2018年6月に開業した「リッチモンドホテル姫路」の外観(写真:ロイヤルホールディングス)

国内各地に1泊以上の出張をする場合、どんなホテルや旅館を選ぶだろうか。

会社員なら自社の「出張宿泊旅費規程」内で、快適に過ごせそうなビジネスホテルを選ぶかもしれない。気に入ったホテルを定宿にしたり、プライベート旅行で使ったりする人もいるだろう。

好みのホテルの調査データで評価が高いのが、「リッチモンドホテル」だ。

例えば、「2018年度 JCSI(日本版顧客満足度指数)調査」(公益財団法人日本生産性本部)では、ビジネスホテル部門での総合評価「顧客満足」で、リッチモンドホテルが4年連続1位となった。とくに同年度は、調査の内訳=顧客満足・顧客期待・知覚品質・知覚価値・推奨意向・ロイヤルティの全6項目で1位だった。

また、「2018年 日本ホテル宿泊客満足度調査」(J.D.パワージャパン)でも、「1泊9000円〜1万5000円未満部門」で1位となり、同調査で11度目の1位を獲得した。

ホテルの検索サイトでの「クチコミ」評価も高い。宿泊施設が多い中、なぜ選ばれるのか。

取材にあたり、まずは筆者の仕事関係者で、同ホテルを利用する人に聞いてみた。「朝食がおいしい」(40代の男性、40代の女性)、「とくに突出した部分はないが、接客対応や清潔さなど全体の快適性がよい」(50代男性)という意見があった。後述するが「利用したことがない」という人も、もちろんいる。そうした声も踏まえて、こだわりを探った。

地方色豊かな「朝食」に注力

「リッチモンドホテルは、ホテル会員の利用が非常に多いのが特徴です。現在約91万人の会員がいらっしゃいますが、その4割が毎年ご利用されます。男性宿泊客は40〜50代が多く、女性宿泊客は20〜30代が多い。これまで会員の方へのグループインタビューやアンケート調査を行い、ご意見を踏まえて、サービスの見直しを行ってきました」

こう話すのは運営会社・アールエヌティーホテルズの福村正道社長だ。2018年に社長に就任する前は営業本部長、その前職はサポート部本部長として顧客の声を直接聞いてきた。

福村氏が語る会員とは、年会費無料の「リッチモンドクラブ会員」で、部屋の予約や宿泊料金などが優遇される。会員カードを発行するホテルは珍しくないが、その利用率が高い。同社の持ち味のひとつが、朝食付きプランで提供されるような、地方色豊かな朝食だ。

「現在は北海道帯広市から沖縄県那覇市まで、直営で39施設ありますが、食事内容はすべて違い、例えば『リッチモンドホテル帯広駅前』では、帯広名物の豚丼も用意しています。このほか、山形では山菜そばや芋煮、大阪ではバッテラすし、たこ焼き、長崎では皿うどん、地元で捕れたアジのみりん干しなどもそろえています」(福村氏)


「長崎思案橋」で提供される皿うどんやみりん干し(写真:ロイヤルホールディングス)

ここまで凝った朝食を提供できるのは、グループ企業としての強みがある。あまり知られていないが、同ホテルの親会社は「ロイヤルホスト」や「天丼てんや」などを運営するロイヤルホールディングスだ。ファミレスのほか、国内主要空港にレストランも構え、スケールメリットで提供できる食材調達力が、「個性的な朝食」を支えている。

「早朝の出発」や「食欲がない」などで朝食をとらない人もいる。その場合は朝食券と引き換えに、グループ会社のベーカリーで作られた「ホテル特製ケーキ」を渡す。現在は年間約3万個が提供されるほど人気だ。そのケーキを持参した家庭や職場に「食にこだわるホテル」を知ってもらうねらいもある。

「大浴場」や「アメニティ」にこだわる人

もう少し引いた視点で、出張者が「宿泊先を選ぶ基準」を見ていこう。

数年前のデータだが、楽天トラベルが実施した「出張に関するアンケート」(2014年10月29〜31日に調査)によれば、ホテル選びのトップ10は、上から順に「価格」「立地」「朝食の質、量」「ベッドの大きさ、寝心地」「部屋の広さ」「接客サービスの質」「楽天スーパーポイントが貯まる」「大浴場の有無」「ホテル独自の会員特典」「アメニティの種類、質」だった。

