途上国版ドラゴン桜「e-Education」の軌跡
e-Educationが生まれた背景と、その後の道のりについてたっぷりと語っていただきました(写真:ファクトリエ提供)
長らく、アジア最貧国と言われることもあったバングラデシュ。人口が約1億6300万人と多いため、国全体のGDPとしては世界43位ですが、一人あたりのGDPは149位と、アジア全体ではネパールに次いで下から5番目です(出典:IMF - World Economic Outlook Databases 2018年4月版)。
先日、そのバングラデシュで教育事業を展開している方と対談する機会がありました。彼の名は、三輪開人(みわ・かいと)さん。NPO法人『e-Education』の代表理事を務めていらっしゃいます。三輪さんが初めてバングラデシュの地を踏んだのは、 大学生のとき。バッグメーカーのインターンシップでバングラデシュを訪れた際、三輪さんは村の子どもたちの切実な声を耳にします。
「勉強がしたい」
その嘆きから、e-Educationの歩みは始まりました。
人材不足を映像で補う
2010年当時、バングラデシュでは約40000名の先生が不足していると言われていました。特に中学、高校と勉強の難易度が増していくに連れて、人材不足はより深刻化していきます。2001年の識字率が47.5%に過ぎなかったのも、教育のインフラが整備されていないことが少なからず影響していたのでしょう。(ワールド・データ・アトラス調べ)
バングラデシュの子どもたちが抱いていたのは、自らの知識欲求だけではありません。 いい大学に行っていい会社に入り、たくさん稼いで村の家族にいい暮らしを送ってもらいたいという、生きる糧を得るための手段としても学びを求めていました。
内容がよく分からないにもかかわらず、ボロボロになった教科書を薄暗い街灯の下で読み込む子どもたちの姿を見ているうちに、三輪さんの心はインターンシップの目的とは別の方向に動いていきます。
「私は受験生と浪人生だったときに、映像授業でおなじみの東進ハイスクールを利用していました。大学に入ってからは、アシスタントとして映像の制作や配信を行う側にまわり、すべてを含めると計6年にわたって東進ハイスクールにかかわっていたことになります。
自分が学んできた“DVDによる映像授業”は、先生が不足しているバングラデシュにおいても効果的だと考えました。その時、現地で出会った大学の後輩(税所篤快氏)が私よりも早く東進モデルの導入に挑戦しており、彼に協力する形でe-Educationを立ち上げました」(三輪さん)
三輪さんたちはバングラデシュの予備校街に足を運び、協力してくれる講師を探し続けました。その熱意が伝わったのか、徐々に講師は増えていき、予備校街でのNo.1英語講師も参加してくれることになりました。
それから2カ月かけてさまざまな授業を撮影してDVD教材に落とし込み、首都ダッカから船で6時間の距離にある、先生のいない村にDVD予備校を開設しました。
すると半年後、1名の学生がバングラデシュのNo.1国立大学であるダッカ大学に合格したのです。
ダッカ大学は、日本で言うと東京大学に該当する難関校。1年目からダッカ大学への合格者を輩出したニュースは瞬く間に広まり、日本では「途上国版ドラゴン桜」とも呼ばれました。
DVDが配布されるエリアも増えていき、e-Educationの設立から8年経った今、現地の難関国立大学に合格した学生は200名以上。コンテンツの精度の高さはあるにせよ、バングラデシュの学生が持っている学習意欲と吸収するスピードには驚かされます。
「バングラデシュの人々は、これからは自分たちが主人公だというハングリー精神を持っています。先進国の人たちは途上国を上から見てしまう傾向がありますが、ハングリー精神や生き方など、見習うべきところはたくさんある。私自身、バングラデシュの人々に対するリスペクトは増していくばかりです」(三輪さん)
国家を巻き込んでいくNPO
2015年、e-Education主導のもとで「デジタル教育国際会議」が開催されました。映像教育をバングラデシュ全土に発信するためには、デジタル教育を国家政策として行う必要性があると判断したのです。
会議には、中央銀行総裁や教育大臣、ダッカ大学学長などが集結しました。教育課題の解決に向けて話し合いがなされ、教育省はバングラデシュ全土で計400万台のPC導入を決定。そのPCにe-Educationのコンテンツを取り入れる話も進んでいます。
さらには中央銀行が進めている授業の公共財化にもe-Educationのコンテンツがかかわっているように、国家を巻き込む形で影響力はどんどん広がっています。
バングラデシュだけにとどまらず、これまでに14カ国・15000名の学生に映像コンテンツを届けています(写真:ファクトリエ提供)
2017年の5月から三輪さんはバングラデシュに生活拠点を移し、e-Educationの活動だけではなく、バングラデシュと日本の橋渡しとなって人材紹介も行っていらっしゃいます。
バングラデシュは直近10年にわたって6%以上のGDP成長率を記録しており、IT化も急速に進んでいます。
Amazonとアリババが手を組んでバングラデシュの郵便局開拓の事業を受託したり、UBERのサービス展開がはじまったりと、外資系企業の参入も活発です。ITを活用している企業は、法人税と輸出入税が10年間0円になるので、今後バングラデシュのマーケットはよりにぎわいを見せていくでしょう。
人材の成長も著しく、非英語圏に限って言えば、TOEICのスコアがいちばん高いというデータもあります。国家の政策が進んでいけば、全土で学力がさらに底上げされることは間違いありません。
アジア最貧国というフレーズが過去の遺物になるのは、もはや時間の問題です。
よそ者・わか者・ばか者がキーワード
途上国を支援したいと思っても、そう簡単に行動を起こせるものではありません。e-Educationに所属している人たちには、何か共通点があるのか。対談の最後に聞いたところ、よそ者・わか者・ばか者という3つのキーワードが出てきました。
「日本人であるわれわれは、バングラデシュの人々からするとよそ者です。しかし、よそ者だったからこそ、先入観を持つことなく、内部からは見えない光を見つけることができました。そして、わか者。ただ単に年齢が若いという意味ではありません。自分の弱さを認めた上で他者に共感できる人を、私はわか者として位置付けています。
e-Educationには高木というインターンスタッフがいました。彼は高校生のとき、勉強についていけず不登校になりました。e-Educationに入って教育事業に携わった際、彼は高校時代の自分と改めて直面することになったのですが、そこで逃げずに弱さを認めたからこそ、途上国の子どもたちが勉強に感じている難しさに共感できた。彼がラオスの教育発展において多大な貢献をしたのは、その共感の力が大きかったと思います」(三輪さん)
最後にばか者。失敗を楽しむ心を持ち、ピンチをチャンスに変える人たちを、e-Educationは「ばか者」と呼んでいます。自身もばか者だと語る三輪さん。現在バングラデシュを拠点に活動している背景には、逆境を乗り越えてきた物語がありました。
「2年前にバングラデシュでテロ事件が起こった時、多くの方からバングラデシュで活動するのは危険だとアドバイスいただきました。ただ、私はこれをチャンスにしようと決めたのです。
真っ暗だからこそ見える光があり、その光は今まで以上にバングラデシュを照らすものになる。これからもバングラデシュや途上国の可能性を信じて、ピンチをチャンスに変えていこうと思います」(三輪さん)