いじめで人を殺し無罪に…『許された子どもたち』内藤監督が描く正義のバッシングの危うさ
もし、いじめで人を殺した子供が無罪になってしまったら。『ライチ☆光クラブ』『ミスミソウ』などの内藤瑛亮監督が、そんな疑念を基に、構想8年を経て完成させた衝撃作『許された子どもたち』が本日6月1日に公開を迎えた。人を殺した子供に、社会は、大人たちはどう向き合うのか。本作に込めた思いを監督が語った。
同級生をいじめの末に殺し、少年審判で無罪に相当する不処分となった少年・絆星(きら・演:上村侑)を通じて、少年犯罪や大人たちの在り方を問いかける本作。「山形マット死事件」「川崎市中一殺害事件」など、実際の死亡事件に着想を得た内藤監督が、8年をかけて完成させた渾身の一作だ。
メジャーでも活躍する内藤監督だが、今回は自主制作に踏み切らざるをえなかった。「実際に企画を持ち込んでも、もっとエンターテインメント寄りにしてほしいとか、アイドルや有名な俳優さんをキャスティングするならできるかも……という反応で。この作品に関しては無名の俳優たちが出ることが重要だし、20歳以上の俳優ではなく、実年齢に近い中高生が演じるからこその生々しさも必要。それが実現できなければ、撮りたくなかったので、自主制作に踏切らざるを得なかった」。
そうして、所属や演技経験の有無を問わず集まった子供たちと、専門家のサポートを受けながら、撮影前にワークショップを実施。そこで浮き彫りになったのは、善悪の境目なく”ノリ”でスカレートしてしまう、いじめの怖さだ。
「被害者役の子に抽象的な役名をつけて、名前にちなんだ罵倒するといういじめのロールプレイをやりました。アイスクリームという役名だったら『お前甘いんだよ』『とけるなよ』と罵倒していく。すると、より過激で面白いことを言った人が注目される部分が浮き彫りになった。誰かが『お前、うんこみたいな形だな』というフレーズを言ったら、みんな笑って盛り上がる。でも、後で冷静に振り返っていくと、他人を傷つけることを楽しんでいた……と気づかされるんです」。
絆星が同級生を殺害する場面も、衝撃を受ける一方で、グループ内のノリが加速した結果の事故にも見える。「やっている最中は、気づかずにエスカレートしてしまう。加害者側が楽しさのあまり盛り上がってしまう部分は、作品にも取り入れたところですね。絆星のグループ内にもわかりやすいいじめはなくて、小柄な仲間を小突くレベルのやり取りしかしません。おそらく彼らは、友達関係の延長のノリでやっているのだけど、ノリであるが故に、暴力が加速すると個人には止められなくなる」
さらに本作は、インターネット上における加害者・被害者へのバッシングも描く。自宅を特定されて逃げ惑う絆星の家族と、被害者家族との距離は遠くなるばかりだ。内藤監督は「加害者家族を演じた皆さんが、常にバッシングを受けていると、被害者のことを思い出さなくなってしまうと言うんです。身を守ろうという思いが強くなって、罪に向き合うことに意識がいかないと。こうしたバッシングが、逆に加害者を贖罪から遠ざけてしまうこともあるのではないかと感じました。バッシングにより、ある種の満足感を得られるかもしれないけど、被害者やその家族の救済にならないばかりか、加害者をより凶悪なモンスターに育ててしまうのではないかと思うんです」と語る。
そして「正義によるバッシング行為って、非常に気持ちがいいというか。中毒性がある。楽しくていじめが過激化するのと似ていますよね」と警鐘を鳴らす内藤監督。「SNSでも、今は白黒はっきりした極論がバズる傾向にあります。しかし、どんな問題も冷静に見つめると、グレーな部分が見えてくる。この企画も、マット死事件で一部の少年が不処分になったこと、賠償金を踏み倒している家庭も多いということに、許せないという思いがあって始めました。でも、いろいろな文献を読んでいくと、単純な問題じゃないなという思いに行き当たった。それって非常にもやもやして気持ち良いものではないけど、無視するのではなく、個人としてしっかり自分でブレーキを踏んで、問題を見つめていかなきゃいけない」
「処罰感情というものは誰にでもあります。僕も、この企画へのモチベーションは、加害者側がもっと罰せられるべきだという『怒り』だった。でも、『怒り』は真実を見る眼を曇りらせる危険な面があって、冷静に怒ることが大切です。処罰をエンターテインメントとして消費してしまう行為は、間違っているなと感じています」
それゆえに、本作が導く答えは決してハッピーエンドではない。しかし、現在の社会においては、これ以上の結論はないのでは……と複雑な思いが胸に去来する。「結末はすごく悩みました。スタッフと話し合うなかで、絆星が社会から排除されただけで終わってしまうのはとても安易だなと。いじめ死亡事件の加害者の中には結婚して子供を持っている方もいます。罪を犯した者が罪と向き合うことを捨て、普通に暮らしていく。そういう方が怖いなと思ったんですよね」。
出世作となった『先生を流産させる会』(2012)から、いじめ問題を描き続けてきた内藤監督。その集大成ともいえる本作は、大きな自信にもつながったという。「どうしても作りたかった作品を、8年を掛けてでも完成させたことで自信につながりました。思い続ければ、実現できるんだと。これまで止まっていた企画も、今やりたいと思えるものは、もう一度始動してみようかなと思っています。そういう意味でも、これからの作品の取り組み方に影響する一作になりましたね」。
緊急事態宣言の発令によって、映画館が全国規模で休業を強いられたことで、公開も危ぶまれた本作。苦境にあえぐミニシアターは、内藤監督にとっても大切な場所。それだけに、再開への思いは強かった。「僕も映画館に今ずっと行けていないので、劇場で映画を観るということがいかに特別な体験で、素晴らしいことなのかを身に染みて感じています。それに、ミニシアターがあるからこそ、ある程度エッジが利いたものが作れてきたという環境もある。この作品もスクリーンで観てもらえるようにと願っています」(編集部・入倉功一)
映画『許された子どもたち』はユーロスペースにて公開中 全国順次公開