■ようやく「政治圧力」から解かれるとみられた

「台風は去った」。菅義偉氏の首相退陣を通信業界はそう受け止めた。

菅氏が9月3日に首相退陣を表明して以降、東京株式市場で日経平均株価は上昇を続け8日には終値がおよそ半年ぶりに3万円を突破した。そのなかで特に買いが殺到したのが通信銘柄だ。NTTの株価は3日から9日までに4%の上昇。KDDIも同様に5%上げた。

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総務省接待問題をめぐり記者団の質問に答える菅義偉首相(左端)=2021年3月16日、首相官邸 - 写真=時事通信フォト

5年半に及ぶ携帯料金の「官製値下げ」。安倍晋三首相(当時)がNTTドコモなど通信大手に対して2015年秋に唐突に突きつけたのが端緒だ。安倍首相のあとを継ぎ、総務相も務めた菅首相が一貫して主導してきた。

その菅首相の退陣でようやく「政治圧力」から解かれるとみて、市場はNTTやKDDIなどの通信株に一斉に買いを入れた。

■「生き残りのために役所にすがりたくなる気持ちもわかる」

「NTTさんには同情するところもある」。国内大手メーカーの幹部はこう話す。「外にはグーグルやアマゾン・ドット・コムなどGAFAからの脅威にさらされ、内からは官邸から『携帯料金を値下げしろ』と迫られる。生き残りのために役所にすがりたくなる気持ちもわかる」。

この幹部がいう「政府にすがる」とは、NTTの澤田純社長などNTT幹部が総務省の次官候補など幹部たちを同社の迎賓施設に呼んで「接待」して問題になった一連の騒動を指す。その実態が明るみになるにしたがって、NTTが接待していたのは総務省の幹部にとどまらず、当時の武田良太総務相にも及び、NTTと政府との「癒着」として非難を浴びた。

「密会」の内容は「スマホ料金の値下げには応じるが、その見返りとして子会社のNTTドコモの完全子会社化を認めてくれ」というのが業界の通説となっている。武田前総務相もNTTの澤田社長もこうした「請願」の事実はないと国会で述べているが、会合の時期とその後のNTTの動きを見れば、その言葉をそのまま信じる人はいないだろう。

一方の米国。「カーン氏を反トラスト法(独占禁止法)の調査から外してくれ」。米アマゾンやフェイスブックは米連邦取引委員会(FTC)に対し、リナ・カーン委員長を反トラスト法(独占禁止法)に関する調査から除外するよう求め続けている。

■夜の会合で「密談」を重ねる日本、堂々と法廷で訴える米国

カーン氏はエール大学法科大学院の学生だった2017年に発表した論文でアマゾンンの競争上の脅威について警鐘を鳴らし注目を集め、史上最年少の32歳で6月にFTC委員長に抜擢された。

カーン氏はこれまでの論文の中で、アマゾンなどは自ら運営する通販サイトで原価を下回る価格を設定して、競合を排除し独占を確立してから値上げに踏み切るなど、消費者に不利益を強いているとして指摘してきた。

カーン氏は独占を強めるアマゾンに対して、通販サイトの運営を直販と外部企業向けに分割したり、PB事業の廃止を求めたりすると報じられている。フェイスブックも「個人向けSNS市場を独占しており、インスタグラムや対話アプリ、ワッツアップの買収は違法だ」として、インスタグラムなどの分割を求められる可能性がある、と報じされている。

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アマゾンやフェイスブックもFTCへ嘆願書を出すなど、双方のやり取りは公の場で知ることができる。

日本企業は、人目を避けて夜の会合で「密談」を重ねて自社の利益に導こうとする。一方、米国企業は、独禁当局に嘆願書を提出して、そのトップの解任を求め、さらには正々堂々と法廷で自社の主張を訴えているわけだ。

■企業の「ロビー活動」に対して明確なルールがない

政治状況や世論の変化やテクノロジーの進化など、その時々で企業のおかれる立場や環境が変わるのは、どこの国でも同じだ。時代の変化で逆境に直面する企業や、逆にその波に乗ろうとする企業が政治家や政府に詰め寄ることはいつの時代にもある。しかし、問題はその「やり方」だ。

米国では議会や政府への「ロビー活動」が認められている。米国では政府への働きかけは主にロビイストが担う。そのロビイストは議会への登録が必要で、ロビー団体は担当企業や受け取った報酬などの開示が必要だ。企業にもロビー活動情報の開示を義務付けている。

20年通年のロビー活動費が民間最多だった米フェイスブックは同年10〜12月期に469万ドルを投じたことを公開している。著作権や安全保障、移民など16の領域でロビー活動を展開したことも開示。こうした情報公開を通じて企業と政官の接触の透明性を確保している。

また、米国では官民の人材が政権交代とともに入れ替わる。政府職員が民間に移った場合、一定期間は所属した政府機関にロビー活動できない決まりもある。

日本にはこうした企業の「ロビー活動」に対して明確なルールがない。このため、人目を忍んで政治家や官僚に接触する「水面下」の動きが横行する原因となる。

■政策立案のできない「世襲議員」が多くなってしまうワケ

「請願」を受ける日本の政治家のほうはどうか。最近では吉川貴盛元農水相が鶏卵生産大手の「アキタフーズ」から不正に現金を受け取った疑いで公判中だ(吉川氏は議員辞職)。カジノを含む統合型リゾート施設(IR)絡みでも当時、担当の内閣副大臣だった秋元司元衆院議員がIR事業参入を目指していた中国企業から賄賂を受け、実刑判決が出て、控訴している。

