双子でトップ選手である兄の設楽啓太さん(左)と弟の悠太さん(右)。悠太さんはマラソン元日本記録保持者(写真:共同通信)

全国高校駅伝、箱根駅伝、ニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)、都道府県対抗駅伝――駅伝シーズンになると、しばしば「双子ランナー」が話題にのぼる。元祖双子ランナーといえば、1980年代に瀬古利彦氏とともにマラソンで活躍した名ランナー、宗茂・猛兄弟(現在、猛氏は旭化成陸上部総監督、茂氏は同顧問)が真っ先に浮かぶ。

このほか、実業団トップ選手として活躍した松宮隆行(現・愛知製鋼プレイングコーチ)・祐行(現・セキノ興産プレイングコーチ)兄弟、2000年代にトラック競技やマラソンで活躍した大南博美(現・ダイシンプラント監督)・敬美(同コーチ)姉妹、現在も競技の一線で活躍する設楽啓太(日立物流)・悠太(ホンダ)兄弟、村山謙太・紘太(ともに旭化成)など、陸上長距離界には多くの双子がいる。

2021年1月1日、前橋市の群馬県庁前を発着点に行われるニューイヤー駅伝でも、設楽兄弟、村山兄弟、市田孝・宏兄弟(ともに旭化成)らの活躍が期待される。

20年全国高校駅伝には3組の双子姉妹が出場

2020年12月20日に京都市で行われた全国高校駅伝では、世羅(広島)の男女同時優勝とともに、同校女子で快走した加藤美咲・小雪姉妹が双子であることが話題になった。

実は同大会だけでも、女子では加藤姉妹含め3組の双子が都大路を走っている(エントリーは4組)。全国高校駅伝の女子の出場選手は235名。年度にもよるだろうが、通常の双子の割合は100人に1組(2人)と言われるので、やはり陸上長距離には力のある双子が多いといってよさそうだ。

生徒の募集要項に「双生児枠」を設け、双子の研究を続けていることで知られる、東京大学教育学部付属中等教育学校。その卒業生で、自身もかつて双子として同校に在籍し、関東大会に出場するなど活躍したランナーであった平澤日和さんが、在校時の卒業研究で集めた統計がある。

そこでは毎年12月に行われる全国高校駅伝や、長距離種目の全国ランキング100傑における双子ランナーは、通常の双子の割合(100人に1組程度)より明らかに高い比率だったという。

陸上長距離のトップレベルの選手には、なぜ双子が多いのか。

「遺伝」「いちばんのライバルがつねに身近にいることで、切磋琢磨できる」「孤独になりがちな長距離種目で、つらいときに支え合える」「ほかの競技よりお金がかからず、2人そろって競技に取り組みやすい」など、考えられる説はいろいろある。まずは科学的な根拠を探ってみたい。

行動遺伝学や教育心理学が専門で、双子の研究を20年以上行っている慶應義塾大学文学部の安藤寿康教授は、一卵性双生児の場合に関して、興味深いデータがあると教えてくれた。

アメリカのクロード・ブシャール博士が行った、双子の運動能力についての研究によると、スポーツ時、一卵性双生児の最大酸素摂取量の遺伝的規定性(遺伝によって規定されること)が50%近いというデータが出ている。「一卵性の双子が、とくに長距離に関して、成績が類似している選手が多いという説明はできると思う」(安藤教授)。

特定の競技での影響はエビデンス的に説明しにくい

ただし成績が類似するということであって、それがトップレベルの高いパフォーマンスなのかどうかは別問題だ。

安藤教授は環境的な要因の可能性も指摘する。「とくに同一の遺伝子を持つ一卵性の双子の場合、同じ競技、同一の経験をすることでお互いを理解しやすく、支え合えるというのはそうだと思う」。

そのうえで、「特定の競技でそういった影響が有意に出るかというのはエビデンス的には説明しにくい」と指摘する。

一方、東京大学教育学部附属中等教育学校の淺川俊彦副校長は、スポーツ種目における遺伝子の影響について、同校で集めた双子の運動能力の測定結果のデータから、次のように話す。

「垂直飛び、50m走などの瞬発力を要するものについては遺伝的要素が大きく、逆に、持久走やシャトルランなどの種目では環境的な要因が大きいということが、ある程度明らかになっている」

