「老いなき世界」を社会はどう迎え、ビジネスはどうシフトし、私たちはどう生きるべきか(写真:Fast&Slow/PIXTA)

人生100年時代とも言われるように、人類はかつてないほど長生きするようになった。しかし、私たちはよりよく生きるようになったと言えるだろうか? もしいくつになっても若い体や心のままで生きることが可能となったら、社会、ビジネス、あなたの人生はどう変わるのだろうか?

ハーバード大学医学大学院の教授で、老化研究の第一人者であるデビッド・A・シンクレア氏が、人類が「老いない身体」を手に入れる未来がすぐそこに迫っていることを示した、全米ベストセラー『LIFESPAN(ライフスパン):老いなき世界』。

2020年10月27日、SPBS TORANOMON主催のオンライントークが開催された。ゲストは、キュレーション・ニュースメディア「LOBSTERR」を運営する、佐々木康裕、宮本裕人、岡橋惇の3氏。「老いなき世界」を生きる私たちのこれからの働き方について語り尽くした。

人生120年時代は楽しみか?

佐々木康裕(以下、佐々木):『ライフスパン』を読んで、人生観が変わるほどの刺激を受けました。


人生120年時代、それも健康寿命が120歳まで延びる時代になる。僕はいま30代後半ですが、プラス80年となると2100年、22世紀まで生きるという話ですよね。人類の進化を考えるとワクワクします。

体の一部をサイボーグ化する、地球以外の場所に定住する、その他いろんなことができるようになると思うと、過去の資産を食いつぶすのではなく、これからも資産を積み上げていかなければということも思いました。

宮本裕人(以下、宮本):僕は、佐々木さんとは逆で、怖くなりました。

多くの人が120歳まで生きられる世界になったとき、いまの世の中の悪いところも1.5倍ぐらいに拡大されるのではないかと感じたんです。

宮本:人間が地球に与えるダメージも大きくなるでしょうし、「ブルシット・ジョブ」と呼ばれる意味のない仕事を「まだ何十年もやらなければならないのか」と感じる人も増え、格差もさらに広がってしまうのではないかと。120歳まで生きられる社会になると同時に、「120歳まで生きたくなる社会」を作らなければならないように思いました。

岡橋惇(以下、岡橋):僕も、楽しみに感じる一方で、宮本さんのように数々の問題が出てくるのではないかとも感じました。この本から連想したのは2016年に大ベストセラーになった『ライフシフト』です。


佐々木康裕(ささき やすひろ)/LOBSTERRメンバー、ビジネスデザイナー 。クリエーティブとビジネスを越境するビジネスデザイナー。デザイン思考のみならず、認知心理学や、システム思考を組み合わせた領域横断的なアプローチを展開。デザインリサーチから、プロダクト・事業コンセプト立案、未来シナリオ作成等を得意とする。Takramでは、家電、自動車、通信、食品、医療、素材など幅広い業界でコンサルティングプロジェクトを手がける。大手家電メーカーのデザインアドバイザリー、ベンチャーキャピタルMiraiseの投資家メンターも務める(写真:筆者提供)

2007年生まれの人の50%以上が107歳まで生きる時代になっているということが書かれた衝撃的な本でしたが、『ライフスパン』は、それについて医学的な観点からさらに事細かに示されていて、改めて自分自身のことや社会の未来のことを長期的な視点で考えさせられました。

佐々木:これまでの一般的な生き方は、大学で4〜6年間学び、その資産を使って職に就き、同じ仕事を30〜40年間続けるというものでしたよね。しかし、健康寿命が長くなれば、最初に学んだことが無意味化する可能性が高くなります。今後は働きながら学び、学びながら働くというグラデーションを繰り返しながら人生を続けることになるでしょう。

僕自身、大学で1つのことを学んでキャリアを始めて、そして、1度学び直してから、いまの仕事に就いていますが、120歳までとなると、これからまだ5〜6サイクルは追加で学び直す必要があるのかなと想像しました。

岡橋:そこを「あと5〜6回も、また学習しなければならない」と考えるとつらくなりますが、長い人生だからこそ得られる自由があると考えて楽しむこともできますね。

コロナ禍でも、最初はずっと家にいなければならないとストレスに感じていたけど、リモートワークが普通になると、新しいライフスタイルやワークスタイルも生まれました。

訪れる変化にどう対応するか

佐々木:能動的に自分のキャリアを変える場合と、世の中の大災厄によって強制的に変えなければならなくなる場合とがありますね。今回は新型コロナですが、今後は気候変動の影響も受けるでしょう。毎年のように山火事や干ばつが起きて、もう住めなくなると言われている地域も世界にはあります。

