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埼玉県戸田市のスーパークレイジー君(本名:西本誠)議員は4月13日、⼾⽥市選挙管理委員会が同9日に決定した当選無効について不服があるとして、埼玉県選挙管理委員会に対し、審査申し立てをおこなった。

スーパークレイジー君議員は2021年1月に初当選。しかし同年2月には、市民から「市内に住んでいる実態がないのではないか」などの理由で当選無効をもとめる異議申し立てがあった。

地方議会の議員になるためには「選挙を実施する区域内に引き続き3カ月以上住所を有する」ことが必要だが、市選管は「本市に確実に住んでいた客観的証拠があるとはいえない」などとし、実際には居住の実態がなかったと判断した。

申し立て後に開かれた会見で、スーパークレイジー君議員は、県選管の審査で当選無効が覆らなければ、その後さらに訴訟で争うなど「徹底抗戦」の意向を示しており、争いが長期化することも考えられる。今後決定が取り消される可能性はどの程度あるのだろうか。行政事件に詳しい水野泰孝弁護士に聞いた。

●当選無効確定するまでは、スーパークレイジー君「議員」のまま

--当選無効について審査申し立てが行われましたが、今後の手続きはどうなりますか。

埼玉県選挙管理委員会の裁決が市選管の判断を正しいとした場合、スーパークレイジー君議員は、東京高等裁判所に訴訟を提起することになります(公職選挙法207条1項)。

訴訟でも結論が変わらなければ当選無効は確定し、スーパークレイジー君議員は職を失うことになります。その欠員については、選挙会において更正決定を行い、新たな当選者が定められることになります(同法96条)。スーパークレイジー君議員は、判決が確定するまではその職を失いません(地方自治法128条)。

--判決確定まで、どのくらいの期間を要しますか。

事案の性質上、早期に判断する必要があることから、公職選挙法213条1項において、異議の申出については30日、審査の申立てについては60日、訴訟については100日以内に判断をするよう、努力義務が定められています。

とはいえ、あくまで努力義務であって、この定めのとおり判断がなされるということは想定し難いところです。今回のケースが訴訟になったとして、東京高裁の判決が出るのは、来年半ばくらいになるのではないでしょうか。

--「住所」が問題となっています。

公職選挙法の定める「住所」をめぐっては、複数の最高裁判決があります(最高裁昭和29年10月20日判決、最高裁昭和32年9月13日判決、最高裁昭和35年3月22日判決、最高裁平成9年8月25日判決)。

問題となる局面によって多少表現は異なりますが、「住所」とは、その人の生活に最も関係の深い一般的生活、全生活の中心をいうものとされています。また、一定の場所が「住所」に当たるか否かは、客観的な生活の本拠たる実態を具備しているか否かによって決まるとされています。「居住実態」が問題とされているのは、この文脈です。

--「居住実態」はどのように判断するのですか。

スーパークレイジー君議員の住民基本台帳の登録状況としては、令和2年10月5日付で戸田市に転入しているとのことです。ただし、住民票の転入手続きがなされていることから直ちに「居住実態」があることにはなりません。あくまで生活の本拠たる実態を具備しているといえるか否かが問題となります。

何をもって「居住実態がある」といえるかということは、事実認定の問題であり、抽象的にいえば、「諸般の事情を総合考慮して判断する」ことになります。

今回問題となっているような、住んでいた家の賃借人名義が誰であるか、表札が出ていたか、新聞を取っていたかなどは、「居住実態」を判断する際の一要素ではありますが、そこから直ちに「居住実態」の有無について答えが出るとはいえません。

何だからどう、ということが直ちにはいえないことが、この問題の難しさといえるでしょう。

--選挙のために転居することは問題ないのでしょうか。

選挙に立候補するという目的で引越しをすること自体は、被選挙権との関係では問題ありません。投票する住民が選挙に際してこのことをどう捉えるか、という政治的な事柄であるといえます。

