アマゾンも参戦"QRコード決済"のうまみ
■アマゾンまでもが参戦するQRコード決済
8月29日、米IT大手アマゾンは国内でQR(Quick Response)コードを用いた決済事業に参入した。QRコードとは、白黒の正方形=セルの組み合わせによって利用者に関する情報などを表し、高速に読み取ることを可能とした通信技術をいう。QRコード決済は現金を使わずに買い物代金の支払いなどを行う“キャッシュレス決済”の代表的な方法だ。
すでに、世界第2位の経済規模を誇る中国では、QRコードを用いたモバイル決済(スマートフォンなどを用いて資金の決済を行う仕組み)が社会全体に普及している。洋の東西を問わず、キャッシュレス決済の普及は世界的なブームといえる。わが国でも大手金融機関、NTTドコモなどの通信企業、LINE(ライン)、ヤフーなどのIT企業などがQRコード決済事業に取り組んでいる。その目的は、決済関連の収益を手に入れることなどだ。
キャッシュレス決済が注目されている理由にはさまざまなものがある。論点を絞るとすれば、現金の利用にはコストがかかる。その削減を目指すためにQRコード決済が注目されていると考えればよい。今後は、金融機関やIT企業などが政府と連携し、より便利かつ信頼性の高い決済方法の実現が目指されることを期待したい。
■高まるQRコード決済の強み
キャッシュレス決済とは、現金(紙幣、硬貨)を用いずに資金の決済(お金の受け払いによって買い物などの支払いを行うこと)をすることをいう。その方法には非接触型の通信技術(NFC:Near Field Communication)を用いる方法、QRコード決済などがある。なお、NFCを用いた決済方式の代表例に、わが国のおサイフケータイがある。
わが国では、現金を使って買い物をすることは当然だ。しかし、海外ではこの常識が通用しづらい。コンビニでの買い物代金の支払いからサイクルシェアの利用まで、スマートフォンのアプリを用いて(現金を使わず)に実行することが増えているのだ。
なぜなら、現金の利用にはさまざまなコストが発生するからだ。金融機関は現金の流通に備えて保管場所(金庫)を設置しなければならない。ニセ札の流通を防ぐにもコストがかかる。店舗は、つり銭などのために高額紙幣を硬貨に両替したり、レジにも人員を配置したりしなければならない。レジの現金残高の確認は多くの企業が時間を割く(コストのかかる)作業の1つだ。
キャッシュレス決済のテクノロジーを導入すれば、そうしたコストを抑えることができるだろう。それは企業が経費を削減し、収益性を維持・強化するために重要な取り組みといえる。その中で大きな注目を集めているのがQRコード決済だ。スマートフォンの普及とともに、世界全体でQRコードを用いた決済が主流になりつつあるといっても過言ではない。
その理由は、数あるキャッシュレス決済の方式の中でも、QRコード決済の運営にかかるコストが低いと考えられるからだろう。スイカなどの電子マネー(プリペイド方式をとり、NFC方式を用いるキャッシュレス決済の方法)を使うためには、ICチップに記録されたデータを読み込むことが必要だ。小規模の事業者にとって、そのコストを負担することは容易ではないだろう。相対的な運用コストの低さという点で、QRコード決済は魅力的で、結果的にアジア圏を中心に世界的普及が進んでいる。
■“おサイフケータイ”が失敗した理由
一方、わが国では海外とはやや異なる展開が進んできた。街中では、交通系電子マネーを使う人をよく見かける。依然として現金支払いを求める店舗も多い。背景には、わが国のキャッシュレス決済の規格が独自の発想に基づいてきたことがある。
1990年代から、わが国の企業はキャッシュレス化への取り組みを進めた。2004年には、携帯電話で支払いを行う“おサイフケータイ”のサービスが開始された。ただ、おサイフケータイは思うように普及せず、NTTドコモなどはQRコード決済事業を重視し始めた。
その理由の1つは、おサイフケータイがわが国独自のNFC規格に基づいていたことだ。端的に言えば、ガラパゴス化だ。わが国企業が独自の規格を重視した結果、他国で多く使われている規格との互換性の確保や環境変化への対応が難しくなったのだ。
NFCの規格には、ソニーの開発したFeliCa(NFC-F)のほか、蘭NXPセミコンダクターズの開発したNFC-A、米モトローラの開発したNFC-Bがある。おサイフケータイはFeliCaを用いてきた。一方、国際的にはNFC-AとBの規格がメインとなっており、FeliCaは日本国内での使用が主とみられる。
■国内メーカーはスマホに対応できなかった
大きかったのは、国内電機メーカーがスマートフォンの登場に対応できなかったことだ。世界のスマートフォン市場では、米アップルや韓国、中国企業がシェアを競っている。一方で国内企業は携帯電話事業からの撤退が増えている。それに伴い、国内規格に準拠した“おサイフケータイ”の存在感が低下したのは、ある意味当然だ。
また、わが国の現金志向の強さも軽視できない。家計消費に占めるキャッシュレス決済の割合を見ると、米国では46%、中国では60%に達する。一方、わが国の割合は20%程度だ。その理由は、現金の使用に抵抗感がないからだろう。
わが国の紙幣印刷技術は高く、偽札の存在が社会問題化することは少ない。対照的に、米国で高額紙幣を使おうとした際、店員などにいぶかしい顔をされた経験のある方は少なくないだろう。現金に対する信頼感は、キャッシュレス決済の普及に影響を与える無視できない要因の1つだ。
■“モバイル決済途上国”を狙うIT企業のうまみ
昨年6月に日本銀行が発表したレポート『モバイル決済の現状と課題』によると、中国都市部では消費者の98.3%がモバイル決済を利用している。一方、わが国での利用割合は6%程度と報告されている。このデータを額面通りに受け止めると、わが国はキャッシュレス決済の途上国と位置付けられよう。
言い換えれば、普及が遅れてきた分、海外で導入が進んできたキャッシュレス決済の方式がわが国に浸透する可能性はあるということだろう。その発想に基づいて、楽天やSNS大手のLINE、アマゾンがQRコードを用いた決済サービスの普及に注力している。
それは、IT企業が決済サービスからの収益獲得を目指していることを意味する。自社の決済サービスを導入する企業が増えれば、企業は消費者に関するデータ(ビッグデータ)を獲得できるだろう。それは消費者の需要を発掘するなど、自らを中心とした経済圏を構築することにつながるとの期待を集めている。
■シェア争いはさらに熾烈に
理論的に考えると、QRコード決済をはじめキャッシュレス決済のシェア争いは熾烈化するだろう。特に、中国をはじめ、現金を使わない支払いが当たり前になっている訪日客の増加は、わが国の地方経済に無視できない影響を与えている。外国人観光客などが快適に買い物や移動を楽しめる環境を整備するためにも、キャッシュレス決済の普及は重要だ。
また少子化や高齢化、人口の減少が進むにつれ、わが国の経済は縮小する。企業や金融機関が収益性を確保する取り組みの1つとして、経費削減の重要性は高まる。そのために、キャッシュレス決済に関するテクノロジーを導入し、現金決済にかかってきたコストを削減しようとする考えは強まるだろう。
7月には、経済産業省が大手金融機関やIT企業、通信企業などとともに“キャッシュレス推進協議会”を立ち上げた。今後は、民間と政府の協働によって、消費者と企業が安心して使うことのできるキャッシュレス決済の規格策定が進むだろう。国内外の経験やノウハウを結集し、利便性と信頼性の高い決済制度の運用が進むことを期待したい。
(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)