2018年5月17日、日本自動車工業会の会長に就任し、記者会見を終えたトヨタ自動車の豊田章男社長(中央)ら。左から自工会副会長・専務理事の永塚誠一氏、日産自動車の西川広人社長、豊田氏、ホンダの八郷隆弘社長、マツダの小飼雅道社長(写真=時事通信フォト)

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「100年に一度の大改革の時代」「勝つか負けるかではなく、生きるか死ぬか」。トヨタ自動車豊田章男社長は、こうした発言を繰り返しており、危機感を隠しません。次世代自動車の世界で、トヨタは生き残れるのか。立教大学ビジネススクールの田中道昭教授は「部品点数の少ない電気自動車にシフトすれば、下請けや孫請けなど数十万人の雇用に影響する恐れがある」としたうえで、今後のトヨタを10項目から分析します――。(第6回)

※本稿は、田中道昭『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』(PHPビジネス新書)の第10章「トヨタとソフトバンクから占う日本勢の勝算」(全53ページ)の一部を再編集したものです。

■本当に「トヨタ自動車は出遅れている」のか

EV(電気自動車)など、次世代自動車産業において「トヨタ自動車は出遅れている」という論調があります。とりわけ次世代エコカーにおいては20年来、「プリウス」に代表されるハイブリッド車を主力としていたことから、トヨタは世界的なEVシフトに取り残される格好にも見えます。

豊田章男社長が抱いているであろう「トヨタの危機感」を10項目に整理するなら、次のようになるでしょう。

・自動車産業の構造、需給関係が変化し、業界全体の規模や販売台数が減少する恐れがあること。
・業界内外との競争で厳しい展開となり、自社のマーケットシェアが減少する恐れがあること。
・次世代自動車産業における競争のカギが、ハードからOSやサービスなどに変化し、テクノロジー企業などに覇権を握られる可能性があること。
・既存の自動車メーカーはハードの納入会社化してしまう可能性があること。
・中国や欧州のEVシフトが急速化していること。
・中国が推し進める新エネルギー車(NEV)の対象からハイブリッド車を除外するなど、トヨタ狙いの動きが明らかであること。
・EV化や自動運転化での短期間での収益化・量産化が読めないこと。
・CASEでの対応が最先端プレイヤーと比較すると出遅れている可能性があること。
・ライドシェアなど日本国内では規制で手が打てない分野は状況が見えにくく、会社全体として必要なレベルにまで危機感が高まらないこと。
・次世代自動車産業においては巨大なトヨタや関連企業、関連産業の雇用を維持するのが困難となる可能性があること。

なかでも、最後の項目「雇用維持」という使命感が、トヨタの足かせになったという可能性は重要です。

トヨタは、エンジン関連の部品を下請け企業、孫請け企業からなる巨大なピラミッド構造によって製造してきました。しかし、ガソリン車に比べ部品数がはるかに少ないEVにシフトすれば、下請け企業、孫請け企業の事業の根本的な見直しが必要となり、数十万人とも言われる雇用に影を落とすと懸念されているのです。

■「トヨタをクルマ会社を超える会社に変革させる」

トヨタ危うし。この事実は、多くの日本人が誇りとし、愛してやまない企業だけに、ショッキングなことかもしれません。

ですが、誰が指摘するまでもなく、危機を誰よりも自覚しているのは、トヨタ自身。それは、「自動車業界は100年に一度の大改革の時代」「勝つか負けるかではなく、生きるか死ぬか」といった、豊田社長の言葉からも、痛いほどひしひしと伝わってくるものです。

CES2018で豊田社長は、「私はトヨタを、クルマ会社を超え、人々の様々な移動を助ける会社、モビリティ・カンパニーへと変革することを決意しました」と宣言。同時に、モビリティ・サービス専用の次世代EV「イー・パレット・コンセプト(e−Palette Concept)」を発表しました。

イー・パレット・コンセプトは、一見すると箱型のEV。しかしその実態は、EV、シェアリング、自動運転といった次世代自動車の技術の全てを取り込み、なおかつ、用途に応じて柔軟に形を変えるプラットフォームです。例えば、朝夕はライドシェアリングとして利用され、昼間は移動店舗や移動ホテル、移動オフィスにと、「パレットのように」姿を変えられるとしています。

「将来はイー・パレットにより、お店があなたのもとに来てくれるのです」と豊田社長。すでにアマゾン、滴滴出行、マツダ、ピザハット、ウーバーなどがパートナーとして発表されており、今後は彼らと実証実験を進め、2020年の東京オリンピックでもイー・パレットで貢献する、と宣言しています。

■ITソリューションを一気通貫に提供する新会社を設立

2018年3月には、トヨタコミュニケーションシステム・トヨタケーラム・トヨタデジタルクルーズのIT子会社三社を統合し、2019年1月に新会社トヨタシステムズを設立することが発表されました。これには、自動車業界が直面する「100年に一度」の大変革期においてITが果たす役割がますます大きくなるなか、3社がこれまで個別に担ってきたノウハウを一本化、ITソリューションを一気通貫に提供することで、トヨタグループの連携強化に貢献するという狙いがあるようです。

同じく3月に、デンソー、アイシン精機と共同による自動運転の新会社「トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスド・デベロップメント(TRI−AD)」を都内に設立することも発表。英語を社内公用語とし、国内外から1000人規模の技術者を採用、また三社で3000億円以上を投資することで、自動運転技術の開発を急ぎます。CEOには、元グーグルのロボティクス部門長が就任することが決まりました。トヨタは2016年にAI、自動運転、ロボティクスなどを研究するTRIをシリコンバレーに設立していましたが、国内に新会社を設立することでさらなる競争力の強化を図ります。

