犬とミカンの追いかけっこ。天性の遊び上手かもしれない<inubot回覧板>
ペットの柴犬の写真をツイッターに投稿し続け、その自然体のかわいさが人気となっている@inu_10kg
。ESSEonlineでは、飼い主で写真家の北田瑞絵さんが、「犬」と家族の日々をつづっていきます。
第31回は、久しぶりに帰省した妹と犬のお話です。
いつだって妹を迎えにいく犬は歓びがこぼれてしまいそうな顔をする。こんなにも帰りを待ち焦がれてもらっているなんて果報者め。
駅まで妹を迎えに行こうとしてボアジャケットを羽織り車の鍵と財布が入ったポシェットを肩にかけた。するとそれまで寝床で微睡んでいたはずの犬がいつの間に立ち上がってこちらをじっと見ていた。私の行動を把握ずみである、犬だって妹を迎えに行きたいのだ。
「でも今寝ようとしてたやん、寝とき」
と声をかけるも、眠気をまとった足取りでぽてぽてと寄ってきた。「行くん?」尋ねれば返事のようにまばたきを。
ほな行こか
コロナ禍の帰省ですったもんだしたが久しぶりに妹が和歌山に帰って来た。一月まるまる家にいて畑仕事や家事を手伝ってくれて、母も全回復ではないので皆が助かった。犬からしたら、普段は2、3日たつと不在となる妹が、朝起きても起きても「犬ちゃんおはよう」と居るので、不思議だけど嬉しくてたまらないようだった。相変わらず犬と妹の空気感はきょうだいみたいだ、もちろん犬がお兄さんやよ。
ある昼下がり、私が昨年の自粛期間に買ったトランポリンで、庭で遊んだ。トランポリンから降りた妹が地べたに座ると大きく息を吐いた。「はーあぁ、お日さんの下でさ、HIPHOP流しながらトランポリンして、犬がいてくれて、もうなんもいらんやんって思えてくる」と憑き物が取れたような顔で笑った。たしかに陽と音楽と犬がいれば…。
私には妹にどうしても見せないといけないことがあった。
一昨年の夏に、イノシシが畑を荒らしてミカンを食べてしまうので父と母が畑の周囲を防護柵で囲った。おかげで一昨年、昨年の冬とミカンは収穫できた。
そして昨秋、柵に囲われた畑から外に出ていくことはできないからと父が「自然のドッグラン」と称して犬を放したのだ。そのあと犬を捕まえられるのか懸念を抱いたが、なんの問題もなく帰宅を察するとリードを容易に繋がせた。
2020/秋
どうしても見せたいなんて言うわりに畑に行ったのは、帰省からしばらくたった頃だった。山地にある畑に着くと、冬の空気が一段と澄んでいた。
畑の内側からしっかり柵を閉めて、妹の手により犬のリードが解かれた。犬は行ってもええの? という顔を見せるとすぐさま気持ちを昂らせブォン! とアクセル全開で走り出した。もうあんなにも遠くまで。
畑は斜面のようになっていて妹が頂上に向かって走り出せば、どこからともなく犬がやってきて飛び跳ねながら並走しはじめた。
畑の中には出荷できなかったミカンが落ちていて、犬がその一つをくわえて持ってきた。受け取った妹が坂道の上に向かって投げたら取りに行き、くわえてまた戻ってきた。
そして遊び上手な犬である、ただミカンを取りに行くのではなく坂の上からミカンを転がして追いかけるという楽しみを見出した。
速いスピードで転がっていくミカンを追いかけては、草むらでミカンが止まったらくわえて妹に持っていって、投げて追いかけて転がしての繰り返し。
時たまミカンを追い抜くと慌てて急停止したり、一回転して時間をつくったり、犬はミカンを追いかけたいのであって追い越したいのではなさそうだ。畑のなかを縦横無尽に行き交う犬とミカンの追いかけっこ、頭の中では運動会のおなじみ「天国と地獄」が流れていた。
ハッハッと舌を出して肩で息をしている犬は、生命力にみなぎって晴れ晴れとしていた。
遠くで母が犬の名前を呼べば、母をたずねてダッシュしていった。あたりにだれもいない山で犬の名前を呼ぶ声と駆ける足音が木々の中でこだました。「農家の子やなぁ」妹は眼差しを犬と母に向け、そう微笑んだ。
この連載が本『inubot回覧板』
(扶桑社刊)になりました。第1回〜12回までの連載に加え、書籍オリジナルのコラムや写真も多数掲載。ぜひご覧ください。
1991年和歌山生まれ。バンタンデザイン研究所大阪校フォトグラファー専攻卒業。「一枚皮だからな、我々は。」で、塩竈フォトフェスティバル大賞を受賞。愛犬の写真を投稿するアカウント@inu_10kg
を運営