また「ボールを投げる」などのスキル要素が多く含まれる動作では生まれやすい差が、「走る」動作では生まれにくいというデータもあるという。

ともに長距離種目に取り組んでいる場合、双子であることがトレーニングの質に好影響を及ぼすと淺川副校長はみている。

「いちばん苦しいところでの踏ん張りの積み重ねが、ランナーの成長には大きく作用する。最も身近なライバルでありサポーターでもある、相方の存在によって、気持ち的にめげそうになったときに、もうひと頑張り自分を追い込むことができる。スランプに陥ってつらいときも、双子の相方に気持ちを引っ張ってもらったり、精神的に支えてもらったりする要素は大きいのではないか」(淺川副校長)

「負けたくないという精神面の影響が大きい」

環境的な要因が大きいという意見は、当事者からも出ている。

「(相方に)負けたくないという精神面の影響がいちばん大きいと思う」と話すのは、現在旭化成陸上部のコーチを務める大西智也さんだ。東洋大在籍時にはエースとして箱根駅伝の初優勝に貢献、その後も旭化成で実業団ランナーとして活躍した。

大西さん自身は、一卵性の三つ子の弟として生まれ、兄の一輝さん(東洋大→カネボウ。2020年3月引退)と「大西兄弟」として話題を集めた。そんな自身の経験から、次のように話す。

「長距離はやはり環境的要因が大きいと思います。同じ年齢の同じサイズの人間が横にいることで、何をするにも競いやすい面はあると思う。とにかく(兄に)負けたくない気持ちは強かった。怪我やうまくいかないとき、もう一人が頑張っている姿を見ると、そこでも負けたくない思いが出るので、あまり気持ちが腐る、ということがなかった」

大西さんがコーチを務める旭化成は、宗猛さんが総監督(茂さんは顧問)、ニューイヤー駅伝でも主力として活躍が期待される、村山兄弟、市田兄弟の双子ランナーが在籍する。

村山兄弟、市田兄弟を見ていて感じる点について、大西さんは「自分の走りやコンディションを、客観的に、いちばん身近な人が見てくれるのは大きい。別の視点からの意見を聞きやすい利点はあると思う。あとは、双子だと『アイツができるなら、オレもそこまでいけるはずだ』と頑張れる部分もあると思う」

双子だったから、社会人まで陸上を続けられた」と話すのは、トラックの長距離種目とマラソンでともに日本代表を経験している大南姉妹の姉・博美さんだ。大南姉妹は一卵性の双子だが、性格や走りのタイプは異なるという。博美さんはトラック種目を得意とし、敬美さんはマラソンで強さを発揮した。博美さんは言う。

「いちばん近いライバルでもあるし、誰にも言えないことを相談できる相手でもある。私は足が痛いときなど、監督やコーチに相談しづらくて、我慢しちゃうタイプ。体調が悪くても、練習を休みたくなくて無理してやってしまうとき、敬美が『休んだほうがいい』と止めてくれることもあった。おかげで無理をしなくて済んだり、故障が長引かなくて済んだり……そういうことはたくさんありました」

敬美さんも「一緒に走れているときは、助け合ったり、声を掛け合える。どちらかが怪我や故障で走れないときも、もう一人が頑張っているのを見ると、自分も頑張ろうと思えた」。

姉妹は現在、ダイシンプラント陸上部の監督とコーチを務める。監督を務める博美さんが「敬美がいることで、練習内容や選手のことでも相談がしやすい」と言えば、敬美さんも「いろいろ相談しながら、こういうときはどうしたらいいか、とか2人で考えながらできるのはすごくいい」と話す。指導者になってもその絆は強い。

所属チームではランニングクラブ「Luxe(リュクス)」を運営するが、そこには小学生の双子の女の子も在籍しているそうだ。「2人で競って練習を頑張っている。今はいろいろな種目をやっているので、体力がついてきたら長距離も走らせてあげたい」(博美さん)。

遺伝と環境は複雑に絡み合う

前出の安藤教授は、長年の研究で得た知見について、次のように語る。

双子で条件を統一してデータを取ると、一般では見えないものがクリアに見えるかと思っていたが、やはり人間がやることというのは複雑で、体系的に説明できるものではない。

人間側が定義したどんな能力であれ、多かれ少なかれ、遺伝的な能力は表れてくるし、長距離に限らず、能力の個人差に遺伝子の影響力というのは、中程度に効いてきていると思う。遺伝と環境はどちらも大事なもので、切り離して考えることはできない。交互に複雑に絡み合いながら、人間の行動や心に影響を与えている」

最高潮を迎えている駅伝シーズン。双子に注目することで、遺伝子の神秘、人間の能力を形成する要因の奥深さを考えながら、観戦してみるのも面白いだろう。