東京都「ネットカフェ難民」のホテル提供を出し惜しみ、消えた3349人の行方
東京都のネットカフェ難民問題について4月17日にも報じた(新型コロナ福祉のダークサイド、ネットカフェ難民が追いやられた「本当の行き先」)が、その後も改善されるどころか、ますますひどいことになっているのでお伝えする。
【写真】ネットカフェ難民救済のため、東京都へ申し入れをする支援団体の人たち
「12億円を計上して支援します!」
東京都は緊急事態宣言を受けてネットカフェに営業停止を要請。それにより4000人ともいわれるネットカフェに寝泊まりする、いわゆるネットカフェ難民と呼ばれる人たちが行き場を失い、通称・無低と呼ばれる、雑居状態が多くて新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される無料低額宿泊所に追い込まれたりしたのは前回、書いたとおり。その後、支援団体らの強い訴えで厚生労働省が「個室の利用を促すこと」と「衛生管理体制が整った居所を案内する配慮」を各自治体に連絡したはずだったが……。
「ネットカフェから出された人に対する緊急宿泊支援提供ですが、4月25日までに計651人がビジネスホテルに入所できました」
そう教えてくれたのは、生活困窮者を支援する団体『つくろい東京ファンド』の代表を務める稲葉剛さん。一見、順調に進んでいるように聞こえるが、実際はそうじゃないんだそう。
「『東京チャレンジネット』を通じてビジネスホテルに入居できた人の割合を調べたところ、日を追うごとに支援につながる人の割合が下がっていることがわかったんです。おそらく電話やメール相談の段階で断られている人も多いと推測されます」(稲葉さん)
『東京チャレンジネット』とは、従来からある東京都が行う生活・居住、就労を支援するサポート事業だ。そのホームページには「住まいを失い、インターネットカフェやマンガ喫茶などで寝泊まりしながら就労している方々をサポートする生活支援の相談窓口です」とあるのだが、今回、この窓口へ必死の思いで連絡をしたネットカフェ難民たちが次々に排除されてしまっているんだという。
「私たちいくつかの支援団体は、『緊急事態宣言が発令されれば、ネットカフェ生活者の多くが路上生活へと追いやられるだろう』と予想し、東京都に対してホテルの借り上げ等、緊急の支援策を要請していたんです。それで4月6日に小池知事が会見で、“ビジネスホテルの借り上げなど12億円を計上して支援します!”と発表したんですが、それきり。当事者に届くような広報は今に至るまで、一切、行われていません」(稲葉さん)【注:4月30日にやっとTwitterで告知した】
「やりますよ!」と掛け声だけは大きく、メディアも大々的にそれを発表し、世の中では「ああ、よかったねぇ」と思われているが、実際には支援に消極的で、窓口を当事者や支援者たちが探さなければならない。最初に言っていたことと違う。今のさまざまなコロナ対策で起こっていることと同じ流れだ。
「そこからもルールは二転三転。東京チャレンジネットでは都内在住6か月以上の人しか受け付けないとされていたので、それは抗議して撤廃させたんですね。そうしたら今度は、東京チャレンジネットはそもそもネットカフェを出された人向けの窓口じゃないと言い出したんですよ」(稲葉さん)
耳を疑う東京都の対応。正式な発表もせず、しかし実際にはそこが窓口になっていたのに、今度は違うと言いだす始末。
「私が先日、申請者に同行して東京チャレンジネットの窓口に行ったんですが」と、詳しく教えてくれたのは、前回もお話を伺った『つくろい東京ファンド』の小林美穂子さん。
「東京都がネットカフェから出された人たちのためにビジネスホテルを2000室用意する、その窓口が東京チャレンジネットなんじゃないですか? と尋ねたら、『違います』と明言されました。東京チャレンジネットを通じてビジネスホテルに入れる人は、3か月後に自立する見通しがつく人に限られると言うんです」
見通し? 今は誰もが3か月後の見通しなんてつかない。私も、おそらく、これを読んでるあなたも。ネットカフェを追い出されて安定した住まいがなく、多くは仕事も失った人たちが、これから3か月働いてお金を貯めて自立するって……。緊急事態宣言の解除だってまだ見えてない。人には会うな、移動はするな、ステイホームなのに? 一体どうやって?
しかもだ。小林さんが言うには、
「これまでの私たちの経験から、チャレンジネットが言う“見通し”は月収が16万円程度を想定しているようなんです。そのくらいないと、3か月でアパートを借りる初期費用は貯められない、と。しかし、ネットカフェ滞在者の平均月収は11万円ほどと聞いています。
なので、この“見通し”をかなえられる人は、ネットカフェ滞在者の中でもごくごく一部に限られています。しかも、その一部も今は仕事を失ってしまっているので」
というわけだから、どれだけの無茶ぶりだ? ということになる。
3密で2時間もの手続き
「今回、私が同行した申請者さんはこれまでネットカフェで寝泊まりしながらバイトをしてきましたが、掛け持ちしている仕事が5月から1つなくなって収入が半減するんです。『仕事がなくなって困るならと、ここを紹介されました。住むところも食べるのもままならないんで、コロナが安定するまでなんとか助けてほしいです』とお願いしても、にべもないです」(小林さん)
とにかく、東京チャレンジネットが部屋(一時住宅)を用意するまでは一旦、都が用意したビジネスホテルに滞在し、部屋が用意できたら速やかに移り、そこに3か月滞在する間にしっかり働くこと。もちろん自腹で生活費を払いつつ、礼金敷金や生活用品を購入する資金をガッチリ貯め、みごと家を借りるなどして自立していける見通しを、“希望”ではなく、具体的に立てられる人じゃないと都が用意したビジネスホテルには「入れない」の一点張りだという。
「申請者さんが『わたしのような人が断られたらどこに行けばいいんですか?』と途方に暮れて尋ねると、『コロナによって収入が減った人向けに社協(社会福祉協議会)で貸し付けをしていますから、そちらに行かれたらどうですか?』と言います」(小林さん)
たらいまわしをして、しかも借金をしろと言うのか?