●居住を直接裏付ける資料乏しく「事実がもつ迫力に欠ける」

--市選管の決定をどのように見ていますか。

市選管が公表している決定書を読んだ限りでは、市選管は、限られた時間の中でできる限りの調査を行い、手に入れた資料から、こつこつと事実認定をしている印象です。

当選無効は、ある意味でスーパークレイジー君議員に投じられた912票という民意をひっくりかえす判断である以上、慎重な検討を要することは当然です。

他方で、決定書記載のスーパークレイジー君議員側の主張は、全体として「事実がもつ迫力」に欠ける印象です。

--どのあたりが迫力に欠けるのでしょうか。

スーパークレイジー君議員がいうように、それまで居住していた東京都中央区の自宅から引っ越して、戸田市内の特定の場所において3カ月にわたって住んでいたのであれば、そのことを直接裏付ける「資料」が提出されてしかるべきと考えます。

たとえば、離れて住んでいる家族や関係者とのやり取り(LINE、メール、SMSなど)、コンビニ・スーパーなど日常生活のレシート(いくつか提出されてはいるものの決め手に欠ける内容のようです)、年賀状やはがき(宛先や消印からある程度居住地を推察させます)、ATMからの入出金記録(通常、入出金を行った場所や日時が明らかになります)等です。

戸田市内の住所に送られたスーパークレイジー君議員(「西本誠氏」)あての国民健康保険税に係る督促状が返戻されるなどし、公示送達の手続きが取られていることも、スーパークレイジー君議員がそこに住んでいなかったことを推察させる事情となるでしょう。

また、当該戸田市内の住所においてもともと住んでいたとされる方(スーパークレイジー君議員は、この方との入れ替わりで当該戸田市内の住所に住み始めたという主張です)が、問題となっている期間、別の場所に住んでいることを根拠付ける「資料」が提出されていないことも、スーパークレイジー君議員側の主張の正当性に疑問を抱かせます。

スーパークレイジー君議員側としては、市選管が指摘する内容に対する「反論」を行うことでその主張を構成しているようですが、今回のケースが被選挙権をめぐる争いであることに加え、「居住実態の有無」は本来的に当事者でないと「資料」を用意できない性質の事柄であるといえますので、スーパークレイジー君議員も積極的に「資料」を出す必要があるというのが私の考えです。

●居住実態を示す直接的な資料を一つでも出せれば逆転も

--現時点、スーパークレイジー君議員側が厳しい状況ということでしょうか。

私としては、これまでの判断枠組みを前提とする限り、現時点において明らかになっている事実関係を踏まえると、スーパークレイジー君議員側が市選管の判断を覆すことは難しいのではないかと考えます。

しかしながら、このことは、スーパークレイジー君側が居住実態を示す直接的な資料を一つでも提示できれば、結論は容易にひっくり返るということでもあります。

--今後どのように争うことが考えられますか。

今日的な情報化社会の進展、あるいは、コロナ禍において、「住所」のもつ意義が相対的に低下していることを踏まえれば、「住民票の移転という居住の意思の表れにも重きをおくべき」として、従前の判断枠組みそれ自体を争うという方法も考えられるかと思います。住民票を移しているのであるからそれで十分ではないか、というアプローチです。

また、「立法政策」という高い壁はありますが、公職選挙法の定める「引き続き3カ月以上市町村の区域内に住所を有する」との要件が被選挙権を侵害するものであるとして、憲法論で論陣を張り、社会に問題提起をすることも考えられるでしょう。

スーパークレイジー君議員は、その通称等からもわかるとおり、「見せ方」や「広報戦略」の“うまい方”です。逆転のための隠し玉を用意している、そんな可能性もあるのかもしれません。

【取材協力弁護士】
水野 泰孝(みずの・やすたか)弁護士
水野泰孝法律事務所代表。早稲田大学法科大学院准教授(任期付実務家教員)、日本弁護士連合会行政問題対応センター事務局長。対行政・行政側の立場を問わずに、日々の業務として行政事件を中心に取り扱う。Twitter:@mizuno_law
事務所名:水野泰孝法律事務所
事務所URL:http://www.mizuno-law.jp/