「飲み会の幹事は絶対やりたくない」若手社員がそう断言する本当の理由
※本稿は、渡部卓『あなたの職場の繊細くんと残念な上司』(青春新書インテリジェンス)の一部を再編集したものです。
■若者が怖がるのは失敗の評価
いまの若い世代は、飲み会や合宿の幹事を嫌がります。
ある学生に幹事を任せたいと思って、私が水を向けても、たいてい「勘弁してください」「嫌です」とハッキリ言います。
私は、学生が自らゼミ合宿で箱根や軽井沢など旅館に宿泊するプログラムを作ったり、温泉やレクリエーション施設を探したりする経験が勉強になると思っています。
しかし、彼らの答えはだいたい同じです。
「もし私が幹事を任されても、参加者全員を満足させられる自信がない」と返してきます。それでも再度、「失敗してもいいから。キミたちの好きなようにやってごらん」と促しても、翻意して承諾してくれることはまずありません。
よくよく理由を尋ねてみると、とにかく参加者の反応を恐れています。情報化社会なので、もっといい宿泊場所があった、もっといいルートがあった、なんてダメ出しをされるかもしれない。失敗の評価を、仲間から下されることが嫌なのです。
■幹事役が苦しい理由はSNSやネットの発展
それはあながち杞憂とも言い切れません。実例として、こんな話を知人から聞きました。知人の会社が新人合宿をある温泉でやったそうです。その際、1人の男性社員が率先して幹事になって取り仕切りました。参加した社員たちは着いた瞬間に「えっ、こんなとこに泊まるのか」と感じる旅館だったそうです。サービスも風呂も料理も満足のいくレベルではなかったというのです。
しかし、1人として幹事に直接、文句を言う人はいなかったそうです。ただ、SNSにはこっそり「ありえない」「クーポンを使えばいいのに」などと不満を書き込んだ社員がいたというのです。
旅館や飲食店は、簡単にネット比較できるため、選択での失敗も見えやすい。ただ、実際には、同価格帯ならほかの旅館も似たり寄ったりだったはずです。ネットの広告ではよく見えても、実際には行ってみないとわからないもの。そのため、幹事が参加者全員を100%満足させるのは最初から無理だということは誰だってわかります。
そうなるとリーダーや幹事は貧乏くじを引くことも多く、それが直感的にわかるいまの若い人たちが及び腰になる気持ちもわからなくはないのです。
■大切なのは出世よりも現状
会社の場合、転勤に関しては、ハッキリNOと言う人がいます。
かつて海外転勤なども管理職への登竜門でした。しかも、転勤先は欧米などが多く、そこで何年か過ごして帰国すれば、出世コースが待っているのが慣例でした。
でも、いまは「海外勤務は考えさせてください」と結構な割合の若手が答えます。最終的に断るケースも少なくないようです。赴任先も欧米は少なくなって、衛生事情が良くない赴任地が増えていますし、共働きがほとんどの時代では配偶者も大きな決断を迫られます。子育てや高齢の親の介護を抱えている人にとっても簡単に首を縦に振れない話でしょう。
■仕事重視の上司と生活重視の若手
かつては、海外勤務するためにはTOEICで750点以上などの厳しい規定がありました。断る人が増えたいまでは、そんな高いハードルを設けている余裕はありません。会社によっては基準を半分近くまで下げたり、あるいは英語力不問を掲げる大企業もあります。
転勤を打診して断られた中高年の上司にしてみれば「あいつは部長候補だから箔をつけてやろうと思っていたのに、どういうつもりだ」と憤慨してしまう。でも、いまや部長候補になることが、彼らが考えているキャリアパスとは限りません。
■海外転勤でうつを患い途中帰国するケースも
出世に興味がないビジネスパーソンからすれば、勝手のわからない海外生活にリスクと不安を抱えるのも無理のない話です。
ですから、私は一概に若手社員の海外勤務離れを非難する気にはなりません。実際、英語力があって現地でコミュニケーションが取れるマネージャー候補の優秀な若手でも、耐切れずに途中帰国する人が少なからずいるようです。
