なぜ社会人に学びが必要なのでしょうか(写真:Audtakorn/PIXTA)

技術革新が進む中で、「人生100年時代」を生き抜くために、私たちは一度身に付けたスキルや知識を進化させていくことが求められます。しかし、多忙を極めるビジネスパーソンにとって、「学び」の時間を生み出すことは容易ではありません。自ら学ぶ人は、どのような特徴があるのでしょうか。

企業内での人材育成に限界も

日本型雇用システムでは、これまで長期雇用を前提として、組織の視点に立った、組織にとって必要なマインドやスキル、知識を身に付けるための教育訓練が行われてきました。主として、「OJT (On the Job Training)」と「Off-JT (Off the Job Training)」です。

OJTは、日常の業務に就きながら行われる教育訓練ですが、業務を遂行していくうえでは必須といえるものです。Off-JTは、社内外で通常の仕事から離れて行われる研修などで、管理職研修やプレゼンテーション、語学スキルなど、さまざまな能力開発を目的としています。これらは企業から与えられるものであり、言い方を変えれば、会社主導でキャリア形成が図られてきた側面があります。


この連載の一覧はこちら

しかし、右肩上がりの経済成長は終焉を迎え、経営活動の見通しは不安定で流動化している現在、長期雇用を前提に企業が従業員のキャリア形成を担っていくという考え方は、もはや薄れつつあります。

近年は、「働き方改革」によって労働時間の短縮化が進む中で、OJTやOff-JTを受けた雇用者の割合は、過去3年連続して減少しているというデータもあります。

人材育成を企業のみに委ねるには、限界があります。今後の技術革新や職業生活の長期化を踏まえれば、私たち自身が年齢にとらわれずに自ら学び、主体的にキャリア形成を行っていく重要性は高まっていると言えるでしょう。

そこで注目されるのが「自己啓発」によって、自発的に職業能力を高めるための取り組みを行っている人たちです。時間的な余裕は自己学習の必要条件とも言えますが、学生時代を振り返ってみても、「時間があるから学ぶ」わけではないと思います。

リクルートワークス研究所「全国就業実態パネル調査2018」によれば、昨年1年間に、自分の意志で、仕事にかかわる知識や技術の向上のための取り組み(例えば、本を読む、詳しい人に話を聞く、自分で勉強をする、など)をした雇用者の割合は、33.1%という数字になったそうです。つまり7割弱の人が学ぶ習慣を持っていないということです。

また、学生時代からの学び習慣を持っていない人について、自己学習を行っている割合を調べたところ、雇用者全体の30%、約3人に1人という結果でした。

業種別にみると、「教育・学習支援」(49.4%)、「医療・福祉」(43.4%)、「金融・保険業」(37.9%)、「情報通信業」(35.6%)の4業種が突出しています。「教育・学習支援」が高いのはうなずけますが、残る3業種に共通する点は、技術や制度の変化が速いということ。さらには、資格制度が発達し、学びのステップが明確であるという共通性もあります。

どうやって学んでいるのか

職種別でみると、「専門・技術職」(45.6%)、管理職(41.2%)、営業職(38.6%)の職種で自己学習を行う割合が高くなっています。いずれも新しい知識や技術のアップデートが必要で、競争が激しく、複雑で多様な業務と言えます。

仕事の難易度が上がることで、その挑戦に向けて学ぶ意欲も高まるでしょうし、結果として評価につながれば、さらに成果を上げようとモチベーションを保ちながら自ら学び続けられるのかもしれません。

興味深いことに、自己学習をすることで、賃金に対してプラスの影響があるということも明らかになっています。自己学習を実施した場合は、そうでない場合と比べて、2.2%分だけ賃金が上昇する可能性があるというのです。例えば、年収500万円の人であれば、年収が11万円アップする可能性を示しています。

第一生命経済研究所「人生100年時代の働き方に関するアンケート調査」(2019年2月8日発表)によると、「学び直し」の経験者は、そうでない人に比べて、キャリアアップ志向があり、前向きに仕事をしている傾向がみられたそうです。

学び直しをする理由については、「現在の仕事を続けるために必要と思うから」(44.4%)、「長く働き続けるために必要と思うから」(32.4%)が上位を占めています。

他方、自分の職業生活に変化を求めて学び直しをするという側面もみることができます。現在の自分の仕事に悩みがある人の中には、転職に活路を見出し、自己の可能性を広げるために学び直したいと思う人が少なからずいるのでしょう。

では、どのような方法で、多忙なビジネスパーソンは学んでいるのでしょうか。同調査によると、「本などによる自学・自習」(49.6%)が圧倒的に多い結果となりました。

職業技能の専門書のほか、語学、コミュニケーションなどビジネススキル向上のための書籍は、多数発行されています。次に多いのが、「勤め先の人材育成のための制度・取組」です(30.6%)。

昨今は、会社が受けさせる研修以外に、自己啓発のために、自ら希望するセミナーなどへ参加するための休暇が取れたり、費用の補助を受けられたりするケースも見られます。これに「通信教育」が続き、「大学・大学院」といった教育機関に定期的に通っている(いた)と答えた人は、7.6%にとどまりました。

最近では、インターネットを活用したeラーニングやMOOC(「ムーク」Massive Open Online Coursesの略で「大規模公開オンライン講座」の意)など、時間や場所にとらわれず、個人の必要に応じて最先端の知識や技術を身に付けることが手軽にできるようになりました。

MOOCはアメリカを皮切りに世界中に広まっており、スタンフォード大学やハーバード大学など大学レベルの高等教育オンライン講義までもインターネット環境さえあれば無料で受けることができます。試験などの課題もあり、一定の水準に達すれば修了証がもらえたりする仕組みもあります。

国内でもJMOOC(日本オープンオンライン教育推進協議会)のもと、さまざまな配信プラットフォームが整備され、学び方の選択肢も広がりを見せています。今後こうしたEdTech(EducationとTechnologyの造語)は非常に有効な学び方として取り入れられていくでしょう。

政府もリカレント教育を後押し

政府も急速な経済・社会の変化に対応できる人材を育てるために、「リカレント教育」(社会人の学び直し)の拡充に向けて取り組んでいます。2019年度より、実践的な職業教育を行う新たな高等教育機関として、専門職大学なども創設され、にわかに注目されています。

経済的な支援としては、雇用保険の教育訓練給付制度もあります。これは中長期的なキャリア形成を支援するため、教育訓練受講に支払った費用の一部が支給されるものです。

企業においては、人材こそ貴重な経営資源であり、従業員の成長なくして会社の成長は見込めません。学ぶ意欲をかきたて、能力が発揮できる場を作り、自己学習に励む従業員を評価して報いる。個人にとっても成長実感が得られることは、プラスに働きます。

企業が一方的に押し付けるのではなく、学びの機会を提供しながら、個人のキャリア形成を支援することができればwin-winになれるのではないでしょうか。

どんなにプロフェッショナルなスキルを身に付けても、産業構造などの急激な変化により陳腐化してしまうことは避けて通れない時代です。学び続ける人たちが、変化への対応力を身に付け、生き残っていけるのかもしれません。