「伊是名さんはわきまえなくていい」全盲弁護士が受け止めた「捨て身の覚悟」
障害者のコラムニスト・伊是名夏子さんが、「JRで車いすは乗車拒否されました」とつづったブログに大きな反響があり、ネットでは賛否様々な声があがっています。否定的な意見も目立ちます。
JRの対応は、差別だったのでしょうか。全盲の弁護士・大胡田誠さんに聞いてみました。
そんな大胡田さんもまた、「差別」に関する発言で批判を浴びたばかり。
体験した困難や問題について、社会に投げかけるとき、何に気をつければいいのでしょうか。そして、投げかけられた側の受け止め方とは。(編集部・塚田賢慎)
●障害が「個人の問題」から「社会の問題」へ
ーー伊是名さんは、取材(J-CASTニュース、4月7日)に「社会の動きというものを知らない人も多いと思います」と述べています。「社会の動き」を教えてください。
大胡田誠弁護士(以下略):「障害」の捉え方がガラッと変わりました。障害は「目が見えない」など心身の機能の欠陥と捉えられて(「医学モデル」)、訓練やリハビリで乗り越える「個人の問題」でした。
1990年代に提唱された「社会モデル」では、障害は社会の側にあり、社会を変えることで、障害を乗り越えると考えられたわけです。
その考え方を土台にして障害者権利条約(2006年)が採択され、障害者への「あらゆる差別」を禁止しました。
この条約では、「障害者お断り」など健常者との区別だけでなく、「合理的配慮の否定」も差別だとされています。
日本では、2014年に条約を批准、さらに2016年施行の障害者差別解消法で、不当な差別的取り扱いの禁止と、合理的配慮の提供義務(民間では努力義務)が、より具体的に定められました。
●行政はともかく、民間はあまり変わっていない
ーーそこから状況はどう変わったのでしょうか。
大胡田:行政に浸透しつつあっても、民間はあまり変わっていないように感じます。
私の妻も全盲ですが、寒い冬にカフェに行ったら「盲導犬と一緒なら屋外のテラス席にどうぞ」と、あたかも合理的配慮であるかのごとく、外でコーヒーを飲まされたことがあります。
本来、障害を乗り越えるために、バリアフリーと合理的配慮があります。
駅や建物などにエレベーターを設置するなどして、不特定多数の人たちの利便性を高めるのがバリアフリーで、それでカバーしきれない場合、障害者からの申し出によって、事業者側が配慮をする。これが合理的配慮です。
●事実上行けないのなら、差別されたのと同じこと
ーー伊是名さんは「乗車拒否された」と差別を主張しています。
大胡田:先述したように、事業者側が合理的配慮をしないということは、障害者権利条約では一つの差別だとされています。その意味では、JRの対応は差別だと理解されても仕方がありません。
「来宮駅はお使いいただけませんので、熱海駅までで。その後はご自身でお考えに」という趣旨の駅員の発言は、実質的には「行ってはいけません」というのと同様の意味を持っています。彼女にとっては、事実上、行けないのと同じですから。
この差別が、まだ一般的に差別と認識されていないから、批判が起きているのかもしれません。
ーー最終的に目的地である来宮駅についたのに「乗車拒否された」と主張することは正しいのでしょうか。
大胡田:主張には、正当性があります。JRのサービスの内容には、単に場所を移動させるだけではなく、快適に列車を利用させることも含まれると考えます。本件では、結果的に介助が提供されたわけですが、小田原駅のやりとりの段階では、来宮駅での介助を拒否していたという事実は無視できないと思うのです。
レストランで「本当はあなたに食べさせたくないんだけど、今回だけ特別に食べても構わない。どうぞ」と言われて、食べるごはんは美味しいですか。
JRが提供するサービスには、移動と、それに至るプロセスも含まれていると思います。
差別解消法の「対応指針」で、国交省は、鉄道事業者として「障害者からの申し出を把握したら、できるかどうか検討・調整しなければいけない」と定めています。
