今年3月、IFAB(国際サッカー評議会)から2019−20年のサッカー競技規則改正が通達された。JリーグではJ1が8月2日、J2は8月4日、J3は8月3日の試合から新ルールが適用されており、ルヴァンカップは9月4日から適用が始まる。


攻撃側の選手は、相手の壁にくっつくことができなくなった

 選手のプレーにとくに影響を与えると考えられるルール改正は、前回記事で紹介した「自陣ペナルティーエリア内のゴールキック」のほか、フリーキック時の壁に関するものがある。

 新ルールでは、フリーキック時の壁に対し、攻撃側のチームに次のような制限が付く。

“3人以上の守備側チームの選手が「壁」を作ったとき、すべての攻撃側チームの選手はボールがインプレーになるまで「壁」から1メートル以上(前後左右)、離れていなければならない。”

“フリーキックが行われるとき、攻撃側チームの選手が、「壁」から1メートル以上離れていない場合、守備側に間接フリーキックが与えられる。”

 この改正の背景について、JFA(日本サッカー協会)審判委員長の小川佳実氏は解説する。

「フリーキックの壁にはこれまでも無駄な争いがたくさんありました。バニシングスプレーが登場してから、前に飛び出すことは少なくなりましたが、攻撃側の選手が壁の位置取りを邪魔するなど、いざこざは今もあります。それは競技の精神、イメージ、魅力を損なうものです」

 GKの目線からボールを隠すため、あるいは壁を割ってコースを作るために、攻撃側と守備側で小競り合いが起きることは、重要度の高い試合ほど多く見られた。たとえば2018年のロシアワールドカップ、決勝トーナメント1回戦のコロンビア対イングランド。壁に入った選手が相手に頭突きを見舞い、一発退場ではないかと物議を醸したこともある。

 壁内のポジション争いは、得点にダイレクトにつながるため、お互いに一歩も引かずヒートアップしがち。このような醜い振る舞いを改善するため、そしてプレーイングタイムを確保するため、攻撃側の選手は壁から1メートル以上離れなければならないという、新ルールが誕生した。

 小川氏によれば、サッカーの魅力やイメージに着目したルール適用は、プレミアリーグでは以前から行なわれていたという。

「プレミアリーグのマーケットは約70%がアジアです。自国以外にも世界中で多くの人に見てもらう目的で、アンケートを取ったとき何が課題になったか。それは女性、とくにお母さんの”子どもに見せたくない”という回答でした。言い争いがたくさんあったり、審判に文句を言ったり、そういうことが多々見受けられる。だから”サッカーは子どもに見せたくない”。それはネガティブですよね。

 そこでプレミアリーグでは4〜5年前から、長い距離をダッシュして抗議に来る威圧的な行為、あるいは複数人での囲い込みといった行為に、何も言わずオートマティックに警告を出すとされました。罰金もあります。独自のルールを作ったわけです。それが良いかどうかはわからないですが、イメージを上げるために、こうした改正は昨今も行なわれてきたわけです」

 イメージと魅力の向上。攻撃側の選手が壁から1メートル以上離れなければならない、という新ルールも、この同軸にあるわけだ。

 一方、この改正により、戦術的にはどのような影響を受けるのか。浦和レッズの宇賀神友弥は、次のように捉えている。

「無駄な争いがなくなるのは良いことだと思います。結局1メートル離れていればいいので、(GKの目線から)ボールを隠したりする駆け引きはあると思うし。ただ、キッカーにとっては少し難しくなるのかなと。攻撃側はボールを隠す位置をどうするか。相当良いキッカーじゃないと、入らなくなるという気はします」

 壁を割られる心配がなく、GKは壁の間からボールを覗くことも容易になる。フリーキックのルール改正は、守備優位に傾くだろう。

 ただし、壁の機能が高まり、直接ゴールを決めるのが困難であれば、攻撃側はその壁を避けること、つまり”動かして蹴る”フリーキックが発達するかもしれない。この辺りの駆け引きは見ものだ。

 あとは宇賀神が言うように、1メートル離れつつ、どうやってGKからボールを隠すか。壁の前か、壁の後ろか。これはさまざまな方法が出てきそうだが、小川審判委員長は、レフェリーの目線から注意点を述べた。

