ヴィッセル神戸の下部組織、アカデミー部部長の平野孝氏(左)と、FCバルセルナで長く育成を担ったアルベルト・ベナイジェス氏(編集部撮影)

ヴィッセル神戸がアジアナンバーワンクラブになるべく、推し進めている変革がある――。ボールを保持してゴールを目指す攻撃的なスタイルの実現、エンターテインメント性と快適さを追求した新スタジアム構想、そしてもう1つが育成メソッドの確立だ(第1部チーム改革編の記事『ヴィッセル神戸が目指す「アジアNo.1」への道』、第2部クラブ経営改革編の記事『スターだらけのJ1・神戸、クラブ経営改革の要諦』)。

トップチームのスタイルやビジョンが定まった今、クラブ全体のフィロソフィーをアカデミーにも浸透させ、これまで以上にトップチームで活躍できる選手を育てていこう、というわけだ。こうしたアカデミー改革を統括する立場にいるのが、アカデミー部部長の平野孝氏である。

2002年にヴィッセル神戸でプレーした平野氏は、東京ヴェルディ時代のチームメイトである三浦淳寛スポーツダイレクターに請われ、2018年1月にクラブに入った。

スタイルの転換は下部組織でも同じ

「昨年からヴィッセルで仕事をさせてもらうようになり、4月にアカデミー部部長に就任しました。クラブは昨年、アジアナンバーワンのクラブになるという目標を掲げ、トップチームはボールを保持してゴールを目指す、攻撃的なスタイルへの転換を図りました。


ヴィッセル神戸のアカデミーは8つの軸をもとに選手の育成を進めている(画像:ヴィッセル神戸アカデミーHPより)

それに伴い、アカデミーもトップチームと同じスタイルを志向し、トップチームが必要とするプロファイル(サッカー選手としての略歴)を持った選手を育てていこうと。アカデミーで育った選手が将来、当たり前のようにトップチームで活躍できるように取り組んでいるところです」

クラブの未来を担う極めて重要な任務に就くうえで大きかったのが、昨年2月に行われたFCバルセロナでの約1カ月の研修だった、と平野氏は言う。

バルセロナのトレーニングは公開されておらず、アカデミーの練習すら見学できないことで有名だ。しかし、ヴィッセル神戸の親会社である楽天がFCバルセロナのスポンサーを務めることから、平野氏は林健太郎氏(元トップチームアシスタントコーチ)とともに研修に参加することができた。


インタビューに応じたヴィッセル神戸のアカデミー部部長、平野孝氏(編集部撮影)

「1カ月ほどの研修でしたけど、驚きの連続でした。すべてが壮大で、アカデミーにしても、規模がすごく大きいんです。

それに、トレーニングや指導方法がものすごくロジカルで、感覚でやっていない。

サッカーに関するプレーの原理原則が各年代でしっかり整理されていて、カリキュラムも細分化されている。

年代が上がれば、トレーニングの数も増え、内容も深まっていく。それを各年代でクリアしていくと、最終的にトップチームで活躍できるような選手になる、という一貫した育成体制ができているんです。しかも、それが言語化され、体系化されていました。こうしたことは、ヴィッセルでも確立していきたいなと。

僕はすべてのカテゴリーを見せてもらったんですけど、どのカテゴリーにもいわゆるバルサの8番タイプがいて、10番タイプがいるんです。彼はアンドレス(・イニエスタ)だね、(リオネル・)メッシもいるねって」

アカデミーはプロサッカー選手を育てる場ではあるが、ただ技術を教えればいいというわけではない。一流のプロサッカー選手になるためには、人間形成も重要である。その点で、とりわけ刺激になったのが「マシア360」というプロジェクトだったという。

一人ひとりの選手を360度あらゆる面からサポート

「バルサにはマシアという寮があるんです。そこではサッカーを教えるだけじゃない。立派な大人に成長させるために、20人以上のスタッフが選手一人ひとりを360度、あらゆる方面からフォローしているんですね。それで『マシア360』と言うんです。

アカデミーは午前中に練習して、午後から授業を受けるんですけど、バルサが教師を何十人も雇っていて、マシアの中で授業が行われるんです。食堂もすごくきれいで、栄養管理もしっかりされていました。マシアの1階は多目的ルームになっていて、大きなテレビや卓球台、ビリヤード台があって、リラックスできる環境が整っている。

一方、夜11時になると、Wi-Fiが切れる。携帯依存にならないように、しっかり睡眠が取れるように考えられているんですね。メンタルケアのトレーナーもいるそうです」

むろん、文化や教育の違いもあって、すべてをまねできるわけではない。お金を投資したからといって、すべてを実現できるわけではない。だが、ヒントを得て日本風にアレンジしていくことは可能だろう。

「今、バルサから学んだものをどう取り込み、どうアレンジするか模索しながら、変革を進めているところですが、なかでもサッカーに関する部分で大きいのが、アルベルト(・ベナイジェス)とマルク(マルコス・ビベス)の存在です」