佐々木:人生が長くなれば、自分が考えていたことを変えざるをえない事態に直面する回数も増える。10回以上ジョブチェンジするということも、珍しくなくなるのではないでしょうか。いまある仕事の半分は、あと数十年でなくなるとも言われていますし、僕たちのやっている「ニュースレターを配信する」という仕事もなくなるかもしれないし……。


宮本裕人(みやもと ゆうと)/LOBSTERRメンバー、フリーランス編集者。早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズムコース修了後、『WIRED』日本版エディターを経て2017年に独立(写真:橋本裕貴)

岡橋:でも、いま僕たちがやっている仕事も、そもそも10年前にはなかったものですよ。

佐々木:そうですね。 iPhoneも2007年までは存在しなかったし、アプリ開発者という職業もなかった。それが今や数千万の仕事を生み出している。仕事がなくなる以上のスピードで、仕事が生み出されてもいるわけですよね。

宮本:一方で、ずっと変わらず続いていく仕事もあっていいと僕は思います。僕の住む町には駅前に古いせんべい屋があるのですが、お店のおばあちゃんに聞くと、この町で70年、それ以前に別の場所にあった時代も入れると100年以上続いているのだそうです。駅周辺が再開発されても、そのせんべい屋だけは変わらずに残っている。そしてそれが、町のアイデンティティーの1つになっているようにも見えるんです。

佐々木:「これから長生きするものは、いままで長生きしてきたものである」という余命のパラドックスを思い出しました。せんべい屋は長く続いてきた職業だからこれからも続く。しかし、アプリケーションデベロッパーのような新しい職業は短命かもしれません。個別の商品にも言えそうですね。コンビニにはたくさんの商品があるけれど、「かっぱえびせん」のようにずっとなくならない商品もある。

人生をスローダウンする

岡橋:変化は激しく、回転は速くなるけど、変わらないものもその中にはあるということですね。そうなると、職業は変わるけど、自分が何をすればいいのか悩むという問題は変わらないのかもしれません。寿命が長くなる分、生き急がないようにする必要もあるかもしれない。

佐々木:アメリカではサバティカル休暇を取る人が多いですよね。10年間働いて、1年間休んで充電するというような。ライフスパン時代には、日本にもそんな文化ができて、スローダウンできるのではないかな。

宮本:僕は『ライフスパン』を読んで、成人式は20歳ではなく、30歳でもいいんじゃないかと思ったんです(笑)。社会に出る前に、大学やインターン、ギャップイヤーのための期間が10年ぐらいあってもいいんじゃないかと。だから、そういったスローダウンできる働き方はすばらしいと思うのですが、同時にそれは、誰にでもできる生き方ではないとも感じてしまいます。


岡橋惇(おかはし あつし)/LOBSTERRメンバー、ストラテジックデザイナー 。ロンドン大学(UCL)在学中にグローバルメディア企業でキャリアをスタート。卒業後、ブランドコンサルティング会社にて、ロンドン、香港、東京を拠点に幅広い業種のクライアントプロジェクトを担当。2016年9月に日本に帰国後、外資系コンサルティングファームに移り、ビジネスコンサルティングにクリエーティブやストーリーテリングを取り込んだプロジェクトを展開。 2019年からBCG Digital Venturesにて新規事業創出プロジェクトに従事。大学院大学至善館の特任助教授も務める(写真:石野千尋)

宮本:人生の中で「仕事をする期間」と「スキルアップや休暇のための期間」を繰り返すような生き方を、一部のエリート層のためのものにするのではなく、それが誰にでもできるような社会側のセーフティーネットも必要になるのではないでしょうか。

もしかしたらそれは、ユニバーサル・ベーシックインカムかもしれないし、あるいは脱成長コミュニズムのような考え方かもしれません。

佐々木:宮本さんの感覚はとても大事なポイントですね。例えば、アメリカは保険制度が整っていないこともあって、実は、平均寿命が縮まっている。制度からこぼれ落ちる低所得者層が出ているんですよね。

僕は楽観主義者で、人類にとって選択肢が増えるのはとにかくいいことだと考えるし、先端科学にブレーキをかけるのはよくないとも思いますが、やはりそういったことへの目配せは必要ですね。

岡橋:生き方、働き方のバリエーションが増えると、自分がやりたいことをやっている人と、そうでない人との分断が進み、格差につながるということは大いにありえますからね。『ライフスパン』もそこに言及しています。

身体的な健康のことはこの本でよく語られていますが、メンタルヘルス/イルネスも世界的な問題になっています。未来に希望を持てる人はいいけれど、そうでない人へのネガティブな影響もよく考えなければなりません。

高齢者が新しいカルチャーを生む時代

佐々木:社会にインパクトを与えるものに、消費の変化があります。いまは、例えば40代ぐらいまでに買った家に、ずっと住み続けるというのが一般的で、60〜70代になると「攻めの消費」はなくなりますよね。