。ESSEonlineでは、飼い主で写真家の北田瑞絵さんが、「犬」と家族の日々をつづっていきます。
第31回は、久しぶりに帰省した妹と犬のお話です。
相変わらず犬と妹の空気感はきょうだいみたいだ、もちろん犬がお兄さんやよ
いつだって妹を迎えにいく犬は歓びがこぼれてしまいそうな顔をする。こんなにも帰りを待ち焦がれてもらっているなんて果報者め。
駅まで妹を迎えに行こうとしてボアジャケットを羽織り車の鍵と財布が入ったポシェットを肩にかけた。するとそれまで寝床で微睡んでいたはずの犬がいつの間に立ち上がってこちらをじっと見ていた。私の行動を把握ずみである、犬だって妹を迎えに行きたいのだ。
「でも今寝ようとしてたやん、寝とき」
と声をかけるも、眠気をまとった足取りでぽてぽてと寄ってきた。「行くん?」尋ねれば返事のようにまばたきを。
ほな行こか
コロナ禍の帰省ですったもんだしたが久しぶりに妹が和歌山に帰って来た。一月まるまる家にいて畑仕事や家事を手伝ってくれて、母も全回復ではないので皆が助かった。犬からしたら、普段は2、3日たつと不在となる妹が、朝起きても起きても「犬ちゃんおはよう」と居るので、不思議だけど嬉しくてたまらないようだった。相変わらず犬と妹の空気感はきょうだいみたいだ、もちろん犬がお兄さんやよ。
ある昼下がり、私が昨年の自粛期間に買ったトランポリンで、庭で遊んだ。トランポリンから降りた妹が地べたに座ると大きく息を吐いた。「はーあぁ、お日さんの下でさ、HIPHOP流しながらトランポリンして、犬がいてくれて、もうなんもいらんやんって思えてくる」と憑き物が取れたような顔で笑った。たしかに陽と音楽と犬がいれば…。
私には妹にどうしても見せないといけないことがあった。
一昨年の夏に、イノシシが畑を荒らしてミカンを食べてしまうので父と母が畑の周囲を防護柵で囲った。おかげで一昨年、昨年の冬とミカンは収穫できた。
そして昨秋、柵に囲われた畑から外に出ていくことはできないからと父が「自然のドッグラン」と称して犬を放したのだ。そのあと犬を捕まえられるのか懸念を抱いたが、なんの問題もなく帰宅を察するとリードを容易に繋がせた。
2020/秋
どうしても見せたいなんて言うわりに畑に行ったのは、帰省からしばらくたった頃だった。山地にある畑に着くと、冬の空気が一段と澄んでいた。
畑の内側からしっかり柵を閉めて、妹の手により犬のリードが解かれた。犬は行ってもええの? という顔を見せるとすぐさま気持ちを昂らせブォン! とアクセル全開で走り出した。もうあんなにも遠くまで。
畑は斜面のようになっていて妹が頂上に向かって走り出せば、どこからともなく犬がやってきて飛び跳ねながら並走しはじめた。
畑の中には出荷できなかったミカンが落ちていて、犬がその一つをくわえて持ってきた。受け取った妹が坂道の上に向かって投げたら取りに行き、くわえてまた戻ってきた。
そして遊び上手な犬である、ただミカンを取りに行くのではなく坂の上からミカンを転がして追いかけるという楽しみを見出した。
速いスピードで転がっていくミカンを追いかけては、草むらでミカンが止まったらくわえて妹に持っていって、投げて追いかけて転がしての繰り返し。
時たまミカンを追い抜くと慌てて急停止したり、一回転して時間をつくったり、犬はミカンを追いかけたいのであって追い越したいのではなさそうだ。畑のなかを縦横無尽に行き交う犬とミカンの追いかけっこ、頭の中では運動会のおなじみ「天国と地獄」が流れていた。
ハッハッと舌を出して肩で息をしている犬は、生命力にみなぎって晴れ晴れとしていた。
遠くで母が犬の名前を呼べば、母をたずねてダッシュしていった。あたりにだれもいない山で犬の名前を呼ぶ声と駆ける足音が木々の中でこだました。「農家の子やなぁ」妹は眼差しを犬と母に向け、そう微笑んだ。
この連載が本『inubot回覧板』
(扶桑社刊)になりました。第1回〜12回までの連載に加え、書籍オリジナルのコラムや写真も多数掲載。ぜひご覧ください。
【写真・文/北田瑞絵】
1991年和歌山生まれ。バンタンデザイン研究所大阪校フォトグラファー専攻卒業。「一枚皮だからな、我々は。」で、塩竈フォトフェスティバル大賞を受賞。愛犬の写真を投稿するアカウント@inu_10kg
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