揺れる日本型雇用、それでも厳しい解雇規制は変わらない? 「フリーランス」が風穴になる可能性
新卒一括採用や年功序列型賃金、終身雇用に代表される「日本型雇用」の見直しが話題になることが多いが、正社員の長期雇用と法律的に密接に絡んでいるのが、厳しい解雇規制だ。
日本型雇用をめぐって、「年功序列は終わった」「終身雇用はもうもたない」という意見はあるが、解雇規制についての言及はそれほど多くない。
日本の解雇規制とはそもそもどのようなものか。今後、変わる可能性はあるのか。書籍「教養としての『労働法』入門」(日本実業出版社)の著者で、使用者側の弁護士として労働事件を多く扱う、向井蘭弁護士、星野悠樹弁護士に聞いた。(新志有裕、白井楓花)
●日本の解雇規制、海外と比べて本当に「厳しい」のか
そもそも日本の解雇規制とはどのようなものか。
もともとは、裁判例で、解雇権濫用法理として、使用者(企業など)の解雇権の行使は、それが「客観的に合理的な理由を欠き」、「社会通念上相当として是認することができない」場合には、「権利の濫用」として無効になるとされている。これは、2008年に施行された労働契約法16条で、法律にも明記された。
では、日本の解雇規制は他の国と比較して厳しいのか。「教養としての『労働法』入門」では、ヨーロッパ各国の解雇に関する規定と比較しても、日本が殊更に厳しいわけではないが、日本の場合、雇用契約の多くに職務(ジョブ)の限定がないことが特徴だという。
経営難による整理解雇については、ジョブを限定していないことが多い日本の場合、配置転換の可能性などがあれば認められにくくなるが、ヨーロッパでは比較的認められやすい。
一方で、能力不足などによる個別解雇については、ヨーロッパも日本と比較して特に容易というわけではないという。
また、アメリカについては、使用者は理由を問わずいつでも労働者を解雇できるという点で、大きく日本と異なる。ただ、差別的なものが背景にある場合は、解雇が認められず、紛争に至ることもあるという。
●解雇は「死刑判決同然」なのか
以下で、同書の著者である向井弁護士と星野弁護士に、より詳しく聞いた。
ーー日本の解雇規制の背景には、どのような考え方があるのでしょうか。
星野弁護士:欧米では、労働者としても「この仕事をやる」という意識で入社しているので、その仕事がなくなる以上は、労働者としても「しょうがない、この会社にはいられない」と考えます。これがジョブ中心で考えるということです。
一方で、日本の場合、雇用となると、正社員を中心に考えられてきました。つまり、「この会社の一員になるんだ」という気持ちで入社するのが一般的であるため、自分が今やっているジョブがなくなったとしても、そのことを理由に追い出されるのはおかしい、という考え方が社会常識・共通認識になっています。
向井弁護士:欧米では、仕事がなくなった以上は、去ってもらうしかないという点では大体共通しています。金銭解決制度などを活用して、お金で解決することもあります。
一方、日本の場合は、例えば、航空会社の社員が、コロナ禍で従来の仕事がなくなった場合に、家電量販店で洗濯機を売ったり、巫女さんとして神社で働いたり、他の仕事をしてでも雇用を維持しようとします。これは、人基準だからです。
ーー労働者にとって、不況の際に、クビにならずに働く場が確保されることは重要なのではないでしょうか。
向井弁護士:「解雇は死刑判決同然だ」という発想に立った意見を見かけることも多いのですが、必ずしもそうとはいえないのではないでしょうか。
厳しくなった産業を離れて、新しい成長産業で活躍することもあるでしょうし、不本意な仕事を続けるよりは、別の会社で自分の専門性を生かした仕事をした方がいい場合もあるでしょう。同じ会社で働く場が確保され続けることが本当にいいことなのか、ということです。
●退職勧奨がハラスメントの文脈で紛争になることも
ーー企業の経営者には、解雇規制はどう受け止められているのでしょうか。
向井弁護士:中小企業の経営者も、解雇規制の厳しさを理解するようになり、最近では、解雇の前に弁護士や社労士に相談することが増えました。統計をみても、解雇の紛争件数は減っています。
一方で、いじめや嫌がらせの紛争が増えています。統計では、退職勧奨の紛争件数そのものは減少傾向にありますが、いじめや嫌がらせの紛争には、退職勧奨に関連して、パワハラやいじめを受けた、というものが含まれているのではないかとみています。
