一般に浸透した印象のあるキャッシュレス決済ですが、企業間の競争は激化しています。何が起きているのでしょうか (写真:Ushico /PIXTA)

「10月からPayPay廃止します――」

個人経営の飲食店でこうした掲示を見かけるようになった。四角いQRコードを使った決済サービスを提供するPayPay(ペイペイ)が手数料無料キャンペーンを終了し、10月から店舗側に手数料負担を求めるからだ。

10月以降、加盟店がペイペイに月額1980円のシステム利用料を支払う場合は、決済手数料が1.6%、支払わない場合は同1.98%を徴収する。

クレジットカードの3%前後という手数料に比べれば依然負担は軽いが「とくに経営が厳しい飲食店などでは加盟店負担が増えることで脱退に踏み切るところが出てくるだろう」(キャッシュレス決済に詳しいニッセイ基礎研究所の福本勇樹・上席研究員)との指摘もある。

優先順位は規模拡大から黒字化にシフト


『会社四季報 業界地図 2022年版』(東洋経済新報社、8月26日発売)では、会社四季報記者が自動車、IT、小売りなど主要業界を含む全174業界の現状と先行きを解説している。

最新版ではキャッシュレス業界を重要度の高い注目業界として掲載、最新情報を伝えている。

現金を使わずに代金を支払うキャッシュレス決済の分野では、物理的なカードを使って決済するクレジットカードが長らく主役だった。しかし、2010年代後半からスマートフォンの普及とともに、プラスチック製のカードを使わず、QRコードやバーコードなどを読み取って決済する新しいキャッシュレスが急速に台頭してきた。

クレジットカードと同様、新しいキャッシュレスも消費者からは利用料を徴収せず、加盟店からシステムの利用料を受け取るビジネスモデルだ。システムの維持にかかる費用がほぼ一定の一方で、利用者が増えるほどシステム利用料や決済データの活用で稼げるため、各社は顧客獲得に全力をあげてきた。

キャッシュレス業界は成長を続けている。QRコード決済は2020年の1年間で月ごとの決済額が2倍に急伸。コロナ禍の現金忌避を追い風にクレジットカードを含む現金以外の決済方法が民間消費額全体の3割(経済産業省キャッシュレス推進室)を占めるようになるなど、市場全体は拡大基調だ。

その筆頭格が、ソフトバンクグループ傘下のペイペイだ。同社はこれまで消費者向けに大胆なキャッシュバックキャンペーンを実施するとともに、加盟店が支払う決済手数料を無料化することで裾野を拡大してきた。

すでに会員数は4000万人を超え、決済対応箇所も328万を数える(2021年6月時点)。ただし、その代償は大きい。出血覚悟で規模の拡大を追ってきただけに、2021年3月期には731億円の純損失を計上している。

ZホールディングスがLINEと経営統合したことを踏まえて、QRコード決済でしのぎを削ってきたLINE Payとの競争は決着。2022年4月をメドにLINE Payをペイペイに統合する方向で議論を進めており、8月にはLINE Payがペイペイ加盟店で利用できるようになった。

ペイペイとしては規模の拡大に一定のメドがついたため、手数料を有料化して黒字化に先鞭をつけたい考えだ。

一方、競合するKDDIのau PAYやネット通販の楽天ペイは2022年9月まで加盟店向けの手数料を無料にすると発表、ペイペイ離脱組の取り込みを狙う。ペイペイがQRコード決済で盤石の地位を築けるか、今後も注目を集めそうだ。

外資系の買収が活発化

こうした状況の中、業界に変化の荒波が押し寄せている。今年7月にはアメリカのグーグルが国内でキャッシュレスを手がけるpring(プリン)を買収すると発表。9月には同じくアメリカの決済サービス大手PayPal(ペイパル)が日本国内で後払い決済を手がけるPaidy(ペイディ)を買収するというニュースが業界を駆け巡った。

グーグルが買収に踏み切ったプリンは2017年に設立、QRコードをつかった決済や個人間送金のサービスを立ち上げてきた。決済代行などを手がける上場企業メタップスが筆頭株主だ。今回の買収でグーグルはメタップスやミロク情報サービス、日本瓦斯などからの株式を取得し、子会社化した。

今後の展開について、現時点ではプリンのサービスを維持すると発表している。ただ、グーグルは日本国内でもグーグルペイを展開しており、今後は相乗効果を狙った施策が出てくる可能性が高そうだ。

9月に買収が発表されたペイディは約3000億円という金額面でも話題を集めた。ペイパルはこの買収を通じて日本の決済市場で機能やサービスを拡充するという。

今後のキャッシュレス業界を見通すうえで、欠かせないのが流通や交通など分厚い顧客層を抱える業種の動向だ。

2020年12月にANAホールディングスが「ANAペイ」を立ち上げたほか、衣料品大手のファーストリテイリングが2021年1月から「ユニクロペイ」をスタートした。一方で、コンビニ大手のセブン-イレブンは自社のポイントアプリの中にペイペイを導入。バーコードの読み取りが1度で済み、レジでの決済速度が上がるため、顧客利便性が向上する。

こうした企業の狙いはそれだけではない。決済を通じて、消費行動のデータが集まれば、従来よりも適切なタイミングで商品の広告やショッピングローンの案内などを行うことができる。新たな収益機会につながる可能性を秘めているだけに、各社はデータの収集に余念がない。

一方、最大の懸案がセキュリティの問題だ。過去には「本人確認不足」といった問題で顧客の資金が流出したり、不正に利用されたりする事件が度々発生している。2019年には「セブンペイ」(サービス終了済み)が、2020年には「ドコモ口座」がそれぞれ被害にあった。

セキュリティの確保は当然だが、データの利用方法や手数料のあり方について、消費者と加盟店双方からの信頼をどれだけ集められるかが今後の趨勢のカギとなる。


(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)