雑誌やインターネットの情報で、「1日に2リットルの水」が健康やダイエットのためには必要だと聞いたことがある人も多いはず。しかし、ウェイン州立大学運動スポーツ科学准教授であるタマラ・ヒュー=バトラー氏は、「全ての人が1日2リットルを飲むべき」という考えは誤解に基づくとして、その問題点を指摘しています。

Do you really need to drink 8 glasses of water a day? An exercise scientist explains why your kidneys say 'no'

https://theconversation.com/do-you-really-need-to-drink-8-glasses-of-water-a-day-an-exercise-scientist-explains-why-your-kidneys-say-no-159020

◆「1日2リットルの水」の誤解

ヒュー=バトラー氏によると、実は「人には1日2リットルの水が必要」という考えの科学的根拠ははっきりしていないとのこと。2018年の研究では、この助言が1945年に発表されたアメリカ食品栄養委員会の食事摂取基準に由来し、一次研究によるものではないと記されています。同様の主張は欧州食品安全機関も2019年に発表していますが、ここでいう水分とは水単体ではなく「全ての飲み物および食品に含まれる水分」の合計量となってるとのこと。つまり、2リットルという量には果物やジュースの水分量も含まれており、「1日2リットルの水が必要」という言葉は誤解に基づくとヒュー=バトラー氏は指摘しました。

また、アルコールに利尿作用があるのは確かですが、コーヒーや紅茶に含まれるカフェインは、飲み物に含まれる水分量を超えて尿を排出しないという点にも、ヒュー=バトラー氏は注意を促しました。



ヒュー=バトラー氏によると、人が必要とする水分量は、主に以下3つの要素によって決まってくるとのこと。

・体重:体が大きな人ほど大量の水が必要になる。

・環境の温度:気温が高くなるほど人は汗をかき、水分が失われるので、水が必要になる。

・運動レベル:運動の強度が高くなるほど、水分が失われるので、水が必要になる。

このため、全ての人にとって必要な水分量は異なり、一律の基準を設けることは不適切だとヒュー=バトラー氏。

◆なぜ水が大切なのか?

そもそも、なぜ「水を飲むこと」の重要性がこんなにも叫ばれているのかというと、人間の総合的な体の水分バランスは非常に複雑なものであるためだとヒュー=バトラー氏は説明します。

哺乳類は腎臓でリアルタイムに水分バランスを調整しています。腎臓には保水ホルモンであるバソプレッシンに反応する「アクアポリン2(AQP-2)」の水チャネルが存在するとのこと。バソプレッシンは、水分バランスの変化を検出する脳センサーから送られた神経信号に応答し、下垂体後葉から分泌されます。このため水が不足したり多すぎたりすると、バソプレッシンに反応した腎臓が、40秒以内に体内の水分バランスを調整するわけです。

このような脳・脳神経・腎臓の連携による調整作業は非常に迅速で、効率的かつ正確とのこと。

◆「水を飲むこと」の科学研究の結果



1日2リットルの水を飲むことについての科学的研究は複数存在します。例えば、1日2リットル水を飲むと腎臓結石の病歴がある人から結石が減ったり、尿路感染症が減少したりといった結果が示されています。一方で、腎機能への影響や便秘の改善、顔の肌の色の変化については、科学的に明確な裏付けはありません。また子どもを対象とした研究で、水を多く飲ませても、その分ハイカロリーなジュースの摂取が減ったり、食前に満腹感を感じなかったりしない限り、減量には役立たないことが示されています。

他方、水を飲むことが一部の人の精神状態に影響を与える可能性も示されています。被験者が水分摂取量を増やした後に認知能力の向上を報告した研究や、水分摂取によって気分が向上する不安神経症の女性についての報告も存在します。後者の場合、女性は水を飲むことに強迫観念があり、水分摂取によって報酬回路が活性化したと考えられています。

ただし、不要な水分摂取は脳が不快を感じとり、筋肉も余分な動きを必要とするとのこと。社会的多飲症は多尿症を引き起こし、膀胱拡張・尿管拡張・腎不全・水腎症といった原因にもなるため、脳が不快を感じるのだと考えられています。

結論としてヒュー=バトラー氏は、「喉が渇いていない限り、余分な水を飲むことにおそらく著しい健康的なメリットは存在しませんが、害もありません」と述べました。