アメリカの学生たちはどうやって学費を負担しているのでしょうか(写真: Lipik/PIXTA)

子供に対する教育費の考え方は、各国で大きく異なります。『スタンフォード式 お金と人材が集まる仕事術』を上梓したスタンフォード大学医学部精神科教授の西野精治氏は、アメリカでは、高等教育の学費は子供自身も支払っていると言います。本書を一部抜粋・再構成して背景事情を紐解きます。

アメリカの教育費について言えば、親の負担は日本以上かもしれませんが、高等教育に関しては子供も負担するというのが私の印象です。アメリカは高校までが義務教育なので授業料は無料です。

スタンフォード周辺には「私立に行く必要がない」と人々が話すほど良質な公立学校もあるので、越境入学をして来る人も少なくありません。大学の授業料も、州立大学であれば大体2万5000ドルと抑えられています。

しかし、私立大学の場合はそうもいかず、スタンフォード大学の学費は年間およそ5万ドル。学部生のおよそ90%は構内で寮生活をしていますが、寮費、食費、教科書代などで年に最低1万5000ドルかかります。学費だけでもかなりの高額なのです。

大学は自力で行くという考え方

「それじゃあ日本の親と同様に、教育費はすごい負担じゃないか」と思うかもしれませんが、「大学からは自力で行くもの」と考えるのがアメリカです。親は将来の学費のことを考え、子供に高価な物を買って与える代わりに、子供が生まれた時から子供名義で貯金を始める家庭が多いです。

また、子供が返済を要する国の奨学金を借りた場合には、金利が年に6%と高いので、親が返済する場合もあります。そうした場合でも、子供が親にその金額を返済するケースがほとんどです。

裕福な家庭の出身であっても、「奨学金を獲得して自分で大学に行く」と考えるのが常識ですし、スタンフォードに合格できるレベルの学生であれば、返済不要の奨学金を得られることは珍しくありません。

アメリカには国や州、民間とさまざまな奨学金が用意されており、それを獲得する才覚があることも優秀な学生の条件のうちです。奨学金と言うとスポーツ特待生をイメージするかもしれません。すでに書いたように、確かにリオ五輪でアメリカが獲得した46個の金メダルのうち、14個はスタンフォードの学生らによるものです。

スポーツ選手で言うと、いちばんの有名人としてはゴルフのタイガー・ウッズとトム・ワトソン、ミッシェル・ウィー、テニスのジョン・マッケンローがいます。ほかにも、ベースボール、バスケットボール、アメリカンフットボールのメジャーリーガーも輩出しています。

しかし、奨学金は、音楽や数学など特殊な才能にも与えられています。また地域の高校生にも、アートや学業のフェローシップをスタンフォードが出しています。特にマイノリティ・ダイバーシティへの支援は盛んです。

スタンフォードは寄付金集めに力を入れ、奨学金や助成金に充当する財源をしっかりと確保しています。名門大学の学生は豊かな家庭の出身者が多い──これは日本もアメリカも同様ですが、それではお金持ちのお坊ちゃん、お嬢ちゃんの集まりになってしまいます。

多様性がなくなればいずれ学生の質、すなわち大学の質は落ちてしまい、イノベーションが生まれなくなれば大学としての地位は保てません。つまり、優秀な学生を集めることは、大学にとって未来への投資なのです。

親の学費負担の免除も

この投資を続けてきたからこそ、スタンフォードは32人のノーベル賞受賞者と4人のピューリッツァ賞受賞者、そしてヒューレット・パッカード、サン・マイクロシステムズ、グーグル、ヤフーなどの創始者を輩出できているのです。

多くの学生に学びの機会を与える──そんな考えもあったのでしょう。スタンフォードは2019年度の学部入学生から、「年収12万5000ドル以下の家庭であれば親の学費負担を免除する」と決定しました。

ただし、「親の学費負担」というのがポイントで、学生自身は年間5000ドルを自分で負担するよう奨励されています。大学はこれに関して「借金は望ましくない」としており、多くの学生は自分の力で民間や国の奨学金を別途獲得したり、あるいは長い夏休みに働いて稼ぐのです。

稼ぐ方法には時給のアルバイトから学生起業まで幅広くありますが、学生であっても特許をとったりプログラミング技術で大きく稼いだりすることは十分に可能です。結果として77%の学生は、借金なしで卒業しています。

シリコンバレー周辺に住む若者が全てスタンフォードに進むことなどあり得ません。寮生活が当然のアメリカですから、あえて東海岸のハーバードに行く人もいればMIT(マサチューセッツ工科大学)に進む人もいます。

もっと学費が安い州立大学に進むケースもありますし、前述した通り、金融やコンサルティング会社などで稼いでから大学に戻るケースもあります。いずれにせよ「自分の学費は自分で稼ぐ」という感覚に変わりはありません。

いっぽう日本は、OECD(経済協力開発機構)加盟の34カ国中で、大学授業料が有料かつ公的奨学金がない唯一の国です。大学授業料の高騰や家計の逼迫によって50%を超える大学生が奨学金を利用していますが、利用者の多い日本学生支援機構(JASSO)だと、要返済で利子付きと無利子のタイプに分かれます。

正しい個人主義を身につける必要


日本では「子供の学費は親が出すもの」という考え方が根強くあるので、親が返済することもあるでしょう。しかし返済のためのアルバイトが忙しくて授業に出られない学生、就職後も借金に追われる若い人が社会問題になっています。

これは社会問題で私の専門ではありませんが、ずっと「何もかもやってあげる」という過保護な姿勢で育ててきて、大学生になったら突然「お金のことは自分でやって」と放り出したら、子供が失敗するのは目に見えています。それなら幼い頃からお金の教育をすると同時に、自分に対して責任を持つ、「正しい個人主義」を身につけさせたほうがよほど子供のためになるのではないでしょうか。