■次世代自動車産業の4つの潮流である「CASE」

今後トヨタはどうなるのか、どうするべきなのか。次世代自動車産業の4つの潮流である「CASE」を軸に、分析してみたいと思います。

まず「CASE」の「C」、コネクティビティです。私がトヨタのサービスが「ガラパゴス化」しないか最も懸念している部分です。それは、コネクティビティでは、クルマと通信や各種サービスをつなげるだけではなく、生活の全てが相互につながるということが期待されているからです。

トヨタは2018年1月にアマゾン・アレクサの搭載も発表した一方で、かなり前から、テレマティクスサービスに挑戦し、独自のプラットフォーム「T−Connect」を展開していました。もっとも、T−Connectは自動車内で使うことを前提としたサービス。アマゾンがアマゾン・アレクサを武器としてスマートホームからスマートカーに攻めてきているのに対して、トヨタはT−Connectでスマートカーから攻めていくという構図になっています。

この構図は、アマゾンがECからリアル店舗を攻め始めているのに対して、リアル店舗の企業がECを攻めようとしているのに酷似しています。物流倉庫内にある膨大な在庫を背景とする優れた品揃えと「ビッグデータ×AI」をもとにしてリアル店舗を展開するアマゾン。かたや「限られた店舗での品揃えをもとにさらに限られた品揃えでEC店舗を展開しようとしている」というリアル店舗の企業側が仕掛けている戦いの構図。後者には厳しい戦いです。

■真の「オールジャパン」体制で戦う必要がある

音声認識AIには、モバイルのインターフェース、アレクサのようなスマートホームでのインターフェース、そしてクルマのなかのインターフェースと、3つの領域があります。ただし、スマートホームからスマートカー、さらにはスマートシティまでのエコシステムをおさえるとなると、トヨタ単体では困難な領域。そこでは業界の垣根を超えることが必要になるでしょう。

それこそ、トヨタ、ソニー、あるいはパナソニックなどが手を組むような、真の「オールジャパン」体制で、モバイル×ホーム×クルマの音声認識AIのプラットフォームを全力で取りにいくべきではないでしょうか。すでにスマートホームのエコシステムとなっているアマゾン・アレクサに対抗するのは単独企業では簡単ではないことを、日本企業は再認識する必要があると思います。

■「トヨタは自動織機の発明により創業した会社」

「CASE」の「A」、自動化は出遅れ気味です。タクシーやライドシェアなどに利用される「サービスカー」と、自分が所有・運転する「オーナーカー」とを比較した場合、「オーナーカー」のほうが自動運転車を開発・実用化するハードルは高くなります。「サービスカー」であれば地域限定で走らせることもできますし、ドライバーの人件費が不要になるのでライドシェア会社は多少高額でも購入するかもしれないからです。トヨタがメインで生産しているのは、もちろん「オーナーカー」。そこがトヨタと、グーグルなどのメガテック企業やウーバーなどのライドシェア会社との決定的な違いです。

何よりも見逃せないのは、トヨタの出自です。CES2018で豊田社長はこのように語りました。

「トヨタはもともと自動車ではなく自動織機の発明により創業した会社であることを知らない方もいらっしゃるかもしれません。私の祖父である豊田喜一郎は、当時多くの人が不可能だと考えていた、織機を作ることから自動車を作ることを決意しました」

異業種戦争でありテクノロジー企業側が有利と見られがちなCESという場において、自分たちは再び異業種の会社として次世代自動車産業での戦いに臨む決意を示したものであると私は感じました。

その一方で、トヨタ生産方式の本質の一つは自働化。もともとの自動織機の会社だった時代、豊田佐吉が「自ら働く繊機」という意味を込めて、その機械を「自働繊機」と命名し、当初の社名もしばらくは豊田自働織機製作所になっていたそうです。創業者の精神を大切にする豊田社長であれば、「自ら働く自動車」である自動運転車を中核とする次世代自動車産業は自分たちこそが創るのだ、という使命感に持ち溢れているのではないかと想像しています。

■レンタカーの店舗網を活用してライドシェアに乗り込むか

「CASE」の「S」、サービスの領域では、「モビリティ・カンパニー宣言」に続くイー・パレット構想のほか、サービスを全方位に広げようとしています。国内では、日本交通傘下で配車アプリを開発しているジャパンタクシーに75億円を出資することで合意、配車支援システムの開発や走行データの活用で提携を進めます。

また、レンタカー市場は欧米では独立系レンタカー会社がシェアをおさえていますが、国内ではトヨタレンタリースが王者。ライドシェア会社への出資、さらに自社でもライドシェアの実証研究を行っていることから、いざとなったら、駅前など利便性の高い立地にあるトヨタレンタカーの店舗網を活用してライドシェアにも乗り込めるポテンシャルを秘めています。

2017年12月には、トヨタレンタリース東京と、法人向け自動車リース事業を展開するトヨタフリートリースを統合、新会社「トヨタモビリティサービス」を設立すると発表しました。ライドシェア会社は、トヨタが日本国内でライドシェア事業が展開できていないとしても決して侮るべきではないと思います。

「CASE」の「E」、つまり電動化においては、トヨタグループや業界構造の維持を考えるあまり、思い切ったシフトができなかったという背景がありました。しかし、先ほど触れたように、トヨタはEVとその量産の技術において他のプレイヤーより優れた潜在力をもっています。また、黒字化のカギを握る電池でも世界最大手のパナソニックと提携。中国勢が海外勢を量で圧倒している状況を質でも凌駕し始める前に、トヨタが巻き返しできるかどうかの勝負となりそうです。

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田中 道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティングおよびリーダーシップ&ミッションマネジメント。上場企業の社外取締役や経営コンサルタントも務める。主な著書に『アマゾンが描く2022年の世界』など。

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(立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授 田中 道昭 写真=時事通信フォト)