斎藤佑樹もいよいよ選手生命の危機。崖っぷちの″ハンカチ世代″たち
プロ入り10年で15勝26敗、昨季は1軍登板なしに終わった日本ハムの斎藤。右肘のケガは重いが、それを乗り越えて活躍できるか
2020年の野球界で主役級の活躍を見せた選手といえば、パ・リーグMVPに輝いた柳田悠岐(ソフトバンク)や沢村賞を受賞した大野雄大(中日)らの名前が挙がる。
さらにアメリカにも目を向けると、MLBでは前田健太(ツインズ)がサイ・ヤング賞の最終候補に残り、田中将大(ヤンキースからFA)は変わらず安定した投球を披露した。
この4名はすべて1988年度生まれの同学年である。スター選手を数多く生み出したこの年代は、長らく"ハンカチ世代"と総称されてきた。
冠である「ハンカチ」とは、06年夏の甲子園で伝説的な快投を見せた斎藤佑樹(日本ハム)を指す。早稲田実のエースとしてチームを日本一に導いた斎藤は、甲子園のマウンド上で青いハンカチで汗を拭い、その姿が女性ファンの心をつかんで国民的人気を獲得した。
早稲田大に進学し、ドラフト1位で日本ハムに入団後も常に注目を浴び続けてきた斎藤だが、近年はその高い期待に応えているとは言い難い。
特に昨季は右肘痛に苦しみ、プロ入り後初めて1軍での登板がなかった。オフには右肘の故障が靱帯(じんたい)断裂という重い症状だったことを明かし、翌シーズンも契約した球団は痛烈な批判にさらされた。
なぜ日本ハムは手負いの斎藤と契約を結んだのか。考えられる要因のひとつは、右肘を故障する前の斎藤が、近年で最も力のあるボールを投げていたことだ。
大学時代、斎藤は球速アップを求めた時期があり、それ以来左膝が突っ張る上体主導のフォームになっていた。その結果、右肩に強い負担がかかり、故障の原因になった。プロ入り2年目の12年に右肩を痛めて以降、自分の体が思うように動かなくなったもどかしさを本人が語っていたこともある。
それでも、近年は高校時代の下半身主導のフォームを取り戻すべく、フォームや肉体の改造に取り組んできた。19年はその成果が表れ始め、低めに球威のあるストレートが集まるようになっていた。プロの一線級としては依然として物足りないボールではあるものの、光が見えたことは確かだった。
また、これまでスター街道を歩んできた斎藤の"神通力"に球団編成陣が望みをつないだともいえるだろう。「あの斎藤がこのまま終わるはずがない」。それは、あの夏の甲子園で斎藤の投球に魅了された多くの野球ファンの願いであり、祈りでもある。
斎藤は右肘を手術することなく、PRP療法という保存療法で早期回復する道を選んだ。復活の気配が見えなければ、今度こそ選手生命が絶たれることは間違いない。勝負の11年目が始まろうとしている。
最後の勝負をかけるハンカチ世代は斎藤だけではない。昨年、日本ハムから西武に移籍した左腕・吉川光夫もそのひとりである。
12年には14勝5敗、防御率1.71という圧巻の成績でパ・リーグMVPにも輝いた実績の持ち主だ。プロ14年間で通算55勝をマークしているが、過去2年間は未勝利に終わっている。
ブルペンでの投球練習を見ていると、「なぜこの投手が1軍で戦力になれないのか?」と不思議に思えてくる。今でもボールには球威があり、スピードの衰えも感じられない。惜しいと思わせるボールを投げているからこそ、日本ハム、巨人、日本ハム、西武と、延べ4球団を渡り歩いて現役生活を続けられるのだろう。
移籍先の西武は左腕の人材難に悩まされているため、チャンスはあるはず。15年目の再ブレイクに期待したい。
大嶺祐太(ロッテ)も後がないハンカチ世代の投手だ。高校時代は八重山商工のエースとして甲子園で活躍。ある球団のスカウトは、離島である石垣島に年間100日以上も滞在して密着マークしたほどの逸材だった。
だが、プロ入り後は高い潜在能力に見合った働きは見せられておらず、キャリアハイは15年に挙げた8勝。通算成績は28勝34敗にとどまり、19年には右肘のトミー・ジョン手術を受け、一時は育成選手に降格している。
それでも昨季は支配下登録に戻って最速150キロを計測するなど、復活の気配は漂っている。勝負の年に33歳の大器晩成を果たせるか、見守りたい。
野手で正念場を迎えるハンカチ世代は、堂上直倫(中日)である。愛工大名電では高校通算55本塁打を放ったスラッガー。06年のドラフト会議では田中、大嶺と共に高校生の目玉に挙がり、中日、巨人、阪神の3球団から1位指名を受けた。
なお、巨人は堂上のクジを外した後、坂本勇人を1位指名している。14年を経た現在、通算2003安打を放ち球界を代表するスターになった坂本に対し、堂上は通算421安打。16年に遊撃のレギュラーをつかんだかに見えたが、その座を京田陽太に明け渡した今はもっぱら守備固めでの起用が目立つ。
19年には12本塁打を放つなど、パンチ力のある打撃も光るだけに、「守備の人」ではあまりに寂しい。若手には根尾 昂、石川昂弥と将来を嘱望される内野手が育ってきており、堂上には存在感を示す働きが求められる。
30代を迎え、野球人生の曲がり角へと差しかかってきたハンカチ世代の選手たち。ベテランと呼ばれる年代に入ったとはいえ、老け込むにはまだ早い。21年の新シーズンでは、働き盛りにふさわしいパフォーマンスを見せてくれることを期待したい。
取材・文/菊地高弘 写真/アフロ