リッチモンドホテルが注力する「朝食」は3位で、8位の「大浴場」は設置していない。

さまざまなビジネスパーソンに話を聞くと、「大浴場のあるビジネスホテルには、結構こだわります」(20代女性、40代男性)という声も目立った。それもあってか、“大浴場派”で、リッチモンドホテルを選ぶ人は多くなかった。

競合では「スーパーホテル」や「ドーミーイン」が大浴場をウリにする。一方、設置には多額の費用がかかり、メンテナンス費用もかさむ、大浴場を設置するかの経営判断は分かれるようだ。別の取材では「数年前に開業したJR駅前のホテルに、大浴場設置を考えたが、悩んだ末に見送り、ほかの設備に変えた」(関東地方のホテル経営者)という声も聞いた。

代わりに、リッチモンドホテルが取り組むのが、既存ホテルを改築する際の「3点分離」だ。これはトイレ・バス・洗面台を別々に設置するというもの。利用者の室内で過ごす快適性への要求が高まるにつれて、従来の3点一体型(3点ユニットバス)は好まれなくなった。


3点分離した室内の様子(写真:ロイヤルホールディングス)

また、「アメニティ」で評価が分かれやすいのが、シャンプーやコンディショナーだ。これは髪質や好みによるが、同ホテルではオーガニック製品を用意している。過去には部屋の消臭剤をトイレタリーメーカーと共同開発したこともある。

ビジネス利用で最も気になる「価格」は、上位役職者以外は宿泊基準「1万円」の会社が多い。それを超えると、「合理的な理由」と「上司の許可」が必要となるので、その金額が安心して泊まれる基準のようだ。

だが、繁閑の価格差も大きい。競合ホテルの中には市場連動性で価格を大きく変えるところもある。「よく東京に出張しますが、『1泊素泊まりで1万6000円』という価格の日は諦めて、23区外の簡素なホテルに泊まりました」(30代の男性)という声も聞いた。

普段はホテル予約がしやすい地方の大都市も、大きなイベントがある日は料金が跳ね上がる。とくに予約が取りづらいのが、人気ミュージシャンのコンサート。なかでも「嵐」と「三代目J SOUL BROTHERS」公演のときだという。

繁忙期と閑散期の料金設定を、リッチモンドホテルではどうしているのか。

「超繁忙日での価格改定は行いますが、上限と下限の料金は4倍以内に収めています。でも、『何かあったら泊まれない』だと、常連のお客さまほど不満を持つでしょう。そこで『公式サイト会員専用プラン』からのご予約はベストレートにて案内し、シングルルームの10%を『会員専用枠』として提供しています」(福村氏)

「ホテル戦争」生き残りのカギ

こうした施策が顧客に受け入れられ、同社の業績は絶好調だ。2017年度の売上高は269億4300万円、経常利益41億900万円、経常利益率は15.3%となり、8年続けて増収増益。だが、不安要素がないわけではない。新規のビジネスホテルが次々にでき、東京地区は2020年に東京五輪を控える。昨年に基準が厳しくなった「民泊」も、以前の統計では、訪日外国人のうち、大阪地区では5人に1人が民泊利用だった。

「外国人宿泊客も全体の約17%ですが、大切なのは、どう競合ホテルと差別化していくかです。多彩な食事メニューもさらに深掘りし、2018年12月に改装した『福岡天神』(福岡市)のレストランでは、地元の久原醤油さんのだしや醤油を用いた朝食メニューの提供も始めました。こうした地域の特性を生かした取り組みは、さらに続けていきます」(福村氏)

ホテルチェーンの経営母体は日本では、建設、不動産、電鉄系は多いが、飲食系が運営するケースはほとんどない。「だからこそ食事内容にこだわる」と話す福村氏。チェックアウト直前に食べる朝食、食べられなかったお客に渡すケーキは、「そのホテルでの最後の体験」となり、宿泊客の印象に残りやすい。

限られた予算で泊まる消費者の「どこの・どんな要望に応えるか」が求められるビジネスホテル業界。リッチモンドホテルは、経営を安定させるために、常連客の「安心・信頼」に注力し、その評価を新規の客にも広げる戦略のようだ。