やる気がなくて、すぐに勉強を投げ出してしまう。少し注意するだけで、感情的になって暴れだしてしまう…。そんな子どもたちを見て「なんでこんなに言うことを聞いてくれないのだろう」と思い悩んでしまう人は、少なくはないのではないでしょうか。

これに対して「子どもの問題行動の背景には境界知能の問題が隠れていることもある」と語るのは、65万部超の大ベストセラー『ケーキの切れない非行少年たち
』の著者として知られる児童精神科医の宮口幸治さんです。


境界知能の問題とは

子どもの問題行動の背景にある境界知能の問題とは



そこで、宮口さんに、子どもが抱える問題に大人がどうやって向き合うべきかを伺いました。

●やる気がない裏側には、「自信のなさ」が隠れていることも



すぐに諦めてしまい、何事にもやる気がない。そんな傾向をもつ子どもを見ると、大人は「どうしてだろう?」と思ってしまいがちです。しかし、児童精神科医の宮口幸治さんいわく、その背景を詳しく見ていくと、じつは「自信のなさ」が隠れていることも。

「『境界知能』とは、IQ85以上の『通常知能』とIQ69以下の『知的障害』の中間に位置する、IQ70〜84ほどの知能をもつ人を指します。一般的には低い学習パフォーマンスを示すのに、一見すると平均的な子どもたちと変わらずに生活を送っているように見えるがゆえに、支援の対象外になっています。そのゆえ、はたから見ると『勉強が苦手』『やる気がない』『さぼっている』と誤解を受けやすいのです」

境界知能への充分な支援や一般認知が進んでいないため、境界知能の子どもたちは、知的障害の子どもたちと同様につらい思いをしているケースも少なくないそうです。

「境界知能の子どもたちの発達年齢は、平均的な子の7〜8割ほどだと言われています。小学校2年生の8歳の子ならば、だいたい発達年齢6歳くらいに該当します。つまり、小学生2年生のなかに幼稚園の子が混じっているような感覚なので、どうしても勉強や運動、対人関係で遅れを取ってしまい、失敗も多くなる。その結果、先生や親から注意されることが増え、子どもたちは自分に自信をもちたくてももてなくなってしまうのです」

●失敗を恐れるがあまり「やりたくない」と言ってしまう



こうした状況が続くと、授業や大人の話を聞いて理解できなくても、「自分ができない」ことに恥ずかしさを覚え、その事実を隠そうとします。

「こうした子たちは、好きなことに関しては記憶力が高いこともありますし、普通に話したり、遊んだりする分には、平均的な子どもたちとほとんど見分けはつきません。しかし、突然、いつもと違う問題が起こると、どう対処してよいかがわからなくなってしまう。失敗して恥ずかしい想いをしたくないので、自分を守るために『自分には無理だ』『やりたくない』と口癖のように言ったり、『失敗するくらいなら最初からやりたくない』といって、なにに対しても本気で取り組まない癖がついたりしてしまうのです」

●自信のなさが被害妄想につながり、キレやすい子どもを生む



では、子どもが自分に自信をもてないと、どんなことが起こるのか。そのリスクのひとつが、不適切な考えをもち、キレやすい子どもになってしまうということです。

「たとえば、A君とB君の二人がなにか間違った行動をして、Cさんから『それは違う』と指摘されたとします。A君は『Cさん、親切にありがとう』と好意的に感じたとしても、自分に自信のないB君の場合は『うるさい、馬鹿にしやがって』と被害的に感じてしまう。このように、自分に自信がない子どもほど『バカにされているのだ』『自分はどうせダメな人間だ』と感じ、他人の言葉を好意的に受け取れなくなってしまいます。その結果、日々の生活で募ったストレスを爆発させ、キレてしまうケースも少なくありません」

人の発言に対して、好意的に受け取るか、被害的に受け取るかは、それぞれの考え方ですが、前者の方が生き方としてはプラスなはず。では、自信のない子どもが被害感を募らせないようにするためには、どうしたらいいのでしょうか。

「相手に悪気があったわけではない可能性を想像する習慣をもってもらうことが大切です。子どもが自分に起きた出来事を悪く受け取ってしまう前に、『もしかしたら、こういう可能性があったのかもしれない』と考える習慣です。たとえば、目の前にいた子が自分を見て笑っていたとして、『自分が馬鹿にされた!』と怒るのではなく、『もしかしたらなにか楽しいことを思い出したのかもしれない』『自分の後ろにおもしろい人がいたのかもしれない』などと想像するような習慣をつけてもらうことが効果的かもしれません」

●早期からの対策があれば、能力を伸ばすことも可能



また、子どもが自信を失っている際、親や先生など周囲の大人にとって大切なのは、「自信を失った背景がどこにあるのか」を見極めることです。

「もちろん、その子のいいところや強みを見つけ、伸ばしてあげること、誉めて自信をもたせ、役割を与えて活躍させることは重要ですが、それに加えその子が自信を失った背景はどこにあるのかを分析しておくことです。そのためには、子どもをしっかりと観察してあげましょう。境界知能についてはまだわかっていない部分も多いものの、早期から苦手な分野を見定めて練習すれば、ある程度能力を伸ばすこともできます。『まだ子どもだから』と様子を見るのではなく、少しでも早い段階から、できることを考え、対応してあげることが大切です。家庭や学校だけでは解決できない場合は、児童相談所や医療機関などの外部機関と連携することも視野に入れておきましょう」

宮口さんのコミック形式最新刊『境界知能とグレーゾーンの子どもたち
』(扶桑社刊)には、境界知能をはじめ、生きづらい子どもたちに対する具体的な対応策について、コミック形式でわかりやすく解説しています。出版社のページ
から試し読みも可能。ぜひチェックを。

<取材・文/ESSEonline編集部>

●教えてくれた人
【宮口幸治さん】



立命館大学産業社会学部教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務、2016年より現職。困っている子どもたちの支援を行う「日本COG‐TR学会」を主宰。医学博士、臨床心理士。