この新しいデジタル読書体験は、日本のユーザーの心を掴むだろうか?

東洋経済新報社は2月15日、「東洋経済Mailing Book(メーリングブック)」というメディアを新設した。これは名前が示すとおり、メールを主体とする、新しい体験を提供するメディアだ。第1弾となるコンテンツは「ファーウェイの真実 Inside the Black Box」。全6章構成で、1章ごとに3日おきにメールで配信される。値段は全6回配信+特別付録(中国の重要な政策文書「中国製造2025」をダイジェストしたPDF)で、980円(税込み)だ。

この「東洋経済Mailing Book」のメディアスタイルは、いまアメリカで注目を集める「ニュースレター」に近い。たとえば、パブリッシャーで世界最大のサブスクリプションサービスを築き上げたニューヨーク・タイムズ(The New York Times)においても、「ニュースレター」は「売上をもたらしている主力プロダクト」であり「非常に重要」だという(NYTのニュースレター登録者数は、2017年5月段階で1300万人に及ぶ)。

日本風に表現すると、「メールマガジン」となるニュースレター。しかし、メールマガジンはテキストベースで構成された「プロモーションツール」という印象が強いのに対して、パブリッシャーが配信するニュースレターはプロの編集者とデザイナーがhtmlベースで構成する「リッチな読み物」という印象が強い。

メール本来の特徴



「週刊誌と広告モデルのデジタルメディア以外に、コンテンツを届ける方法はないだろうか? と考えていた」と、東洋経済で編集局記者を務める杉本りうこ氏は、本プロジェクトを立ち上げた経緯を語る。「当初、メールで情報を届けるスタイルは、編集側の事前の想定にはなかった。だが、デジタルマーケティング部からのアドバイスを受けて、『メールで読む本』というまったく新しいスタイルになった」。

東洋経済では2018年からMA(マーケティングオートメーション)ツールを導入し、読者とのメールコミュニケーションを徐々に進めている。その結果、メールコミュニケーションは質の高い顧客獲得に繋がることが実証されてきたと、同社マーケティング局 デジタルマーケティング部の五味菜歩氏は語る。そこで、有料でデジタル記事を購読してもらう困難を思うと、メールをプロモーションとして活用するだけでなく、メール自体を商品にしたほうが効率が良いという判断に至ったのだという。

「一般的にメディアが配信するメールは、一方通行型となっている。しかし、メール本来の特徴を考えると、『マガジン』ではなく『レター』の側面をもっと打ち出すべきだ」と、五味氏は付け加える。「『レター』ならではの親近感を与えるアプローチなら、Webサイトとは異なる体験を提供可能だ。そのため『東洋経済Mailing Book』の各配信には、感想アンケートが付与されているだけでなく、パーソナライズされた挨拶テキストなども入れられている」。



「ファーウェイの真実 Inside the Black Box」の一部キャプチャー

「1冊の本を読む」体験



もちろん、「東洋経済Mailing Book」は、さまざまな海外のニュースレター事例を参考にしている。コンテンツの方向性としては、ディープで骨太な情報を提供している「インフォメーション(The Information)」。ボリュームと構成は、世界最大の政治リスク専門コンサルティング企業ユーラシア・グループ(Eurasia Group)の「シグナル(SIGNAL)」。メールがWebの付属ではなく、自立した媒体となっているという点で、スキム(the Skimm)やクォーツ(Quartz)も参考にしたという。

「ただ商品性という意味では、『1冊の本を読む』という読書体験を新しくすることに、私たちはこだわっている」と、五味氏は説明する。「その点では似た事例はあまりないと思う。海外メディアの事例も参考にしつつ、まだ試行錯誤の段階だ」。

創刊号の「ファーウェイの真実」は、約6万字とライトな新書に匹敵するボリュームとなった。また、4月ごろに予定している第2弾は、国民的人気のある人物の「激レアなインタビュー」を軸にした内容になるという。

「通常の情報サイトなら、どんなにペルソナを絞っても、その周辺の雑多な情報と一緒くたに扱われてしまう。すると、どうしても狙いがぼやけてしまい、訪問者がすべてのコンテンツを『自分ごと化』できない」と、五味氏は補足する。「『東洋経済Mailing Book』の場合、テーマごとにパッケージされるため、そうした課題も解消できる」。



プロモーションのために作成された動画

「撤退ラインはクリアしそう」



東洋経済の場合、プロモーションで大きな力となるのが、月間3000万UUを誇る巨大ビジネスサイト「東洋経済オンライン」だ。そのCookieデータを使って、GoogleやFacebook、Twitterに低予算で出稿して、地道に「東洋経済Mailing Book」の読者を増やしている。コアの読者ターゲットは、企業経営者や投資家、政策立案者(政治家・官僚)、学識者だ。

特にコンバージョン率が高いのは、「東洋経済オンライン」におけるファーウェイ関連記事の閲覧ユーザー。それに加えて、「投資」に関心が高い人々の反応もいいという。だが、もっとも効果が出ているのは、同誌の読者宛てメールにおける訴求だ。

「おかげさまで撤退ラインはクリアしそうだ」だと、五味氏は語る。「目標到達には、まだ『当確』出ていない。だが、そこまで行けるようにがんばりたい」。

Written by 長田真