有事にはおもに地上の敵戦力と対峙する陸上自衛隊ですが、実は海上の敵にも対応できる能力を保持しており、ルーツは冷戦時代にあります。「総火演」のプログラムにも見られますが、これは冷戦時代とは異なる情勢を反映してのものです。

真夏の恒例イベントでも対艦攻撃能力を誇示

 陸上自衛隊が対艦攻撃能力を保持し、また昨今その能力を内外にアピールしているのには、どのような背景があるのでしょうか。


2019年の「富士総合火力演習」にて展示された、陸上自衛隊の12式地対艦誘導弾(2019年8月22日、稲葉義泰撮影)。

 2019年8月25日(日)、「総火演」こと陸上自衛隊の「富士総合火力演習」が、静岡県御殿場市の東富士演習場で行われました。同演習は、陸上自衛隊の各装備品を実弾射撃も交えて紹介する前段演習と、シナリオに沿って進行する後段演習で構成されますが、実は最近の「総火演」では、特に後段演習の内容が非常にリアリティを感じさせるものに変化してきています。なかでも筆者(稲葉義泰:軍事ライター)が注目したのは、陸上自衛隊による「対艦攻撃能力の誇示」です。

 そもそも、戦車や装甲車を使って陸上での戦闘をおもな任務とする陸上自衛隊が、なぜ洋上の敵艦艇を攻撃するための地対艦ミサイルまで運用する必要があるのでしょうか。

 その答えは冷戦時代にまでさかのぼります。当時、日本はソ連軍の北海道上陸を警戒していました。そこで、陸上自衛隊は上陸部隊を満載した敵艦艇を洋上で撃破するべく、地対艦ミサイルの運用を開始したのです。

陸自が配備する地対艦ミサイルとは?

 2019年現在、陸上自衛隊では1988(昭和63)年から配備が開始された「88式地対艦誘導弾」と、この88式の後継として2012(平成24)年から配備が開始された「12式地対艦誘導弾」という、2種類の地対艦ミサイルを運用しています。

 88式地対艦誘導弾は、6発のミサイルを装填するトラック搭載式の発射装置と、洋上の目標を捜索する車載式レーダー、さらに指揮統制装置や射撃管制装置といった複数のシステムが組み合わさって構成されています。最大射程は約100kmとされていますが、この長大な射程を活かすために、88式地対艦誘導弾は海上自衛隊のP-3C哨戒機から、音声通信を介して遠方にいる目標の情報を受け取り、射撃することが可能です。


陸上自衛隊の88式地対艦誘導弾。発射筒が12式は角型なのに対しこちらは丸形(画像:陸上自衛隊)。

 現在、88式地対艦誘導弾は、北千歳駐屯地(北海道千歳市)の第1地対艦ミサイル連隊、美唄駐屯地(北海道美唄市)の第2地対艦ミサイル連隊、上富良野駐屯地(北海道上富良野町)の第3地対艦ミサイル連隊、八戸駐屯地(青森県八戸市)の第4地対艦ミサイル連隊にそれぞれ配備されています。

 一方で「12式地対艦誘導弾」は、発射装置やレーダーといったシステム構成こそ88式と変わりませんが、射程は150kmから200kmと延伸しているほか、海上自衛隊のP-1哨戒機と音声ではなくデータリンクを介して目標情報を受け取ることができます。加えて飛翔中のミサイルへもP-1などから得られる目標情報を継続して送信できるため、命中精度が向上しています。現在、12式地対艦誘導弾を配備する部隊は、教育部隊を除けば唯一、健軍駐屯地(熊本市)の第5地対艦ミサイル連隊だけです。

 最近になって、陸上自衛隊は冷戦時代から続いてきた北方重視の姿勢を転換し、南方重視、特に南西諸島を中心とする離島防衛を主軸とする体制を構築しています。その代表的な動きとして、2019年4月には奄美大島に新設された瀬戸内分屯地に、先述した第5地対艦ミサイル連隊隷下の、12式地対艦誘導弾を配備する第301地対艦ミサイル中隊が配備され、さらに2020年以降には宮古島と石垣島にも駐屯地を新設し、そこに12式地対艦ミサイルの部隊が相次いで配備される予定となっています。

実際どう撃破する? 「総火演」に見るその手順

 このように陸上自衛隊が南西諸島への地対艦ミサイル配備を進める背景には、近年、海洋進出を強める中国の存在があります。2019年現在、中国は国産空母やミサイル駆逐艦など戦闘艦艇を急ピッチで整備していて、もし台湾や南西諸島をめぐって有事が発生すれば、中国はこうした艦艇を東シナ海から太平洋側に進出させ、海上自衛隊やアメリカ海軍の艦艇による介入を阻止しようとすることが考えられます。そこで、中国海軍の艦艇による動向を抑え込むために、南西諸島に陸上自衛隊の地対艦ミサイルを配備し、東シナ海と太平洋の間に「見えない壁」を築こうとしているのです。

 実際のところ、陸上自衛隊の地対艦ミサイル部隊はどのように敵艦艇を撃退するのでしょうか、今回の「総火演」で展示された内容から、一連の流れが確認できます。

 まず、洋上を航行する敵艦艇を、海上自衛隊の哨戒機や護衛艦、航空自衛隊のE-767早期警戒管制機(AWACS)、陸上自衛隊の各種センサーにより捕捉します。これらの目標情報は、陸上自衛隊の「火力戦闘指揮統制システム(FCCS、フックス)」に集約整理され、そこから12式地対艦誘導弾に目標情報が送られます。これをもとに、12式が敵艦艇を攻撃し、撃破します。


アメリカ陸軍が運用する地対艦ミサイルNSM。2018年のリムパック演習にて(画像:アメリカ陸軍)。

 今回の「総火演」では、自衛隊のみによる対艦攻撃が実演されましたが、将来的に12式地対艦誘導弾は、アメリカ海軍の艦艇や航空機ともデータリンクにより連接される予定で、より広大な海域の目標情報を得られるようになります。また、現在アメリカ陸軍では、中国やロシアの海軍力強化を念頭にその歴史上、初めてとなる地対艦ミサイルを運用する部隊(マルチドメインタスクフォース。対艦、対空、電磁波、サイバーなど複数の領域にまたがって戦闘を行う部隊)の編成計画が進められていて、2018年の「環太平洋合同軍事演習(リムパック)」では、陸上自衛隊の12式地対艦誘導弾と、アメリカ陸軍が試験運用している地対艦ミサイル「NSM」が、沖合の標的艦を共同で攻撃する初めての訓練が実施されました。つまり、いざ有事となれば、陸上自衛隊に加えてアメリカ陸軍の地対艦ミサイル部隊も南西諸島などに展開し、共同で敵を攻撃することも想定されます。