FCバルセロナで育成部門の統括責任者を長らく務めたベナイジェス氏は、アンドレス・イニエスタを見いだした人物である。一方、カタルーニャ・サッカー協会でテクニカルディレクターを務めていたビベス氏は、トップチームのアシスタントコーチも兼任している。

「アルベルトは総監督という立場でアカデミー全体を見ながら、実際に指導してくれたり、メソッドの修正を行ってくれています。一方、マルクはアカデミーのプレーモデル、原理原則、システム、サッカーの考え方、判断、技術、戦術の部分を一つひとつ体系化することに尽力してくれていて、コーチ研修も行ってくれています」

ここでベナイジェス氏に登場してもらおう。まず説明してくれたのは、テクニカルダイレクターという自身に課せられた役割だ。


総監督のアルベルト・ベナイジェス氏(編集部撮影)

「バルサのようなサッカースタイルをすべてのカテゴリーで行えるように、プレーモデルを構築すること。そして、構築したうえで、フィジカル的な要素をそこにどのように落とし込んでいくのかをレクチャーしています」

では、バルセロナのようなサッカースタイルとは、どのようなものなのか。

「全部話すと時間がかかりますが、簡単に言うと、クリエイティブなプレーを重視し、ピッチの幅と深さを生かし、ポジショニングをしっかり守りながら、ボールを前進させるサッカー。つまり、ポジショナルプレーをやっていくことがバルサスタイルです」

ポテンシャルを生かしきれていないという問題

昨年7月に現職に就いた際、ベナイジェス氏はヴィッセル神戸のアカデミーの選手たちの能力について、非常にポジティブな印象を持ったという。

「テクニック的な要素はすごく高いと思っています。さすがにメッシのような選手を見つけるのは難しいですが、クリエーティブという点ではすばらしい素質を持っている選手が多いと感じます」

一方で、問題も感じたという。そうした技術をいつ、なんのために、どこで使うのか、わかっていない選手が多いというのだ。その要因の1つに、トレーニングメニューがあるとベナイジェス氏は指摘する。

「戦術的な要素を落とし込んだトレーニングメニューが少ないと感じました。例えば、アップをしているときも、ボールを使わずにアップをして、トレーニングに入ることがあります。アップだって、フィジカルのトレーニングだって、ボールを使ってサッカーの要素を取り入れれば、戦術を学ぶことができるのです。そうしたトレーニングメニューのアドバイスや改善も、私の仕事になります」

FCバルセロナで1991年から22年間にわたってアカデミーで指導してきたベナイジェス氏にとって、育成で最も重視していることは、「勝つことよりも育てること」という哲学だという。


トップチームから12歳以下、さらにスクールまで下部組織は年齢別に分かれている(画像:ヴィッセル神戸アカデミーHPより)

「例えば、U-12のカテゴリーで勝利したいなら、大柄なセンターバックと大柄なフォワードを獲得すれば勝てるでしょう。でも、身体能力だけに頼ったサッカーをしていたら、U-18の頃にいい選手になるかどうかわからない。

ボールをどのように運んでいくのか考える選手を育成することで、そのときは勝てなくても、将来はいい選手に育つと思います。こうした考えは、バルサでもヴィッセルでも変わりません」

再び、平野氏に今後の展望を聞いた。

「バルサからヒントを得て、どうやってヴィッセル神戸アカデミーのメソッドを確立させていくか。そのため、これまでアカデミー組織はコーチとスカウトグループの2つだったんですけど、昨年からメソッドグループ、エデュケーショングループ、オペレーショングループを作りました。今は指導者にもヴィッセルのメソッドを学んでもらっていて、ミーティングを頻繁に行い、指導方針をすり合わせています。


若手の育成拠点である「三木谷ハウス」(画像:ヴィッセル神戸アカデミーHPより)

マルクともよく話しているんですが、技術、サッカーインテリジェンス、フィジカル、メンタル、人間形成の部分も含め、バランスよく統合的に成長させていくことが大事。

ですから、2009年につくられた若手育成の拠点である『三木谷ハウス』のさらなる充実も含め、オフ・ザ・ピッチの整備にも取り組んでいかないといけないと思っています」

ヴィッセルらしいスタイルを構築するために

FCバルセロナから学び、そのメソッドからヒントを得ながら、オリジナリティを作り上げる――。それは、「バルサスタイル」ではなく、いわば「ヴィッセルズ・ウェイ」と言えるだろう。もっとも、育成の成果が目に見えて表れるまでには、トップチーム以上の時間がかかるはずだ。

ヴィッセルがアジアナンバーワンクラブになったとき、何人ものアカデミー出身者がピッチに立っている。そんな未来は、着実な歩みを積み重ねた先にしかやってこない。

第3部終わり(文中一部敬称略)