「エール」32話 すばらしき歌声 「謎の男」から「プリンス」にクレジットが変わっていく山崎育三郎
第7週「夢の新婚生活」32回〈5月12日 (火) 放送 脚本・清水友佳子 演出・橋爪紳一朗〉
「妄想か」
月3500円という高給は印税の前借りであることを改めて知って困ってしまう裕一。鉛筆削りの手もおろそかになり指を切ってしまう。音(二階堂ふみ)に相談すると、レコードが売れればいいとケロッとしたもの。契約書には返済しろとはどこにも書いてないと強気。
その話を聞いた木枯(野田洋次郎)は「なんかでき過ぎてんな。話つくってない?」「妄想か」とツッコむ。おお、こういう反応を待っていた! こういうのを入れてくれないと、モヤモヤが溜まっていくばかりなのである。
余計なお世話だが、音のためにも、彼女の猛烈妻っぷりを相対化するキャラを作るべきだと思う。かの「まれ」は評判が芳しくなかったものの「世の中なめすぎ」と主人公をツッコむキャラをちゃんと作ったことでかろうじて体面を保っていたのだから。
ちなみに「五平餅」は「半分、青い。」に登場した岐阜のソウルフード的なもの。
「才能って言葉、大嫌い」
木枯は裕一のライバルキャラ設定なので、裕一と違って、貧しく西洋音楽など知らず、彼の音楽の基礎は母親が鼻歌で歌っていた民謡であると語られる。音を相対化するキャラは、東京帝国音楽学校で同じクラスになった、最年少で帝国コンクール金賞をとった夏目千鶴子(小南満佑子)かもしれない。
なにかとがさつな音と比べて、上品で知的で実力もありそうな女性である。
授業中、ふいに現れて女子生徒たちの視線をかっさらった音楽学校の「プリンス」(山崎育三郎)と授業の内容になっているドン・ジョバンニから「お手をどうぞ」をデュエットしたときのすばらしき歌唱力たるや。記念公演の「椿姫」のプリマドンナはきっと千鶴子だと目されている。音は素直にその歌のすばらしさに拍手していた。
音は千鶴子と仲良くしようとするが、「ここにいる人たちはみんなライバルでしょう」と友達ごっこはしない主義ときっぱり。それに比べて音はソプラノの筒井潔子(清水葉月)とアルトの今村和子(金澤美穂)とさっさとつるんでいる。
「抜きん出ている人」と褒める音に千鶴子は素っ気ない。
「才能って言葉、大嫌い。努力もしないで誰かを羨むだけの人って私には理解できない」
音の感情が、千鶴子の才能への素直な賞賛よりも「私にも千鶴子さんくらい才能があったらな」という羨みのほうが勝っていることに千鶴子は気づいているのである。
本来、芸能の世界は、才能はもちろん必要なのだが、ポテンシャルに甘んじている人より、努力の積み重ねが大事であることを知っている人だけが残っていける世界。5月8日の「あさイチ」に唐沢寿明が出たとき語った「数やるしかないですよね」「努力するしかないですよね、最後は」「やらなきゃやらないだけの結果しかでないですから」も、そういう意味だと思う。
プリンス登場
「花のワルツ」をBGMにして突然現れたプリンス(3年生)とは、音が公園でアドバイスもらった「謎の男」だった。「頭脳明晰 眉目秀麗 神が与えた美しい声」と言われる学校のスターゆえに、先生(高田聖子)を差し置いて特別授業をはじめても咎められることはない。むしろ歓迎ムード。部下が関係した女性をカタログに記していたほどの稀代の女たらしドン・ジョバンニを「人々を翻弄する愛のいう名の魔物」と解説するプリンス。彼もまたドン・ジョバンニのような男なのだろうか。
誰か私の相手を……とプリンスが言って、筒井と今村が音に「立候補したら?」とすすめる。もじもじする音。きっと公園で会っているから指名されるかも? と思ったのかもしれないが、プリンスが指名したのは千鶴子だった。
音の自意識過剰な表情を二階堂ふみが出来の良い子役みたいに鮮やかに演じるところもすばらしいが、ここで注目したいのは、千鶴子という圧倒的にできる人がいるにもかかわらず音に立候補したら? と言う筒井と今村の何も考えてない感じ。悪い人たちではないだろうが、最初から勝負を下りているゆるさ。たぶん音の歌も聞いてないだろう。そういう人たちとの関わりを無駄と考えている千鶴子とはっきり明暗が分かれる。
ところで名優・高田聖子演じる教師に役名がついてないのはなんなんだ。それでいいのか!「謎の男」「プリンス」とクレジットがどんどん変わる山崎育三郎のようにこれから名前が出てくる仕掛けなのか!
「最初の旦那」
朝ドラ名物・たまり場になりそうな喫茶バンブー。ライバルがいる人生は悪くないと音に影響を与える梶取恵(仲里依紗)が、自分は最初の結婚のとき、恋のライバルがいた話をし、夫の保(野間口徹)は「最初の」とぴくりとなる。再婚だったことをはじめて知ったらしいというさりげないところが面白かった。さりげないといえば、筒井と今村に自己紹介するとき「古山…音」と言う音が“古山”姓(人妻)であることを噛み締めてひとりにやけ、ふたりは彼女の気持ちをわからないからちょっと引くところは悪くない。
なんといっても32回は、山崎育三郎のキラキラ王子オーラと素敵な歌。千鶴子に花をもたせるかのようにやや控えめな感じも王子感出ていた。そう、王子って目立てばいいものではない。エスコート上手でないといけないのである。
(文/木俣冬、タイトルイラスト/おうか)
(これまでの木俣冬の朝ドラレビューはこちらから)
番組情報
連続テレビ小説「エール」◯NHK総合 月〜土 朝8時〜、再放送 午後0時45分〜
◯BSプレミアム 月〜土 あさ7時30分〜、再放送 午後11時〜
◯土曜は一週間の振り返り
原案:林宏司
脚本:清水友佳子 嶋田うれ葉 吉田照幸
演出:吉田照幸ほか
音楽:瀬川英二
キャスト: 窪田正孝 二階堂ふみ 唐沢寿明 菊池桃子 ほか
語り: 津田健次郎
主題歌:GReeeeN「星影のエール」
制作統括:土屋勝裕 尾崎裕和