「野球離れ」でも高まる少年硬式野球への期待
大阪にあるボーイズリーグの関西ブロック・大阪中央支部の松原ボーイズの練習風景(筆者撮影)
若年世代での「野球離れ」が進んでいることは、このコラムでたびたび紹介してきた。とりわけ顕著なのは、中学校の軟式野球だ。
日本中学校体育連盟(中体連)が公表しているデータでは、2017年の中学校の軟式野球部員数は、17.4万人、2008年には30.6万人だったから10年で43%もの減少だ。ポイントは2010年、この年から減少傾向が顕著になっている。
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一方で、高校野球の競技人口はそれほど減っていない。高野連(日本高等学校野球連盟)が発表した2017年の高校硬式野球部員は16.1万人。2008年は16.9万人だから5%の減少だ。
中学軟式野球部員が激減しているのに、高校硬式野球部員が微減でとどまっているのはなぜか?
高野連は女子部員や試合のときだけの臨時の部員も競技人口に含めている。また部員数が9人を割った野球部も「連合チーム」を認めることによって存続させている。だから競技人口が減らないのだ、という指摘もある。確かにそういう一面もあるが、それだけではない。
高校野球を支えているのは活況の中学硬式野球
中学軟式野球部とは別組織の中学硬式野球チームが元気なのだ。今回、筆者は日本の主要な中学硬式野球4団体を取材し、独自に各連盟の選手数を集計した。2010年以降の中学の軟式野球と硬式野球の競技人口の推移をグラフにするとこうなる。
2010年に29万人いた中学軟式野球選手は、2017年には17.4万人と40%減少しているのに対し、硬式野球選手数は4.9万人から4.8万人とほとんど変わらない。それだけではなく、硬式野球チームにかかわる選手や親の熱意は近年ますます高まっている。中学硬式野球チームから高校の野球部へと進むルートは年々太くなっている印象だ。
「野球離れ」の中で、高校野球の競技人口がさほど減っていない背景には、活況を呈する中学硬式野球の存在があるのだ。
本記事では前編として4つの代表的な中学硬式野球団体(ボーイズリーグ・リトルシニア・ヤングリーグ・ポニーリーグ)のうち2つの団体を紹介する。後編については7月22日配信の記事でヤングリーグとポニーリーグをとりあげる。今後、我が子に野球をやらせたいという親御さんの1つの参考にしていただければと思う。
【ボーイズリーグ(日本少年野球連盟 本部:大阪市)】
・創設:1970年
・チーム数:605、部員数:20000人
・主なプロ野球選手:内川聖一(ソフトバンク)、黒田博樹(元広島、MLB)、T-岡田(オリックス)、ダルビッシュ有(元日本ハム、MLB)、田中将大(元楽天、MLB)、前田健太(元広島、MLB)、福留孝介(元中日、MLB、阪神)、筒香嘉智(DeNA)、藤浪晋太郎(阪神)、小林誠司(巨人)
ボーイズリーグは、硬式野球の中学年代クラブチーム日本一を争う全日本中学野球選手権大会 ジャイアンツカップで、過去24回のうち、12回優勝チームを出している。残りの12回はリトルシニアだ。チーム数、部員数もリトルシニアと双璧。
ボーイズリーグの日本一を決める報知新聞社主催の第48回日本少年野球選手権大会、中学生の部で2017年に優勝した飯塚ボーイズ(筆者撮影)
「うちは大阪が発祥です。母体となったのは南海ホークス友の会です。この会からジュニアホークスと言うリトルリーグのチームができました。
でもリトルはアメリカ発祥で、離塁はできないし、塁間も狭い。
大人たちの間で本当の野球を教えたいという気持ちが高まって、南海ホークスの大監督だった鶴岡一人さんが呼び掛けて、ボーイズリーグが発足しました」
伊藤俊事務局長は話す。プロ野球選手が創設したリーグだけに実戦本位で、勝利に結びつく野球が特徴だ。
「うちは小学生の部もありますが伸び悩んでいます。子どもの絶対数が減る中で、いろんなスポーツで選手の取り合いになるのは仕方がないでしょう。中学校の軟式野球部は指導者がいなくなっています。野球をやりたくてもできなくなって、そういう子どもがボーイズに入ってきているという面はありますね。うちは講習会もたびたびやりますし、指導者はしっかりしています」
塾のような感覚で野球を習いに来る
ボーイズに子どもを入れる親の意識は、最近変化してきたという。
