7月29日、桜木町で街頭演説前の山中氏を直撃。「コロナとカジノから横浜を救う」が旗印

「山中先生におかれましては、これまで素晴らしい研究成果や学内のご実績により、横浜市立大学のプレゼンスを高めてくださりました。今後も感謝の意を学内外へ伝えて参る所存です」

 横浜市立大学の理事長・学長名で、教職員にこんな文書が届いたのは7月26日のことだった。

「山中先生」とは、同大学医学部を6月末で退職し、横浜市長選(8月8日告示、22日投開票)への出馬を表明している山中竹春氏(48)のこと。

「専門は、統計や数字をもとに結論を導き出す『データサイエンス』です。新型コロナワクチンが、日本人にも有効であるという解析結果を初めて示し、注目されました。『報道ステーション』や『ミヤネ屋』などにも出演する名物教授でした」(サイエンスライター)

 冒頭の文面は、まるで大学が山中氏の選挙活動を全面的に応援していくような書きぶりだが、その裏には複雑怪奇な経緯と、山中氏の “別の顔” があったのだーー。

 横浜市長選は、前代未聞の大混戦になりそうだ。山中氏のほか、現職の林文子氏(75)、前神奈川県知事の松沢成文氏(63)、菅政権で国家公安委員長を務めた小此木八郎氏(56)など、史上最多の9人が立候補を表明している。

「選挙は現職の林市長、小此木氏、山中氏の実質三つ巴の構図です。当初、立憲民主党は江田憲司衆院議員(党県連最高顧問)を担ぎ出そうとしましたが、江田氏は固辞。その代わりに、政界進出に意欲があった山中氏を口説き、立候補させました」(政治部デスク)

 共産党、社民党も支持に回り “野党統一候補” となった山中氏。唐突に、その出馬が報じられたのは6月16日だ。横浜市大の関係者が語る。

「その日の午後、大学側から『6月16日の新聞報道について』と題された文書がメールで届きました。その中で、山中氏について『御本人への連絡がつかない状況が続いています』とあり、大学当局も混乱しているのだと思いました」

 文書の趣旨は「(大学は)教職員の選挙活動及び政治活動へ関与することはありません」という、常識的なものだった。

「ところが、7月の下旬になって突然、山中氏サイドがこの文書について『(大学の)設置主体である横浜市の林市長に対して配慮した内容』であり『連絡がつかない』との文面も事実無根だ、と大学に猛抗議してきたといいます。

 7月26日付の文書(本文冒頭参照)は、その直後に大学側があらためて発表したもの。6月16日付の文書について謝罪し、なぜか山中氏に『感謝の意』まで述べるものになっていたのです」(同前)

 冷静さが求められるはずのデータサイエンティストには似つかわしくない動きだが、この関係者はこう証言する。

「山中先生の同僚、秘書、部下など、この数年間で15人以上が辞めているんです。多かれ少なかれ、先生の高圧的な言動が原因です」

 本誌は一通のメールを入手した。2019年11月17日、山中氏が、人材の採用について相談してきた同僚のA教授へ送ったものだ。

「『干す』ことにより、●●先生は自ら去りました。■■君についても同様に対応した方がいいと思います」

「干す」という強い言葉にA教授は驚き、複数の同僚とメールを共有した。一方、若手研究者のBさんは「自分は山中氏から “干された” 一人だ」と語る。

「数年前、データ入力で、本来反映されているべきデータが抜け落ちているというミスを犯しました。作業の途中では起こり得るものなのですが、山中先生にはその一回のミスで『君には向いていない。休みをあげるから次の仕事を探してきたら』と言われました」

 その後、Bさんは仕事を振られなくなったという。

「別の先生が僕に仕事を手伝わせようとしたとき、山中先生が『あいつに仕事させるな』と言うのを聞きました。山中先生のハラスメントに耐えられなくなり、山中先生からもう一度『辞めてくれ』と言われたときに、退職することにしました」(同前)

A教授から人材採用を相談された山中氏が返したメール。「『干す』ことにより、●●先生は自ら去りました」

 別の大学関係者が、至近の事例について語る。

「2021年6月に山中先生は、結腸ガン患者の再発リスクを予測する論文を発表しました。ここで、データ解析の責任者を務めていたのがCさんでした。

 Cさんは、山中先生から『サボるな』と言われながら、通常は納期まで1カ月前後は要するデータ解析を1週間程度で提出するよう命じられました。連日必死に解析をおこなったCさんですが、論文の共著者から外されてしまったのです。

 通常、解析責任者の名前を論文から落とすことはありえません。ショックを受けたCさんは適応障害の診断を受け、その後退職しました」

 当時の研究従事者間のメールでは、別の従事者が「(山中先生は)解析担当者をオーサー(著者)に入れるつもりはなさそうでした。C先生が解析責任者に入っているため、この対応が後々問題にならないか不安です」と訴えている。

 Cさんに電話で当時の経緯を聞くと、以下の回答があった。

「私が解析責任者だったことは、研究を実施するにあたって作成される研究計画書の最終版を見れば、わかっていただけると思います。でも、私はもう大学を離れていますし、この件には関わりたくありません」

 7月29日、一連の言動について、街頭演説前の山中氏を直撃したところ、後日、文書にて回答があった。

 理事長・学長名で教職員に送られた2通のメールについては、「当初の通知で、本人と連絡がつかないなど、事実無根の文書が発出されたことから、訂正に向けて支援者がご尽力いただいたものと承知している。その結果、2021年7月26日付『お詫び』文書においてしっかりと訂正されたものと承知している」。

 そして、山中氏の “パワハラ” 的言動については、以下の回答があった。

「(「干す」というメールを送ったかについては)在職中の学内行政に関するものであり、関係者のプライバシーの保護、秘密保持の観点から、存否を含めて答える立場にない。なお、山中本人がハラスメント行為をおこなった事実はない。(Cさんを論文の共著者から外したことに関しては)ご指摘の事実関係はない。解析責任者は山中本人で、論文執筆者の決定は多数人でハンドリングするコミッティー(委員会)において判断されたものと承知している」

 労働問題に詳しい笹山尚人弁護士が解説する。

「職場でのパワハラは、通常(1)優越的な関係を背景とし、(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えて、(3)労働者の就業環境が害されることをいいます。この定義を援用すると、Bさん、Cさんのケースは(1)から(3)すべてに該当し、パワハラであると認定されると思われます」

 山中氏が「干す」というメールを送ったことについては、

「過去にそのような仕打ちをしたことを誇らしげに語ることは、内容としてはパワハラに相応するといえるでしょう。

 ただ、パワハラと認定されるには、相談相手のA氏が実際に “干す” 行動をしたり、A氏が許容したうえで、山中氏がそうした行為を開始するなどの事情が必要になると思います」(同前)

 立憲民主党のみならず、ほかの野党もこぞって山中氏に相乗りした。はたしてそれは、山中氏という人物を十分に “解析” したうえでの選択だったのか。