「それは条件によっては減免されるものの、基本的には返さないといけないやつですよね? と私が答えました。申請者を連れてきたのは、その日に泊まるところがないので、小池知事が言っていたネットカフェ難民のために準備したビジネスホテルの窓口がここだと聞いて来たのにと言うと、『基本的には先週と先々週の土日だけ対応しただけで、毎回やってるわけではないんです』って答えられました」(小林さん)
土日の2回だけ? 形だけやりました感を出しただけ?
新型コロナによる緊急事態宣言も続き、収束はまだまだ見えない。それに伴いネットカフェを住まいにしていた人々の困窮はこれからも続いていくし、今後さらに仕事を失い、住まいも失っていく人が増えていくことは予測されるのに。それなのに「はい、もうおしまいですよ」とばかりに扉を閉じようとしてしまうのは、まったく理解ができない。
「そのときは3か月後の見通しがつきますと言わない限りが埒(らち)があかなかったので、プログラムにのることにしました。すると顔写真を撮られ、会員証が作成され、支出状況内訳書、職務経歴書、3か月分の貯金計画表、食費交通費の支出予定表など、そこから1時間45分に及び聞き取りと記入が行われました。今後、健康診断を受診したり、担当支援員による更なる聞き取りや、就労アドバイスなどが行われるとのことでした」
3密はダメと言われてるのに、2時間近くも聞き取りだなんて、そこで感染する危険も高まる。都民には人に会うな、集まるなと言っておきながら、言ってる都側がそんなことをネットカフェ難民や支援者たちに強いる現実。
だいたい職務経歴書なんて、作ったことがある人ならおわかりだろうが、そう簡単には作れない。もちろん、これからやる仕事に向けた大切なものでもある。だからこそ、それはビジネスホテルに入ってから、ゆっくり本人に作ってもらえばいいじゃないか。
「そうした間にも、事務所の電話に応対するスタッフの声が面談室にまで聞こえてきていて、『ネットカフェ』という単語が繰り返し何度も聞こえてきましたが、相談に来ているのは私たちだけでした。おそらく、厳しい条件に予約の段階で諦めてしまう人も多いのではないかと、推察しました」(小林さん)
《奪い合うと足りない、分け合うと余る》
しかし、とにかく今、感染を広げないために都が借り上げたビジネスホテルに泊まる方法はほかにないんですか?
「市や区の生活保護の窓口や、生活困窮者自立支援制度の窓口に行くことになりますが、自治体ごとに格差があります。きちんと対応するところではビジネスホテルに入れますが、例えば大田区や町田市であった例ですが、隣が神奈川県なので『あなたは神奈川から来たんでしょう?』と追い返したそうです。
また、ある区では区議の方が申請者に同行して行ってもビジネスホテルを提案しない。おかしいじゃないか?と区議の方が抗議すると、『うちの区に来れば個室に入れるからと、無料低額宿泊所から逃げてきた人が申請に来て困ったから、ビジネスホテルの件はすぐには出さないことにしている』と言ったそうです」(稲葉さん)
それじゃ、もう、どこに行けばいいんですか? ネットカフェにいた人たちはどうしたんでしょう?
「正直、4000人いたネットカフェの人たちの多くがどこに行ったのか、よくわからないんです。路上生活になったり、他県に移動した人もいるはずです」
小池都知事はこの実態を知っているんだろうか? せっかくビジネスホテルを借り上げたというのに、現場ではそれを出し惜しみして使わせない。小池知事は知っていて放置しているんだろうか?
「これじゃ福祉とは呼べないですよね。私はただただ、これまで頑張ってきたのに力尽きて頼ってきた人たちに『大変でしたね』のひと言も言えない福祉関係者が情けなくて悔しくて、涙が出ちゃうんです。まるで『勝手に困んなさいよ、知らないわよ』と、もう後がない人に言わんばかりで。
自分が相手にしているのが『命』だってこと、ひとりの『人間』だってことにこれだけ鈍感になれるのはすごいことです。おそろしいことです。当事者だけでなくて、横に座って聞いている私もダメージが大きすぎて、力を奪われます」(小林さん)
本当にそうだ。今、世界の医療従事者がひとりでも多くの命を救おうと、懸命に働いている。その命と、この命は同じ命だ。どうして命を、福祉の現場で、東京都はないがしろにするんだろうか。
命はかけがえのないもの。東京都は早急に是正してほしいし、厚生労働省もこの件を看過せず、しっかりとした指導をしてほしい。命に待ったはない。
こうしたことを書くと、すぐに「自己責任だ!」と言い出す人がいる。それは前回の記事に対してもあった。でも、実際に自己責任だとして一切の援助を止めたらどうなるのか想像してみてほしい。誰も失敗できなくて毎日を怯えて暮らし、信頼は損なわれ、憎しみ合い、奪い合い続け、社会は地獄になる。
誰かがツイッターで書いていた。《奪い合うと足りない、分け合うと余る》。私たちは分け合うべきだ。そうした気持ちで、助け合いながら生きていきたい。
ちなみに、『つくろい東京ファンド』はじめ、支援団体がコロナ災害から命と生活を守るための情報をまとめているサイト「新型コロナ災害緊急アクション」(https://corona-kinkyu-action.com/)がある。困っている人に教えてあげてほしい。
〈取材・文/和田靜香〉