軍事とIT 第261回 UAVに見るSystem of Systems(10)UAVと航空機の衝突回避
ゼネラル・アトミックス・エアロノーティカル・システムズ(GA-ASI)社がガーディアン無人機(UAV : Unmanned Aerial Vehicle)の実証試験を実施したときには、壱岐空港、つまり既存の民間空港を拠点とした。
壱岐空港自体はトラフィックが少ない空港だが、その周辺では多数の民航機が行き来している。また、UAVの利用が拡大すれば当然、「有人機とセパレートした空域でなければ飛べません」というわけにもいかなくなってくる。そこで、UAVと他の航空機の異常接近や衝突をどう防ぐか、という話をしたい。
○相応の注視を行うレーダーとは
壱岐空港における報道公開の席で、まず報道陣を機体の前に案内して機体の説明をしてくれたのは、テリー・クラフト副社長。そして、左右に膨らんだ機首を指して「ここにDRRが入っている」という。
DRRとはDue Regard Radarの略。日本語に逐語訳すると「相応の注視を行うレーダー」というぐらいの意味になる。これが左右前方・合計220度の範囲をカバーしていて、自機に向かって接近してくる飛行物体がいないかどうかを監視している。
その正体はハの字型に据え付けられた2面のフェーズド・アレイ・レーダーだ。これが収まっているので、ガーディアンの機首は左右にポコンと膨らんだ形になっている。
もしも、DRRの捜索によって「接近してくる飛行物体がいて、衝突の可能性がある」と判断した場合は、自動的に回避機動をとる仕組みになっている。
実は、衝突回避の仕掛けはこれだけではない。
定期便の旅客機はADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)を使って、自機の所属・現在位置・速度・高度・進行方向といったデータを周囲に放送している。また、2次レーダーのトランスポンダーもあり、地上の航空路監視レーダーが誰何することで、便名・速度・高度などの情報を得られる。
これらは直接的に衝突回避の機能を提供するわけではない。しかし、こうしたシステムによって得られる情報に基づいて警報を発し、異常接近や衝突を回避するための、TCAS(Traffic Collision and Avoidance System)という仕組みもある。
実は、GA-ASI社は2018年6月に、ガーディアンの原型機であるプレデターBを使って、DAA(Detect and Avoid)システムの実証試験を成功裏に実施した。DAAとは「他機を探知して回避する」という意味で、それを実現するためにTCASやADS-Bといった仕掛けを活用している。
TCASは他機がトランスポンダーで返してきた情報に基づいて、衝突の可能性があるかどうかを判断する。判断の方法としては間接的である。それに対して前述のDRRは、自機が自らレーダーで前方を捜索するわけだから、判断の方法としては直接的である。
○複数の手段を協調させる
「眼」は多いほうがいいので、DRRもADS-BもTCASも、みんな活用すればいいじゃないの……と考えるのは自然な成り行きだが、こうやって複数のシステムを組み合わせる場合、組み合わせたシステム同士がちゃんと協調してくれないと困る。
極端な話、TCASが「右に回避しろ」という一方で、DRRが「左に回避しろ」といいだしたのでは困るわけだ。
だから、異常接近や衝突を回避するために複数のシステムを組み合わせる場合、それぞれがバラバラに、単独で動作するのでは具合が悪い。複数のシステムが互いに連携して、矛盾や喧嘩が起こらないように動作する仕組みが必要になる。
というわけで、ここでもSystem of Systemsという話になる。複数のシステムをインテグレートしてSystem of Systemsを構築した上で、それをさまざまな条件下で試して、問題なく機能することを確認しなければならない。
また、有人機には衝突回避のためのルールがあるから、UAVもそれと同じように動いてくれないと危険だ。それも実地に試す必要がある。これは空の上だけでなく、海の上でも同じことである。
○地上から指示を出して回避させる方法もある
ここまで述べてきた仕組みは、異常接近や衝突を回避するための仕掛け一式を機上に搭載していて、機上で自律的に衝突回避を図るというものである。
実際に飛行機を飛ばす現場では、地上に管制官がいて、そこからの指示も受けている。「それと同じことをできないか?」という考えもある。
ガーディアンの話からは外れるが、実際にそういう話はあって、GBSAA(Ground-Based Sense and Avoid)という。
SAA(Sense and Avoid)とは検知・回避、つまり異常接近や衝突に至りそうな他の飛行物体を見つけて、回避機動をとるという意味だ。そのための仕組みがGround-Based、つまり地上にあるのがGBSAA。
具体的に何をするかというと、地上にレーダーを設置して、上空を飛んでいる機体の位置・進路・高度・速度を把握する。そして、異常接近や衝突に至りそうな機体がいると、地上から回避機動の指示を出す。
すでにアメリカでは、軍用UAVが他の機体と衝突する事態を防ぐために、このGBSAAを導入している事例がある。ただし、GBSAAが成立するためには、指令を受けるUAVの側に、そのための受信機と、指令を受けて回避機動をとるための仕掛けがなければならない。
つまり、GBSAA用の受信機と操縦系統を連接しておかなければならない。ここでもまた、System of Systemsという話になる。
難しいのは、地上からは「接近している機体がいるぞ」と警告するだけにして回避機動を機上の判断に委ねるのか、それとも回避する向きまで地上から指示するのか。どちらにしても回避する向きを判断するロジックを入念に熟成してテストしなければならないが、それをどちらに実装するかの判断は難しい。
その話を真剣に検討すると複雑なことになるので、別途、機会を見つけて取り上げてみたい。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。
