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世界中にファンの多い絵本作家エリック・カールさんの作品「はらぺこあおむし」になぞらえた風刺漫画が波紋を呼んでいる。

問題となっているのは、6月5日付の毎日新聞朝刊に掲載された「経世済民術」というコーナーに掲載された風刺漫画で、「エリック・カールさんを偲んで はらぺこIOC 食べまくる物語」と題され、はらぺこあおむしになったバッハ会長をはじめとするIOC委員たちが、リンゴならぬ放映権という「ゴリンの実」を食べているというもの。

これに対し、「はらぺこあおむし」の出版元である偕成社(東京都文京区)の今村正樹社長は6月7日、ホームページで「風刺漫画のあり方」という文書を掲載し、「多くの子どもたちに愛されている絵本『はらぺこあおむし』の出版元として強い違和感を感じざるを得ませんでした」と批判している

エリック・カールさんは今年5月に亡くなったばかりで、悼むファンも多い。そうした中、毎日新聞の風刺漫画には批判が寄せられているが、そもそも著作権侵害にはあたらないのだろうか。著作権に詳しい齋藤理央弁護士に聞いた。

●エリック・カールさんの表現をほぼ丸写し

「著作権侵害に当たる可能性が十分にあります」と齋藤弁護士は、厳しく指摘する。その理由は、はらぺこあおむしの描かれ方にあるという。

「エリック・カールさんの特徴的な作風で描かれたはらぺこあおむしのイラストの胴体部分を、ほぼ丸写しして顔部分だけ人の顔に置き換えているため、著作権の内、翻案権という権利の侵害となる可能性があります。

エリック・カールさんのはらぺこあおむしは顔も非常に特徴的で、今回はその顔はつかっていないので一見著作権侵害にならないようにも見えるのですが、胴体だけでもポーズや足の本数、描き方の表現にも作者の個性が現れています」

特に、エリック・カールさんは「色の魔術師」とも呼ばれる作家で、特にその色使いは独特だ。

「今回の風刺画は、このはらぺこあおむしの胴体部分の特徴的な表現をほぼそのまま丸写ししています。特に、色使い(例えば黄緑や水色を混ぜている部分や配列など)などもそのまま丸写しなので、著作権侵害となる可能性が十分あると思います。

また、今回は著作者が亡くなっているので『著作者人格権』という権利は直接問題とならないのですが、それでも、エリック・カールさんの『著作者人格権』(今回問題となるのは同一性保持権、氏名表示権、2次的著作物上に新たに成立する公表権の各侵害)を侵害するような利用は違法となりますので、その点でも今回の風刺画は違法と判断される可能性があります」

●メリットよりデメリットの大きな風刺漫画

一方で、偕成社の今村社長は、「風刺の意図は明らかで、その意見については表現の自由の点から異議を申し立てる筋合いではありませんが」とも書いている。

とはいえ、「はらぺこあおむし」の作品意図を無視した上で風刺したため、多くのファンがショックを受けたと考えられる。パロディのあり方とは?

「今回、今村社長は著作権法の表現の自由を制約する面だけをとらえて、表現の自由の点から異議を申し立てる筋合いではないとおっしゃっています。

しかし、今回のケースは表現の自由を侵害する側面が強いため、著作権侵害の結論を導いて法的措置を採る方が表現の自由にとってメリットが大きい可能性があります。

著作権法は、表現の自由を制約する側面がありますが、それ以上に表現者の表現の自由を保護する側面も強い法律です。特に著作者人格権の根拠を憲法21条に求める考え方があるほか、著作財産権も単純な財産権という考え方のほかに、幸福追求権や表現の自由の保障に根拠を求める考え方があります。

そうすると、今回の風刺漫画は作者であるエリック・カールさんの作品意図をゆがめて、読者にその間違った作品意図を伝えてしまう可能性があります。

これは、作者の表現の自由を侵害する行為であるとともに、読者の知る権利を損なう行為でもあるのです。そして、今回の風刺漫画にははらぺこあおむしの表現の自由を侵害するデメリットを侵すだけのメリットがないと個人的には思います。

そうすると、今回の風刺漫画は作者や国民にとっては徒に表現の自由や知る権利を奪われるだけの行為で、表現の自由の観点からみてデメリットの方が大きい行為とも言えます」

【取材協力弁護士】
齋藤 理央(さいとう・りお)弁護士
I2練馬斉藤法律事務所。東京弁護士会所属・著作権法学会、日本知財学会会員。著作権など知的財産・IT法などに力を入れている。著作権に関する訴訟等も複数担当し、担当事案にはリツイート事件などの重要判例も含まれる。
事務所名:I 2練馬斉藤法律事務所
事務所URL:https://i2law.con10ts.com/