一番の問題は小田原駅での対応だと考えます。駅員さんはどこまで本気で「検討・調整」したのでしょうか。
頑張って検討・調整したうえで、「今は対応できそうにない。2時間後になってしまう。それでもダメなら、このタクシーを使いませんか」と応じたら、伊是名さんも「しょうがない」と思ったことでしょう。ブログに書かれたやり取りを見ると、それを十分に行わずに、来宮駅までの対応はできないとしてしまったように思われます。
差別解消法のキモとなる建設的な対話というものが十分に行われなかったのだと感じます。
もちろん、事業者側の「過重な負担」も検討される必要があります。
事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない。(障害者差別解消法 8条2項)
ただ今回、人員を割くことで、事務・事業への影響はあっても、本来的な事業を不可能にするほど深刻なものではなく、必ずしも過重な負担とは言えないと思います。
ーー来宮駅は人が少ないから難しいでしょうけど、JRの対応として、駅員だけでなく、周囲の利用者に「手伝ってくれませんか」と呼びかけるような合理的配慮もありえるのでしょうか。
大胡田:障害者側の希望をきちんと確認したうえで、それを望む場合には一つの方法になりうると思います。もっとも、それは、今、直ちに助けが必要な場合の急場しのぎであり、今回のケースでは、やはり駅員がきちんと対応すべきだと思います。
2009年、車いすの知人らとニューヨークに行きました。地下鉄にエレベーターがありませんでしたが、駅員や、ほかの乗客が「やるよやるよ」と自発的に集まって、車椅子を下ろしてくれました。
●「JRさんありがとう」では議論は起きない
ーー伊是名さんのブログのメッセージをどう受け止めればいいのでしょうか。のちに、伊是名さんは、「私は『わきまえる障害者』になろうとは思いません。」と語っています(朝日新聞GLOBE+・4月12日)。
大胡田:伊是名さんが投げかけたのは、障害があると自由に行きたい場所に行けないという、社会全体で考えなければいけない問題です。
日本全体で考えると、何千件、何万件という単位でこれまでにも起こってきたことだと思うのですが、それが社会には届いていなかった。
多少、目を引くフレーズを使って表現しなければいけない。
伊是名さんぐらいの筆力があれば、「事前に連絡しなかったのに、JRさんが機転をきかせて対応してくれた。おかげで旅行を楽しめました。本当にありがとう」という記事だって書けたはず。
ただ、「JRさんありがとう」というブログでは、全く騒ぎにならず、「よかったね」でおしまい。捨て身の覚悟で一石を投じたんだろうと思うし、私はそれは表現者として彼女が選んだ方法だと理解しています。
●あなたが批判している対象は、明日のあなたかもしれない
ーー健常者にとっては、他人事のような面もあるのではないでしょうか。
大胡田:絶対に忘れないでほしいのは、障害者と健常者って固定的な区別ではない、ということです。
明日、誰だって、車いすになるかもしれないし、ツイッターで批判・中傷している皆さん、障害を負うとか、両親が高齢になって障害者になるのも十分ありうる。
彼女を批判してしまうことは、「将来自分や自分の大切な人が同じ扱いを受けてもいいですよ」という意思表示です。
誹謗中傷の一方で、支持する人も同じかずっとたくさんいるでしょう。でも、「お前もモンスターの仲間か」と叩かれてしまう恐れもあって、彼女の考えに賛意を示しにくい。
中傷する人のなかには、虐げられた思いをされている人もいるのだと思う。
「みんなが余裕ないのに、さらに障害者がわがままを言うのか」みたいな思いもあるのでは。
ただ、将来、自分や自分の大切な人が旅行したいのに、無人駅だから駄目だよって言われても、本当にいいのでしょうか。
●私自身も「女性差別問題」をめぐる発言で批判された
ーー「ハートネットTV」(3月22日、Eテレ)で大胡田弁護士の発言が炎上したばかり。だからこそ、差別に関するメッセージの伝え方について、聞いてみたいと思いました。