「昔は勉強ばかりではいけない、何かスポーツを、それなら親も馴染みがある野球で、という家が多かったように思います。進学も高校の硬式野球部から声がかかれば行くけれど、声がかからなければ普通の高校に進学するという感じでしたが、今はボーイズに入った段階で”野球強豪校に入りたい”言う親子が多くなった印象です。趣味、習い事ではなく、塾のような感覚ですね」
近年の少年野球は、親の負担も大きいが、これも「塾」に近い感覚と言えよう。
松原ボーイズの練習を見に行った際は、用具がきれいにそろえられていた(筆者撮影)
「月謝は平均すると1万5千円ぐらい。高いところでも2万円程度。以前はもう少し高額なところもあったようですが、あまり高額だと選手の確保が難しいのが現状です。チームによって月謝は安くても遠征費、父兄会費など別途徴収している場合もあります。
いまどきグランド1つでも安全面を考えれば近所の空き地と言うわけにはいきません。野球場をおさえるとなると経費がかかります。革製のボールは高価ですし、劣化も早いです。硬式野球はおカネがすごくかかるのは事実です。親御さんはそれを承知で子どもを入れておられます。でも、指導者は原則としてボランティアです。熱意でやってもらっています。
少年野球と言えば親の”お茶当番の負担”と言われます。共稼ぎが多い昨今は、練習に付き添うのは大変ですが、夏にお茶も何もなしとはいきません。昔のように毎週両親そろって出てください、とは言えなくなりましたが、人を雇う余裕はないので、できる範囲で、なるべく少ない人数で順番に負担していただくようになってきています」
ボーイズ、リトルシニア、ヤング、ポニーなど主要な少年硬式野球団体で構成する日本中学硬式野球協議会は、2015年「中学生投手の投球制限に関する統一ガイドライン」を設け、試合での登板は1日7イニング以内、連続する2日間で10イニング以内と定めている。ボーイズリーグもこれを遵守している。
「うちの大会はトーナメント形式が中心ですが、昔ならエースが一人いたら結構強いチームになったのが、今は3、4人それなりのレベルの投手がいないと勝ち進んでいけなくなっています。子どもの負担を考えると、これも仕方がないことです。
連盟には専属ドクターはいませんが、チームで契約しているところはあります。連盟としても健康管理に取り掛かろうとしています。
最近、連名で口を酸っぱくして言っているのが、暴力、パワハラの根絶です。昔なら、エラーをした子どもを監督がこつんとやるようなことは、日常の風景でしたが、今は許されません。月1回の会報誌でもつねに大きく掲示していますし、藤田英輝会長なども会合のたびに訴えています。最近は、指導者の喫煙も、見物人から連盟に通報が入るなど、厳しくなっています。こういう部分の意識改革も重要ですね」
当コラム(「DeNA筒香「球界の変わらない体質」にモノ申す」(2018年1月16日配信))でメッセージを紹介して反響を呼んだ横浜DeNAベイスターズの筒香嘉智もボーイズリーグのOBだ。
大きな団体だけに、先進的な考えのチームも、昔ながらの日本野球のスタイルを踏襲するチームもある。ただ、全体としてはボーイズも「野球離れ」の現実の前に、少しずつ変化しつつあると言えよう。
ボーイズと双璧の「東のリトルシニア」
【リトルシニア(日本リトルシニア中学硬式野球協会 本部:東京都)】
・創設:1972年
・チーム数:555、部員数:20072人
・主なプロ野球選手:阿部慎之助(巨人)、坂本勇人(巨人)、鳥谷敬(阪神)、中田翔(日本ハム)、岩隈久志(近鉄、楽天、MLB)、涌井秀章(西武、ロッテ)、角中勝也(ロッテ)、松坂大輔(西武、MLB、中日)、菊池涼介(広島)、大谷翔平(元日本ハム、エンゼルス)
”西の雄”ボーイズに対し、リトルシニアは”東の雄”。チーム数、選手数、そしてジャイアンツカップでの優勝回数(24回中12回)でも拮抗している。
JA共済杯 第24回日本リトルシニア全国選抜野球大会で優勝した世田谷西リトルシニア(写真:(株)フォトグラフィーアーラ)
「もとは、小学生の硬式野球団体であるリトルリーグと同一の団体でした。でも中学から硬式野球をやる選手が爆発的に増えて、一緒に運営するのが難しくなったので、独立したんです。
今、全国に7つの連盟があります。私どもは独立した当時の1.7万人から2.2万人まで増え、今は2万人ぎりぎりと言うところです。でも子どもの自然減ほどにも減っていません。
今は、小学生の時に軟式だった子が、中学では硬式をやりたいという希望が多いようです。中学校の軟式野球部は、指導者が不足していると聞いています。それもあって野球をしたい子がリトルシニアに入ってきます」