10年近く前になりますが、中国への赴任後にうつやアルコール依存になるケースが増え、企業の人事部からその実態や対策の調査を依頼されて、私も中国やインドに出張したことが何度かありました。話題の武漢でもJETRO(日本貿易振興機構)の依頼でうつ予防に関して講演会の講師をしたこともあります。現在はひどくイメージが悪化した武漢ですが、私の印象としては近代都市、学園都市で、緑と湖沼の美しい町並みが多く、好印象があります。仕事で視察した武漢市にある湖北省の衛生対策設備も近代的でした。ただ、これからは喜んで武漢に赴任していく人はいないかもしれません。
■MBAホルダーもワークライフバランスを重視
海外勤務どころか、昇進自体を嫌がる若手社員もいまではふつうにいます。官公庁でさえ、優秀な若い職員たちが昇任試験を受けなくなっているようです。彼らは課長、部長、局長になっても報われないと感じているのかもしれません。
いまや出世しなくても、結婚して夫婦で(あるいは結婚せずとも生活のパートナーと)共働きすれば、生活にそれほど不自由はしません。むしろ、海外転勤したり、管理職になったらワークライフバランスがおかしくなるかもしれないのです
ハーバード大学のMBAホルダーたちがキャリアマネジメントの中で一番重要視しているのは、いまやワークライフバランスです。そしてそれは日本のかつての管理職たちの意識の外にあった価値観のはずです。YES、NOを言いたがらない若い彼らが口にするNOには、相応の重みがあるように思います。
■飲み会は「どう位置付けていいのかわからない時間」
酒好きが多い中年管理職の世代は、最近の若手社員はお酒を飲まない、かりに飲みに行っても一次会でさっさと帰ってしまうとよく不満をこぼします。
かつてなら新人は最後まで付き合うのが当たり前のことと受け止められていました。私もご多分にもれず、若いビジネスパーソン時代は一次会で帰った記憶がありません。でも、いまや会社の二次会、三次会まで疑問なくついてくる若手社員は、アルコール依存の予備軍でもなければ少数派のはずです。
多くの若手にとって、職場での飲み会は自分の中でどう位置付けたらいいかわからない時間のようです。仕事の延長でもないし、プライベートでもない、中途半端な場と時間だからです。
しかも、アルコールによって言動もアンバランスになり、ふだんとは違うコミュニケーションを取らなければなりません。ただでさえ苦手な縦の人間関係の中で、彼らにとって居心地の悪い場に感じるのも無理はないでしょう。
■飲み会の溝はプライバシーの意識から
中高年の管理職世代にとっては、仕事のときとは違うコミュニケーションが取れることを期待して飲み会、社内コンパを開いてきました。職場ではできない話題を気兼ねなく話せる場として活用してきたのです。企業によっては社内コンパをトップも重視しており、会社経費でかなりの金額を充当しているケースもあります。
社内コンパでは「キミのお父さんは何をしている人なの?」「農家です」「へえ、何を作ってるの?」と仕事とは関係ない話題で盛り上がる。胸襟を開くとはよく言ったもので、それによってお互いをより深く知り、関係性も深められました。
ところが、聞く側に悪意はなかったとしても、家族関係の質問は、いまの若い世代はプライバシーに踏み込まれていると警戒します。企業も学校も、彼らのプライバシーを詮索するなと言われる時代です。
そうなると、食事会でも飲み会でも、話す話題は限られてしまいます。その結果、仕事の延長のような会話をするなら、若手にとっては苦痛以外の何ものでもありません。「飲み会に残業代は出ますか」という言葉が出るのも無理はないのです。
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渡部 卓(わたなべ・たかし)
産業カウンセラー
認定ビジネス・コーチ、帝京平成大学現代ライフ学部教授、武漢理工大学客員教授。1979年早稲田大学政経学部卒業後、モービル石油に入社。その後、米コーネル大学で人事組織論を学び、米ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院でMBAを取得。90年日本ペプシコ入社後、AOL、シスコシステムズ、ネットエイジを経て、2003年ライフバランスマネジメント社を設立。14年4月帝京平成大学現代ライフ学部教授に就任、現在に至る。
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(産業カウンセラー 渡部 卓)