※炎上とは…番組では、森喜朗東京五輪組織委前会長の女性蔑視発言をうけた内容を放送。大胡田弁護士は「女性差別ってこんなに世間が騒いでくれてうらやましいなと思いますね。障害者差別って、もっとすげーえげつないことたくさんあるのに全然騒いでくれない」と発言した。番組もツイッターで「あの女性差別問題を『生っちょろい』とぶった切る!? 盲目の弁護士・大胡田誠さんが女性差別問題を受け、障害者弁護の現場から見える"えげつない現実"に怒り心頭!そのワケとは!?」と投稿。番組は謝罪し、投稿を撤回した。
大胡田:障害者差別の方がひどい、女性差別のほうがマシ、というつもりではなく、障害者差別は厳然として存在するのに、女性差別ほど社会的な問題にならないという意味で行った発言だったのですが、そもそも、ある差別と別の差別を比較し、どちらの差別の方がうらやましいなどというのはめちゃくちゃな話だし、人間としても弁護士としても言うべきではなかったと反省し後悔しています。
比較ではなく、どんな差別もいけないという考えを持たなければいけないと、痛みをもって知りました。
●一緒に頑張ろうねって、なぜ言えなかったんだろう
ーー視覚障害者の弁護士として、差別の存在を発信する急先鋒だったのに、差別について批判される。初めての経験だったのでは?
大胡田:弁護士になってすごいですね、などと、ちやほやされてきた部分もあり、自分の言葉を聞いた誰かがどう感じるのかということを考えられなくなっていたのかもしれません。自分が差別問題を発信するために、他の差別を、羨ましいなどと言うと、そのかたがたを傷つけることがすごくよくわかったし、これからは、そんなことは絶対しないぞと強く思っています。
いろんな人の話を聞くようにしました。特に、私のアシスタントの女性からは「やっぱりあれを聞いた女性は、自分が受けてる差別とは、取るに足らないものというふうに言われたように感じるんですよ」と教えられました。彼女は聡明で人権感覚の鋭い人なのですが、私は、その言葉で本当の意味で自分の言葉の「罪」を理解しました。
かつて、女性は、男性と同じ仕事をしたいと思っても全く就職できなかったり、昇進できなかったりという時代があって、血のにじむような努力を経て、ようやく今の状況になっているんですよね。そういう歴史的な経緯などを考えたら、うらやましいなんて言えるはずなかったんです。
女性もつらいよね。障害者もつらいから一緒に頑張ろうねって、なぜ言えなかったんだろうと思います。
●摩擦をおそれずに
ーーそれぞれの立場で何をすればよいでしょうか。
大胡田:差別とか配慮って、法律や人情がからみあった難しい問題ですよね。一つ言えることは、まずは想像することが大切だということです。
旅行に行きたくて駅に来た障害者に対して、援助を断ったらこの人はどうなるだろうかと想像すること、また、一方で、電動車椅子で来て持ち上げてくれって言われたら、慣れてない駅員さんはどう考えるだろうかという想像をすること、そして、お互いの気持ちを尊重しあいながら対話をすることです。
もし摩擦が起こったとしても、それを対話のきっかけにして、少しずつ社会を変えていけばいい。そして、現に社会はそのようにして変わってきています。
(4月16日10時20分 大胡田弁護士の以下の発言について修正・補足しました) 修正前の発言 「主張には、正当性があります。目的地に着くのと、旅の目的を遂げるのとは、別のことです。」
【取材協力弁護士】
大胡田 誠(おおごだ・まこと)弁護士
「おおごだ法律事務所」代表。12歳の時に先天性緑内障による失明。8年間かけて司法試験に挑み、2006年、5回目のチャレンジで合格。全盲で司法試験に合格した弁護士としては3人目となる。一般民事や企業法務、家事事件、刑事事件など幅広く手がけるほか、障害者の人権問題についても精力的に活動。
事務所名:おおごだ法律事務所
事務所URL:https://oogoda-law.jp/