「イニエスタも負けたら怒る」。神戸指揮官が見せたリアリストの一面
3月10日、J1リーグ第3節。ヴィッセル神戸はベガルタ仙台と敵地で戦い、1-3と勝利を飾っている。新加入の元スペイン代表FWダビド・ビジャは2試合連続得点。チームは着実に迫力を増しつつある。
「練習から”怖さ”を与えられるような選手が必要だ。まだまだおとなしい。トレーニングではガツガツしていなければいけない。絶対にボールを取り返してやろうと、相手に食いついても足りないほどだ」
試合中はほとんど動かないフアン・マヌエル・リージョ監督(ヴィッセル神戸)
神戸の指揮官フアン・マヌエル(ファンマ)・リージョはそう言って、プレー強度を上げてきた。
リージョは16歳から監督を続けているだけに、戦術家で攻撃志向が強く、口にする言葉も哲学的である。そのため、スペクタクル主義のロマンチストのように語られることが少なくない。しかし、その実像はもっと人間的で、戦いの本質を見ている。
「上の空でいるような選手には、目を光らせないといけない。挨拶のときから、足を踏んでみたり、小突いてみたり。寝ぼけたままでは、戦えないからだ」
戦闘者としての覇気が試される――。2年目のリージョ神戸は、そういう集団になろうとしている。
リージョにとって、日々のトレーニングにこそ、監督の一切合切がある。高い強度の練習において、ボールの置き方、タイミングのひとつひとつにこだわって、精度を下げない――。そうして積み上げたプレーがすべてだ。
「自分の夢は選手になることだった。だから、試合に出られる選手たちを羨ましく思うことがある。我慢できずに飛び出してしまうかもしれないので、コーチングエリアにはあまり立たないんだ」
リージョは悪戯っぽく言う。
しかし、本当のところは、トレーニングまでが監督の仕事で、「実際にプレーするのは選手」という割り切りがある。そのため、ベンチでの動きは他の監督と比べて極端に少ない。
交代策をあまりしないことでも有名である。ピッチで起こっていることにコミットすることに奥手で、「必ずしも交代で状況は好転しない。ベストの11人を送り出しているからね」という姿勢の指揮官だ。
風変わりな監督に映るかもしれない。しかし、何ごともプレーの質を上げ、勝利を得るためにある。
「(感情を)外に出さないので、あまりわからないかもしれないが、負けたあとのアンドレス(・イニエスタ)は怒っているよ。勝負に対する姿勢が大事だ」
リージョは、フットボーラーとしてあるべき作法について語る。
「私はどんな試合だって、勝利を目指している。勝利はいつだって、プレーを改善させるからね。ルヴァンカップ(3月6日の名古屋グランパス戦)だってそうだった。メンバーは変えたが、必勝で挑んでいる。正直、(名古屋に)最後に追いつかれた(結果は2-2)ことに我慢ならない。私はまず、自分に怒っている。チームとして、勝者のメンタリティを持つことが重要だ」
勝利の方策として、必要なポジショニングやコンビネーションがある。その強度、精度を鍛える――。リージョはそれに全力を尽くす。
その一方で、システムに執着はない。
今シーズン、神戸はアメリカ遠征で便宜上、3-4-3からスタートした。その後は4-3-3、4-2-3-1と試し、現状は4-2-1-3、あるいは2-4-1-3のような形が標準になりつつある。しかしフォーメーションは、あくまでスタートポジションに過ぎない。イニエスタが扇の要のように前後左右の選手と連係しつつ、ダビド・ビジャは前線を行きかう。変幻自在が特徴と言えるだろう。
リージョは、ポジションという枠に選手をはめない。
たとえば、サイドバックはサイドハーフのような位置を取って、プレーメイクにも参加する。コンビネーションを使って幅を取り、スペースを作り、崩しにかかる。そのため、左SBの初瀬亮からに右SBの西大伍へのパス、というのも禁じ手ではない。そうやって高い位置に人を集めることで数的優位を発生させ、たとえボールを奪われてもすぐに囲い込んで奪い返し、強烈なショートカウンターを食らわせるのだ。
開幕戦のセレッソ大阪戦は、敗れたものの、62%のボール支配率を誇り、15本のシュートを浴びせた。第2節のサガン鳥栖戦は1-0で勝利し、65%の支配率で、16本のシュートを放った。仙台戦も6割以上は支配し、17本のシュートを見舞っている。
「ボールありき」のコンセプトに、選手が居心地のよさを感じているのだろう。そこにはたしかな成長が見られる。それこそ、監督としてのメリットと言える。
「日本人選手の底上げを考えるべきだろう。私はその可能性を、日本人よりも信じている」
リージョはそう言って胸を張る。
「鳥栖戦だけでなく、セレッソ戦もタマ(三田啓貴)はよかった。高いスキルを持った選手で、主力になっていかなければならない。(古橋)亨梧も能力は高い。俊敏な選手だ。これからゴールも取れるはずだ」
1年後、三田、古橋などが日本代表に呼ばれていたら――。リージョは名将として、その名をJリーグに残しているはずだ。