「ヒザを地面に着いてボールを隠すチーム、ありますよね。あれって、非常に危険だと思いませんか? ふくらはぎとアキレス腱を相手に晒している。(クイックリスタートなどで)ボールがインプレーになった瞬間、守備側はボールにラッシュしていいんですよ。そこで仮に強く踏まれてしまうようなことがあれば深刻なダメージになるのに、そういうリスクをなぜ選手が取るのか、いつも不思議です。

 競技規則には書いていないですが、FIFAの大会では、そういう姿を見ないですよね? なぜかと言うと、(ヒザ立ちの選手が)相手の進路を妨げるとして、蹴った瞬間にピッと笛を拭き、守備側のフリーキックにすると事前にチームに伝えられており、試合中にもレフェリーが予め選手に伝えているからです。だからFIFAの大会では見られないんですよ。

 Jリーグでも見ますが、壁の下を抜かれないように、寝転ぶ選手がいますよね。あれも不思議に思うんです。危険な方法でプレーしているんじゃないか、と。アクシデントで踏まれたら結構なダメージになるのに、指導者の方がそれをやりなさいと言っているのなら、それは選手の安全を考えているんだろうか、と。

 そういう手段がワールドカップで見られないのは、事前にチームと審判サイドで確認されているからです。でも僕らは”競技規則に示されていないことについて「ダメ」”と、注意することができないんですよ。FIFAが集中的に開催する大会と、10カ月以上にわたる国内リーグでの運用に幾分かの違いがあるかもしれませんね」

 日本は高校サッカーを含めて、セットプレーの駆け引きは多く見られる。性善説というか、わざと相手の足を踏むような選手がいないからこそ、成り立つ面はあるかもしれない。しかし、そうした方法は、少なくとも国際的には通用せず、自身や味方を危険にさらすことであるのも、全カテゴリーの選手や監督は意識したほうがいい。

 そのうえで、どのようにGKの目線からボールを隠すか。もしくは、機能性の高まった壁をかわすサインプレーを発展させるか。あるいは、超級フリーキッカーがぐうの音も出ないボールを突き刺すか。

 一方、戦術的な試行錯誤が続けば、やはりルールの隙間を突く選手が出てくることは想像に難くない。

 たとえば、守備側の壁のほうから、攻撃側の選手の1メートル以内にわざと近づき、レフェリーに笛を吹かせる。そんな行為も出てくるのではないか。その疑問を小川審判委員長にぶつけたところ……。

「壁のほうから勝手に近づいたのなら、もちろん(攻撃側は)ノーファウルです。それはレフェリーが見なければいけない。

 フリーキック時、Jリーグのレフェリーはコミュニケーションシステムを使って連係を取っています。キッカーが蹴るタイミングに合わせて、第4審判や逆サイドの副審は “3・2・1・キック”とカウントを行ないます。そうすることで、主審はキッカーに焦点を合わせず、周囲の選手の様子を見ることができますから、その瞬間に反則があれば、ピッと笛が吹かれます。そういうインカムを使ったテクニックがあるんですよ。

 コーナーキックも同様ですね。たとえば守備側に相手を押し倒す行為があったとして、キッカーが蹴る以前なら、注意または状況によってはイエローカードを出してやり直し。キッカーが蹴った後ならPKなどになります。つまり、インプレーになるタイミングが重要なので、それを明らかにするためにインカムが使われていますね。だから、目を盗んで何かをしようとしても、それはレフェリーが見ていますよ。

 とはいえ、レフェリーは壁だけではなく、周囲の選手も見なければいけないので、壁の辺りは、間接視野で見ることになります。1メートルも厳密に計測するわけではないですし、レフェリーには動く前の残像もありますから、ルールの隙間を突いても、計算したとおりの笛にはならないかもしれません。

 そのリスクを取ってまで、やりますか? 攻撃側ならフリーキックの機会を捨てることになるし、守備側から仕掛ければ、壁が割れてしまいます。そのリスクを取ってもやるのか、ということです」

 たしかに、ルールの隙間を狙いすぎて、チャンスを捨てるのはもったいない。それよりも新たな戦術や技術で魅せてくれることを、ファンは望むだろう。フリーキックがどう変わっていくのか、楽しみだ。次回はPKに関する競技規則改正について見ていきたい。