女優・川上麻衣子さんの暮らしのエッセー。
一般社団法人「ねこと今日」の理事長を務め、愛猫家としても知られる川上さんが、猫のこと、50代の暮らしのこと、食のこと、出生地でもあるスウェーデンのこと(フィーカ:fikaはスウェーデン語でコーヒーブレイクのこと)などを写真と文章でつづります。

第3回は、川上さんがスウェーデンで生まれた背景や、スウェーデン人に学ぶ夏の過ごし方について教えてもらいました。


スウェーデンの夏は自然の中で過ごすのが定番。写真は3年前に訪れた、ヴェルムランド地方

川上麻衣子さんが大切にするスウェーデンの夏の過ごし方



1966年2月。スウェーデンの首都ストックホルムで生まれた私は、以来ことあるごとに「スウェーデン生まれ」と珍しがられ今日まで来ました。


スウェーデン・ストックホルムで誕生した、女優の川上麻衣子さん

正直私にとっては、生まれた地ではありますが、1歳の誕生日を迎える前に日本に渡って来ていることもあり、実感のないものでした。しかしその後、小学生の頃に1年間の長期滞在をした経験を経て、北欧びいきの両親に倣い、今ではすっかり私自身もその国の魅力にはまっています。

コロナがなければ年に一度は訪れ、その空気に触れることが私の元気の源になっていたことは間違いありません。

●父母が飛び込んだ55年前のスウェーデン




インテリアデザイナーの母・玲子さんと生まれたばかりの麻衣子さん

今から55年も前、まだ日本人が数人しかいなかったスウェーデンという国に、言葉もわからないままに飛び込んだのは、まだ20代の母と30才半ばの父でした。

インテリアデザイナーという職業をもつ両親は結婚後間もなくして、デザインを学ぶため北欧に行くことを決意したそうです。


美しいストックホルムの街並み

今でこそ留学は珍しくありませんが、1963年はまだ海外の渡航も自由化されていませんでしたから、夫婦ともに外務省の試験を受けて当時のストックホルム王立大学に学ぶこととなったそうです。

●スウェーデンになじみすぎて両親が帰国を決意!?



私自身が再びスウェーデンで暮らすことになったのは1975年。9歳の頃でした。当初は2年の滞在予定でしたが、私の現地でのなじみ方が半端なかったせいで、やもなく1年で切り上げたと聞きます。

言葉を覚える能力は9歳頃までという説がありますが、まさしく私もその例にもれず、一切知らなかったスウェーデン語を2か月で覚えたそうです。今でも鮮明に覚えているのは、ある晩に見た夢の中でスウェーデン語を話し、翌朝目覚めたときには脳みそがスウェーデン語に切り替わっていたこと。


9歳の頃の川上麻衣子さんと母・玲子さん

その日を境に、家でも日本語がなかなか出てこなくなり、いちばん母を不安にさせたのは、スウェーデン語を話すときの私の態度があまりに生意気になっていたことのようです(笑)。

スウェーデンでは決して子どもを子ども扱いすることなく幼い意見であっても、対等に耳を傾けてくれます。ですから子どもも一生懸命自分の意見を伝えようと、大人顔負けの態度で語ります。そんな私の仕草や態度を見て、このままでは日本で生活しにくくなるのではないかと案じ帰国を早めたそうです。

ほんの1年ではありましたが、このときの体験はしっかりと私の中に根づき、母を心配させた生意気な一面も未だ私の体の奥底で生き続けています。

●コロナ禍で取り入れたい、スウェーデンの夏の過ごし方



さてそんなスウェーデンでの生活のなかで、とても印象深いものはやはり、スウェーデン人の夏の過ごし方です。


15年ほど前にスウェーデンの別荘地に訪れた際の1枚

ヨーロッパの人たちが長く休暇を取り過ごす夏。スウェーデン人は、別荘でその長い日々を家族とともに森と湖に囲まれて過ごします。言葉だけを聞くと、とてつもなく裕福な建物を想像しますが、実際には代々受け継がれてきた別荘を、改装しながら限りなく質素に過ごしている印象をもちます。


森の中を抜けると見えてくる湖のほとりに一軒の家があり、隣人の家までには相当な距離があります。そんなポツンと建つ家には、白夜の夏とあれば電気も必要なく、トイレも水洗ではありません。

●こんな時代だからこそ、本当のぜいたくを楽しみたい




スウェーデン人にとってのなによりのぜいたくは「自然の一部を借りて、森に溶け込むように時間を過ごすこと」なのだと思います。


スウェーデンでは、森はすべての人に開放されているので、森に入りベリーやキノコを摘むことが許されています。自然の恵みを食し、家族の排泄物は畑の肥料とし、家族のなかで完結させていきます。

「いずれは土に還る人間」を感じる、大切な夏。スウェーデン人がもつ心の豊かさや、死生観は、極夜と呼ばれる寒くて厳しい暗い冬と、そのあとに迎える美しい夏の穏やかな時間から生まれるのかもしれません。


数年前、ヴェルムランド地方にある、3人の男の子をもつ友人の別荘を訪ねたことがあります。

「夏至祭」という大きな祭りのときでしたから、近隣にある親戚の別荘からも子どもたちが集まり森に入り、花を摘み花冠をつくります。


その際友人の長男が、先頭を歩き「僕が案内するよ」と得意げに花の種類や、毒キノコがある場所など教えてくれました。


コロナの時代にあり、豊かさを改めて考えるこの頃です。人間として、本当に必要なものを考える時期なのかもしれません。

【川上麻衣子さん】



女優。1966年生まれ。14歳でデビューし、数々のテレビ・映画・舞台に出演。愛猫家としても有名で、2018年に仲間とともに一般社団法人「ねこと今日 Neko-to-kyo
」を立ち上げ、理事長を務める。2019年千駄木にサロン「Maj no ma(まいの間)」をオープン。YouTubeチャンネル「川上麻衣子ねこと今日neko-to-kyo
」にて動画も配信中。著書に『彼の彼女と私の538日 猫からはじまる幸せのカタチ
』(竹書房刊)など