つまり、昔だったらすぐ「クビだ!」と言っていた中小企業の社長が、そう簡単にクビにできないことを理解するようになって、「倉庫係をしておけ」「草むしりしてろ」と命令するといった、残念な形で辞めさせようとしているのではないか、ということです。
退職勧奨というアプローチ自体は適法なのですが、断られてしまうと、企業としてはお手上げになってしまうことが背景にあります。
星野弁護士:解雇ができないなら、配置転換で対応するにしても、会社からすればミスマッチだから一緒にやっていくのは嫌だという思いがあるでしょう。一方で、労働者側もハラスメントについての知識や関心が高まっています。そこで、トラブルが起きやすくなっているのではないでしょうか。
ーーそのようなトラブルを防ぐカギはあるのでしょうか。
向井弁護士:やはり雇用の流動性が大事だと思います。解雇規制には、血の流れを止めるようなところがあって、血流が悪くなって体全体が悪くなるようなことが起きます。本当にそれでいいのでしょうか。労働者としても、転職する道がたくさんあれば、トラブルなく笑顔でお別れできるわけです。
●フリーランスの推進で、「事実上の解雇規制緩和」に
ーーただ、法律にまで明記された解雇規制が、そう簡単に変わるとは思えません。
向井弁護士:私の持論は、正面から緩和するのではなく、裏道を作る。つまり、フリーランスの推進という形で、事実上の解雇規制緩和をする動きになるというものです。
解雇規制自体は、労働者保護につながっているため、批判されるリスクを考慮して、政治家や学者も積極的に緩和に動こうとはしないでしょう。ですから、強固な解雇規制自体を変えるのではなく、そもそも労働法の範囲外にいるフリーランスを活用して風穴を開けようということです。
今年の4月に施行された改正高年齢者雇用安定法(通称「70歳就労法」)では、70歳までの就労機会確保が企業の努力義務となったのですが、一定の要件を満たせば65歳以上はフリーランスでもいいことになりました。このことからも、フリーランスの存在を国が意識していることが見えてきます。
フリーランス化の流れが少しずつ広がることで、解雇規制の緩和と同じような効果を持つようなルールが、新たにできるのではないかと考えています。
星野弁護士:Uberのように、時間も場所も制約されず、仕事を受けるか受けないかも自由な個人事業主としての生き方が広まっていくと、人の流れも活発になり、今後は、フリーランスをどう保護していくのかという話になるでしょう。
向井弁護士:フリーランスの金銭補償制度に話がいくのではないかと思います。以前から、雇用労働者の解雇無効時の金銭解決制度については議論がなされていますが、長期にわたって議論が停滞しています。
「首切りが容易になるのでは」といった批判を受けるリスクがあるので、なかなか議論が進みません。
一方、フリーランスについては法的な整備が進んでおらず、日本人にもまだ免疫がないので、新たな補償制度を議論しても、反対する人はほとんどいないのではないでしょうか。
ーーその一方で、企業としても、長期にわたって会社を支える人材は欲しいでしょうし、労働者でも長く働き続けたい人は多くいるのではないでしょうか。
向井弁護士:確かに、安定した雇用環境で、とにかく言われたことをきっちりやって、ほどほどに過ごす人という人は変わらず存在するでしょう。その一方で、どんどん自分で仕事を見つけて稼ぐ人も出てきて、二極化していくのではないでしょうか。
解雇規制自体は変わらないまま、フリーランス化やジョブ型雇用、副業兼業の推進などによって、流動性が高まっていくでしょう。
労働法学者や厚労省、政治家の中でも、叩かれたくないからか、解雇規制を直視している人はほとんどいません。しかし、正面から日本型雇用を変えたいのなら、解雇を悪者扱いせずに、社会の動きにも合う形で、金銭解決制度などの導入を進めるべきです。
【取材協力弁護士】
向井 蘭(むかい・らん)弁護士
東北大学法学部卒業。平成15年弁護士登録。経営法曹会議会員。企業法務を専門とし、特に使用者側の労働事件を数多く扱う。企業法務担当者に対する講演や執筆などの情報提供活動も精力的に行っている。
事務所名:杜若経営法律事務所
事務所URL:https://www.labor-management.net/
星野 悠樹(ほしの・ゆうき)弁護士
中央大学法学部卒業。平成27年弁護士登録。経営法曹会議会員。使用者側の弁護士として数多くの案件を取り扱う。人事労務分野についての講演なども行っている。
事務所名:杜若経営法律事務所
事務所URL:https://www.labor-management.net/