景。その時ひとりの少女が怪我をする。健気に泣くことをこらえる少女に「痛かったら泣いてもいいんだよ」と千代が言うとにわかに泣き出す少女。今までつらいこともつらいと言えずに溜めに溜めてきたのであろう。千代のおかげで少女は心を開いた。
こんなふうに助けてほしいと言えずにいる声に耳を傾ける人が必要だ。千代の行動は養育院のあり方に展望を見出す足がかりになった。栄一も千代も故郷でみんなで助け合って働くことを体験してきた。改めて第1回を見ると血洗島の人たちが集団で歌いながら明るく労働している。これが栄一の原風景になっている。
栄一は欧米と同じく女性を仕事の場に列席させようと考える。外国から来た要人をもてなす場に一緒に出席してほしいと千代や娘の歌子(小野莉奈)、喜作の妻・よし(成海璃子)に持ちかける。それが「新しい日本の力」になると。「一等国では男と女が表と奥で分かれたりしてねえ。公の場に夫人を同伴すんのは当ったりめえなんだよ」
「奥さん」「奥方」「奥様」は皆、尊敬語である。元は「奥の間に住む」という意味から来た言葉。「奥の間」は家の奥で、ある意味、特別な場所でもあるのだろうけれど、奥から表に出て来られない意味にもとることができる。奥にいるだけではなく、女性も表に出て、つまり「表さん」になることを望んでいいはずなのだ。
公の場に同伴と言われよしや歌子は怯むが、千代は好奇心に溢れた表情をしている。「およしちゃん がんばんべえ。おなごの私たちが大事な仕事をいただいたんだ」と。もっと早くにこういう時代が来ていたら千代も社会に出て栄一たちと肩を並べて活躍していたかもしれない。ようやく千代が家庭の中だけでなく外の世界でも人の役に立つことができる時代がやって来た。第35回は、女性たちが脱“「奥」さん”。表に出て活躍しそうだ。
(C)NHK