壱岐空港自体はトラフィックが少ない空港だが、その周辺では多数の民航機が行き来している。また、UAVの利用が拡大すれば当然、「有人機とセパレートした空域でなければ飛べません」というわけにもいかなくなってくる。そこで、UAVと他の航空機の異常接近や衝突をどう防ぐか、という話をしたい。
壱岐空港における報道公開の席で、まず報道陣を機体の前に案内して機体の説明をしてくれたのは、テリー・クラフト副社長。そして、左右に膨らんだ機首を指して「ここにDRRが入っている」という。
DRRとはDue Regard Radarの略。日本語に逐語訳すると「相応の注視を行うレーダー」というぐらいの意味になる。これが左右前方・合計220度の範囲をカバーしていて、自機に向かって接近してくる飛行物体がいないかどうかを監視している。
その正体はハの字型に据え付けられた2面のフェーズド・アレイ・レーダーだ。これが収まっているので、ガーディアンの機首は左右にポコンと膨らんだ形になっている。
もしも、DRRの捜索によって「接近してくる飛行物体がいて、衝突の可能性がある」と判断した場合は、自動的に回避機動をとる仕組みになっている。
実は、衝突回避の仕掛けはこれだけではない。
定期便の旅客機はADS-B(Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)を使って、自機の所属・現在位置・速度・高度・進行方向といったデータを周囲に放送している。また、2次レーダーのトランスポンダーもあり、地上の航空路監視レーダーが誰何することで、便名・速度・高度などの情報を得られる。
これらは直接的に衝突回避の機能を提供するわけではない。しかし、こうしたシステムによって得られる情報に基づいて警報を発し、異常接近や衝突を回避するための、TCAS(Traffic Collision and Avoidance System)という仕組みもある。
実は、GA-ASI社は2018年6月に、ガーディアンの原型機であるプレデターBを使って、DAA(Detect and Avoid)システムの実証試験を成功裏に実施した。DAAとは「他機を探知して回避する」という意味で、それを実現するためにTCASやADS-Bといった仕掛けを活用している。
TCASは他機がトランスポンダーで返してきた情報に基づいて、衝突の可能性があるかどうかを判断する。判断の方法としては間接的である。それに対して前述のDRRは、自機が自らレーダーで前方を捜索するわけだから、判断の方法としては直接的である。
○複数の手段を協調させる
「眼」は多いほうがいいので、DRRもADS-BもTCASも、みんな活用すればいいじゃないの……と考えるのは自然な成り行きだが、こうやって複数のシステムを組み合わせる場合、組み合わせたシステム同士がちゃんと協調してくれないと困る。
極端な話、TCASが「右に回避しろ」という一方で、DRRが「左に回避しろ」といいだしたのでは困るわけだ。
だから、異常接近や衝突を回避するために複数のシステムを組み合わせる場合、それぞれがバラバラに、単独で動作するのでは具合が悪い。複数のシステムが互いに連携して、矛盾や喧嘩が起こらないように動作する仕組みが必要になる。
というわけで、ここでもSystem of Systemsという話になる。複数のシステムをインテグレートしてSystem of Systemsを構築した上で、それをさまざまな条件下で試して、問題なく機能することを確認しなければならない。
また、有人機には衝突回避のためのルールがあるから、UAVもそれと同じように動いてくれないと危険だ。それも実地に試す必要がある。これは空の上だけでなく、海の上でも同じことである。
○地上から指示を出して回避させる方法もある
ここまで述べてきた仕組みは、異常接近や衝突を回避するための仕掛け一式を機上に搭載していて、機上で自律的に衝突回避を図るというものである。
実際に飛行機を飛ばす現場では、地上に管制官がいて、そこからの指示も受けている。「それと同じことをできないか?」という考えもある。
ガーディアンの話からは外れるが、実際にそういう話はあって、GBSAA(Ground-Based Sense and Avoid)という。
SAA(Sense and Avoid)とは検知・回避、つまり異常接近や衝突に至りそうな他の飛行物体を見つけて、回避機動をとるという意味だ。そのための仕組みがGround-Based、つまり地上にあるのがGBSAA。
具体的に何をするかというと、地上にレーダーを設置して、上空を飛んでいる機体の位置・進路・高度・速度を把握する。そして、異常接近や衝突に至りそうな機体がいると、地上から回避機動の指示を出す。
すでにアメリカでは、軍用UAVが他の機体と衝突する事態を防ぐために、このGBSAAを導入している事例がある。ただし、GBSAAが成立するためには、指令を受けるUAVの側に、そのための受信機と、指令を受けて回避機動をとるための仕掛けがなければならない。
つまり、GBSAA用の受信機と操縦系統を連接しておかなければならない。ここでもまた、System of Systemsという話になる。
難しいのは、地上からは「接近している機体がいるぞ」と警告するだけにして回避機動を機上の判断に委ねるのか、それとも回避する向きまで地上から指示するのか。どちらにしても回避する向きを判断するロジックを入念に熟成してテストしなければならないが、それをどちらに実装するかの判断は難しい。
その話を真剣に検討すると複雑なことになるので、別途、機会を見つけて取り上げてみたい。
著者プロフィール
○井上孝司
鉄道・航空といった各種交通機関や軍事分野で、技術分野を中心とする著述活動を展開中のテクニカルライター。
マイクロソフト株式会社を経て1999年春に独立。『戦うコンピュータ(V)3』(潮書房光人社)のように情報通信技術を切口にする展開に加えて、さまざまな分野の記事を手掛ける。マイナビニュースに加えて『軍事研究』『丸』『Jwings』『航空ファン』『世界の艦船』『新幹線EX』などにも寄稿している。