一連の政治・選挙制度改革で議員が企業から直接献金を受けることは難しくなっている。親から地盤を引き継いだ地方の自民党王国から出る政治家は、能力があってもなくても、何の苦労もなく当選回数を重ねられるが、都市部で浮動票が多い選挙区で選挙を戦う議員は「地元回りに加え、選挙対策の資金確保に四六時中、奔走していて、政策の立案や議会対策にあてる時間は少なくなってきている」(自民党幹部の公設秘書)という。

特に、「小選挙区制に移行してからはこの傾向が激しくなった」(同)という。同じ政党の複数の候補者が同じ選挙区で複数擁立する中選挙区制度では2割か3割得票すれば当選できたが、小選挙区ではもっと多くの得票が必要となる。

また、企業の政治献金も自民党なら「国民政治協会」を窓口に党に入り、議員個人がその恩恵にあずかることはできない。しかも、その額も2019年には自民党で24億2000万円と1992年の93億8000万円の4分の1程度に減っている。

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■政党交付金の支給で、政治献金は力を失った

「選挙に金がかかりすぎる」「金権政治の温床となる」との批判を受けて、95年に政党助成法が成立。税金から各党の政治資金の原資となる「政党交付金」が支給されるようになったためだ。政党交付金は各党の議員数と得票数によって割り振られ、自民党なら年間170億円もの交付金が支給されている。

この資金を一手に握り、配分するのが自民党なら幹事長になる。自らが推す派閥の領袖などが幹事長になれば、その恩恵に浴する可能性は高まる。そうでない議員も、党資金の元締めである「幹事長」に従うことになる。特に盤石な政治基盤を持たない議員ほど、その傾向は強くなる。

かつて「奉加帳」方式で献金額を加盟企業に割り振って献金をしていた経団連も、一連の選挙制度改革やそれに伴う政党交付金の支給によって、政治献金は各企業の自主判断にゆだねることになった。

今でも日本自動車工業会の8040万円(2019年)を筆頭に、団体では日本電機工業会(7700万円)、日本鉄鋼連盟(6000万円)と続き、個別企業ではトヨタ自動車(6440万円)、日立製作所(5000万円)、キヤノン(4000万円)と名を連ねるが、議員各人に行き渡るのはごくわずかだ。政治家個人で唯一できる「集金」の場は、パーティー券の販売など限られた方法だけだ。

■企業側は政治家に直接アプローチするしかない

企業側にしても、せっかく献金しても党の事情によってその献金は幹事長を中心に割り振られることで「企業の要望を直接政策に反映できるような生きたカネにならない」ことになる。

ロビー活動などのルールが未成熟な中では、東京電力や関西電力など電力大手なら「原子力発電所の再稼働」、NTTやKDDIなど通信各社なら「スマホ料金の値下げ問題」といった業界の個別問題については最終的には担当する大臣や業界に影響力のある議員に直接アプローチするしかない。

経団連なども能力に劣る「世襲議員」の増加や、その時の流行りに乗って当選するタレントや「チルドレン」の増殖には頭を痛めている。

■英国には政治家が政策策定に専念できる仕組みがある

すでに13年には「天下国家を語ることのできる優れた政治家が着実に当選回数を重ねることが困難になる一方で、経験不足の新人議員が散見されるようになっている」と問題点を指摘。かつての中選挙区制におけるメリットの再評価などあるべき選挙制度の検討を求めたが、当時の米倉弘昌経団連会長と安倍首相の関係が悪化、議論が深まることはなかった。

中国の経済や軍事面での台頭など、日本を含めたアジアの安全保障が喫緊の課題になる中で、各議員が地元選挙区の利害を代弁するだけに終始することになれば、国にとって大きな損失となる。

特に自民党では、議員の「序列」として最上位に立つのは、小選挙区で勝ち上がって当選回数を重ねた衆院議員だ。しかし、英国では各地で戸別訪問などを通じて「どぶ板」を踏みながら力をつけた議員が党によって有力選挙区に引き上げられ、政策策定に専念できる仕組みを取り入れている。

自民党でも「政策立案能力」にたけた議員は比例区の上位の序列に置き、そこから専門分野の大臣に長く据えるなど、比例区を置いた原点に戻り、「中長期的な」議員のキャリアパスを構築する必要もあるだろう。

■日本で企業活動するメリットが薄れてきている

長く続いた安倍・菅政権は、ある意味で、その強さゆえに、携帯電話料金の値下げなど、ある特定の業界や企業に対して「上から目線」で圧力をかけることで業界をグリップしてきた。さらに、デフレ脱却のために企業の内部留保を吐き出させるような施策もちらつかせ、企業に賃上げを迫った。

「分配」を強調する岸田新政権もこの企業の内部留保の取り崩しに切り込むという観測も流れ始めている。

企業にとっては諸外国に比べて高い法人税、さらには多くの原発の稼働停止が続く中、代替燃料である液化天然ガス(LNG)価格の高騰で電気料金が上昇、さらには再生エネルギーの調達が地政学的に難しい中で脱炭素への対応を迫られるなど、日本で企業活動するメリットが薄れてきている。

喫緊の課題であるエネルギー問題や経済安全保障、さらには企業の競争力強化に向けた「天下国家」を語れる「骨太」の議論に正面から取り組める議員を増やすことに加え、政官と民間企業との間で健全な形で政策議論ができる環境づくりを新政権は急ぐ必要がある。

(プレジデントオンライン編集部)