でも、消費というものは、自分の未来の所得が増えるだろうという期待に応じて増えるものですから、余命が長くなることによって、60〜70代の消費が変化するでしょう。僕は若い世代だけでなく、高齢者が面白いお金の使い方をするようになると、世の中が豊かになるだろうなと思います。80代どうしの結婚式とか、マッチングアプリというようなマーケットも考えられますよね。

岡橋:それは面白いですね。新しいカルチャーは若い人から生まれるというのが定説だけど、高齢者から生まれたカルチャーが、下の世代に波及するということも起きるかもしれません。

宮本:Z世代は「物心ついたときにスマホがあった最初の世代」とよく言われますが、今後は「寿命が延びて100歳まで働けるようになった最初の世代」も登場する。その人たちが新しいカルチャーの担い手になるという可能性もありますね。

未来を自分ゴト化する

岡橋:消費に消極的になったり、何かを諦めたりするのは、「あと10年しかないし」というような感覚からかもしれません。年金でこのぐらいの生活をしていればいいやと。でもそれは、未来を「自分ゴト化」できないということでもあります。この未来を自分が創るんだ、自分がアクションすることで未来がこう変わるんだと思えるようになると行動も変わるでしょう。

佐々木:そうですね。そろそろ折り返し地点だなとか、もう終活かなというような感覚がなくなって、皆が生き抜くことに積極的な状態になれば、それが「もう少し働こうか」といった意欲にもつながるかもしれません。

そして、やはり学習し続けることですね。自分の経験や学んできたことが相対的に価値を失う時代ですから、積極的に学び直す。その学びの先生は年上だったり年下だったりということが今後は起きるでしょうし、その機会をどう生かすかが重要になるでしょう。

宮本:日本地図を作った伊能忠敬は、もともと酒屋さんで、50歳のときに地図を作りたいと考えて天文学を学び始めたそうです。しかも、そのときに弟子入りした天文学者は19歳年下。数年間勉強して、56歳で日本全国を旅して測量を始め、72歳で測量を終えています。

伊能忠敬はまるでライフスパン時代の生き方を先取りしているみたいで、すごくかっこいい。年をとっても新しいことにチャレンジし、年下に弟子入りできるような大人になりたいです。

岡橋:弟子入り先の人も、よく受け入れましたよね。世代が違い、異なる価値観を持つ人が混在する世界で、新たなことを学ぶためには、まず何かに真摯に向き合う、誰かとわかり合う、そのためには傾聴し、リスペクトする姿勢が重要だろうとも思いますね。

宮本:僕はSFが好きで、よく未来のことを想像するヒントを得たりしますが、『ライフスパン』から連想したのは、浅野いにおさんの漫画『TEMPEST』です。

少子高齢化が進んだ近未来の日本で、人々は85歳になると強制的に高齢者特区に入れられるというディストピアを描いた作品ですが、この世界では、90歳になると難しいテストを受けて社会に戻るか、その前に自死を選ぶかという選択を突き付けられます。『TEMPEST』で描かれるのは「生産性こそが人間の価値である」という世界観ですが、これを反面教師と捉えて、そうではない世界を作っていかなければならないと思いました。

『ライフスパン』は刺激的で面白かったのと同時に、著者であるデビッド・A・シンクレアさんの論調からは、高齢になっても仕事を変えて、イノベーティブでクリエーティブであり続けなければならないという、若干のプレッシャーも感じてしまいます。それよりも僕は、ただいるだけで許される、社会が受け入れてくれるという未来のほうを見てみたい。

佐々木:わかります。例えばアメリカは、2019年にインフレ調整ベースで過去最大の所得水準になりましたが、数十年前の調査と比較すると幸福度は下がり続けています。「老いなき世界で、転職10回、留学10回を経験。でも、120年間あまり幸せではなかった」という世界では、ディストピアですよね。

長寿社会の「生」と「死」

岡橋:僕は、長寿社会にこそ、死についても考えを深めたいですね。もっと建設的に話せるといいのですが、死はタブー化されていて、皆あまり話したがりません。でも、死に対して前向きに話すことや、自分自身が死をコントロールできると考えられるようになると、幸福度が上がるという研究もあります。死だけでなく、自分自身についてコントロールできるという気概で生きられるといいなと思います。

佐々木:科学的に寿命を延ばせるというだけでなく、自分の死に方や死ぬタイミングについても選択可能であるということは、いずれ議論になるかもしれませんね。

宮本:すでにスイスやオランダでは、尊厳死が認められていますからね。

岡橋:『ライフスパン』は、科学的な解説もされていますが、もっと人間的になる、人間らしく生きるというメッセージがこめられた1冊ですね。

宮本:老いなき世界は、「僕たちがどう生きていくべきか」を考えなければならない、そんな世界でもあるのだと思います。

(構成:泉美木蘭)