柳下大 撮影/佐藤靖彦

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 報道すべきなのか、やめておくべきなのか。テレビ局の報道現場で生まれる奇妙な“空気”に迫った2017年の舞台『ザ・空気』は、非常にチャレンジングな問題作だった。そして、2018年。今度は舞台を政治記者たちが集う国会記者会館に移し、より深化した第2弾『ザ・空気ver.2 誰も書いてはならぬ』が上演される。この作品で保守系新聞社の若きエリート、小林記者を演じるのが柳下大さんだ。

【写真】佇む姿もかっこいい

「小林は、地方支局のサツ回りから記者としてスタートして、その仕事が評価され、東京で政治部総理番についているというエリートです。とにかく仕事が好きだし、すごくまじめで正義感があって、まっすぐな男の子。その彼が、難しい立場に立たされるんです」

仕事をしていれば誰もがわかる葛藤

 国会記者会館とは、記者クラブに加盟する記者たちが、政治の取材のために使っている国の施設。

「その屋上で、保守派、リベラル派、総理に近い人、テレビ局の人、インターネット情報局の人と、立場の違う5人がぶつかり合うという話です。小林は仕事上は保守派の立場で、日本にしかない“政権とメディアの癒着”という部分で得をしているわけですよ。でも、そこに対する疑問が出てきて、葛藤が生まれる。リベラル派他社のスクープに感化される部分もあって、自分の社の上司に対しても反発心が生まれるんですが、かといって会社を移るわけにもいかない。自分がコツコツ努力して築き上げてきたものに自信もあるし、そこにたどり着こうとひたすら進んできた人ですから。でも“間違っている”と思うことに対して、一歩踏み出す勇気のある人なんです」

 それは悩ましい。柳下さん自身も、やるべきこととできることの狭間(はざま)で葛藤した経験はある?

「ありますよ! 10年近く前、事務所に入ったばかりのころは“こういうことをしたい”とか“こういう発言をしたい”と思っても、まだ若くて右も左もわからない状態で。だからこそ事務所の方からのアドバイスに従っていました。

 でも何年かたつうちに、自分の中で仕事のことをいろいろと理解できるようになってきて。“本当はこうしたいんだけど、今の自分では無理だろうな”とか、“こういうふうにしたほうがいいんだろうな”というふうに、空気を読んだ経験はあります。今、僕自身が自由になった部分と責任が重くなった部分を感じている時期だからこそ、仕事の場で“どうあるべきか”と自問する小林くんの葛藤にはすごく共感できましたね」

ニュースの見方がガラリと変わる!?

 それにしても、作品のテーマは今の日本にとって非常にタイムリー。政界トップである総理の言動がたびたび疑惑を呼んでいる今だからこそ、政治や社会について考える機会をもらえそう。

「僕自身、かなり視野を広げることができたと思います。今までニュース番組を見ていても政治の話題になったらチャンネルを変えていたのに、今では見入ってしまいます。興味が湧いてきましたね。国会で問題になっていた過去の報道も、“何だったんだろう”という認識が“ええっ、こんなことが起きていたんだ!”に変わりました(笑)。実際には何があったのかわかりませんけど、誰のどんな思惑が働いていたのか、この作品を見ればわかるかもしれないですよ(笑)」

 安田成美さんや松尾貴史さんなど、実力派の共演者たちと繰り広げるやりとりは、コワさと面白さが同居したものになりそう。

「まだ稽古(けいこ)中でラストの展開まではわからないんですけど、今の段階ですごく面白いんです。ものすごくキャラクターの濃い人たちが必死になっている姿は、外から見たらちょっと滑稽(こっけい)に見えるはず。そしてたぶん、会社で働いている方は特にですけど、どんな世代の方が見ても“あ、自分はこの位置だ”というキャラクターが見つかると思うんです。“この人、嫌いだけど自分にもこの部分はあるな”とか“自分はこういうふうになりたいな”とか、5人の中の誰かしらにあてはまるんじゃないかな」

 この公演の後は、「夢だった」という劇団☆新感線への出演も決まっている柳下さん。それだけに「この作品で大きく成長したい」と気合も十分だ。

「共演者のみなさんが、セリフに対する反射神経や対応力がすごくて、稽古場ですでに“これ、バレてるぞ”とか“これは気まずいぞ”という空気が感じられて。“これは舞台にのったらすごいことになるぞ”と楽しみでしかたないです(笑)。

 僕は映像にはない舞台の魅力って、その舞台に生まれる空気感を生で味わえるところにあると思うんです。映像では監督が見せたいものを編集して伝えるところがありますよね。でも舞台は、それぞれの役者が空気を持っていますし、その日その日によって感じ方や伝え方が違ってくる。お客様にしても、座る座席の位置によっても感じ方が違うし、見え方が違ってきます。上手からだったら見えた表情が、下手だからと見えなくて、違う人が見えたりしますし。生っていうのが何よりの醍醐味(だいごみ)だと思うんです。

 なかでも『ザ・空気ver.2』はタイトルどおり、生で感じる空気がもう、格別ですから(笑)。舞台ならではの“ザ・空気”をぜひ楽しんでほしいと思います」

■『ザ・空気ver.2 誰も書いてはならぬ』
 二兎社を率いる劇作家・演出家の永井愛さんが“メディアをめぐる空気”をテーマに手がけるシリーズの第2弾。テレビ局の報道現場に立ちこめる“空気”を描き出した前作『ザ・空気』は、読売演劇大賞で3賞に輝くなど話題の的に。今回は国会記者会館で生まれた“空気”を描き、追い込まれる記者たちを描く。6月23日〜7月16日 東京劇術劇場 シアターイーストで上演、その他、埼玉、三重、愛知、長野、岩手、山形、山口、福岡、兵庫、滋賀にてツアー公演。http://www.nitosha.net/kuuki2/

<プロフィール>
やなぎした・とも◎1988年6月3日、神奈川県出身。2006年にデビュー。主な出演作として、舞台『Shakespeare’s R&J 〜シェイクスピアのロミオとジュリエット〜』、『牡丹燈籠』、『手紙』、『浮標』、『御宿かわせみ』、『オーファンズ』、『真田十勇士』、ドラマ『笑点ドラマスペシャル 桂歌丸』、『みをつくし料理帖』、『果し合い』、『軍師官兵衛』など。11月にはIHIシアターアラウンド東京にて ONWARD presents 新感線☆RS『メタルマクベス』disk3に出演予定。

(取材・文/若林ゆり)