山下二郎事務局長は語る。
大会で優勝した世田谷西リトルシニアのメンバー(写真:(株)フォトグラフィーアーラ)
「うちのコンセプトは『健全な精神をもって国際人としてマナーに長けた人を育成する』です。これはアメリカ生まれのリトルリーグの考え方でもあります。
たとえば”キャッチャーミットを動かすな運動”。国際試合では審判から”ミットを動かして捕るのは日本だけだ”と指摘されます。それが日本野球だと言われますが、”人をだます、陥れる、侮辱する”ようなプレーをなくそうという運動を行っています。遅きに失したという感もありますが、国際的に通用する人間を育成するためにも重要なことです」
リトルシニアも体罰、パワハラの問題には本腰を入れている。
「3年前からコンプライアンス指針を作っています。指導者の中には”愛の鞭”だという人もまだいます。でも、私どもは、指導は選手に触れなくてもできるはずだと思っています。5月には関東地区の監督を招集してパネルディスカッション形式で、体罰、パワハラ問題について議論しました。
林清一理事長も、”リトルシニアの選手は全員がプロ選手になるわけではない。最終目標は社会人として立派な人材を作ることだ”と常々言っています」
子どもへの健康被害を極力減らす取り組みも
リトルシニアも投手の投球回数制限を設け、選手の健康面にも配慮している。
「1日7イニング、連続する2日間で10イニング投げた投手は翌日投手としては休むことにしています。トーナメントが原則で、夏休みは連戦になりますが、連投は2日間だけにして3日目は他の投手が投げるようにしています。だから最低でも3人投手を育てないと勝てなくなっています。
全国7つの連盟には、顧問のドクターがいます。去年の日本整形外科学会では、各連盟の顧問ドクターが全員参加しました。林理事長もパネラーとして発表しました。そういう取り組みもあって、子どもの健康被害への認識はだいぶ浸透しています」
親の負担の問題はどうなのだろうか?
「選手、保護者の負担を少しでも軽減するために、協賛社を集めています。そのかわり登録料を極力抑えています。
親のお茶当番は、激減しています。連盟として指示をしたわけではありませんが、親の負担が大きいチームは人気がないようですね。それから、私どもは”お父さんにグランド整備をやらせるな”と言っています。グランド整備は選手がするものです。試合のときは、対戦チーム同士でグランド整備することになっています。
もちろん野球好きの親御さんと一緒になって活動することは、いいことです。親子の接点ができますから。でも、親の協力を強制することはできなくなっています」
しかし親の熱意は、近年、やはり高まっているという。
「熱心な親御さんが増えているのも事実ですね。うちからは有名なプロ選手が何人も出ています。甲子園の出場選手も、ボーイズとリトルシニアで半分と言う感じでしょうか。とにかく試合が多いんです。だから100人を超えるような大きなチームでは1軍はこの大会、2軍はこれ、と分けるので、控えの子にも出場機会はあります。
以前は夏休みを中心とした3カ月の大会は、25人の固定メンバーで戦っていましたが、関西では昨年から、関東では今年から、メンバー登録を毎試合変更できるようにしました。これまでは、試合に出ずっぱりで疲れてしまう子どもがいる一方で、試合に出られない子もいました。それを改善したんです」
これから目指すのは「みなさんから選んでいただける団体」だという。
「最近は、プロ野球と社会人、大学のオープン戦が実現するなど、野球界の一体感が生まれてきました。2020年の東京オリンピックへ向けて、野球界が一つになって野球振興に取り組むべきです。リトルシニアも大いに協力します」
親の熱意は学習塾と何ら変わりがない
規模も大きく、知名度も高い東西の両雄の取り組みを見るだけでも親の熱意は相当なものだ。後編で紹介するヤングリーグもポニーリーグも今回取り上げた2団体と比較すればチーム数も部員数も半分以下の規模感となる。
後日、大阪府の松原ボーイズを取材した。
松原ボーイズの練習風景(筆者撮影)
練習場には、平日の夕方にもかかわらず、車が次々と停まり、中からユニフォーム姿の中学生たちが出てくる。送り迎えをする母親は「お兄ちゃんもここで野球をしたので、お茶当番は苦にはならない」といった。
別の車の父親は「やるからには、プロを目指してほしい」と期待を語った。コーチは「そんなに甘いものではない」と言ったが、少年野球にかける親の熱意は、近頃の学習塾と変わらないと筆者は感じた。
(後編は7月22日配信)