40代から始める認知症を防ぐための生活習慣
健康的な食事こそ、認知症予防の第一歩(写真:EkaterinaOleshko / PIXTA)
最新の研究によると、認知症を起こす原因の6割以上を占めるアルツハイマー病は、食事や運動、睡眠といった生活習慣を40代から見直し、必要なサプリを補うことなどで、予防できる人が多いという。さらに、認知機能を維持するために食べるべき食品、避けるべき食品も明らかになった。
アメリカで認知症から500人以上を回復させた革命的な「治療法」と「予防法」について、『アルツハイマー病 真実と終焉』(ソシム)を翻訳した医学ジャーナリスト、山口茜さんが2日連続で解説する。後編は「予防法」について(前編「治療法」はこちら)。
これまで多くのアルツハイマー病患者を救ってきたデール・ブレデセン医師は著書『アルツハイマー病 真実と終焉』で、その詳細な治療と予防の方法を紹介している。
一生アルツハイマー病を寄せ付けずに過ごすにはどうしたらよいか詳述する前に、まずはアルツハイマー病の類型について説明しよう。
アルツハイマー病は、混合型も含め4つのタイプに大別できる。
炎症性アルツハイマー病
脳の炎症が原因で起き、食事も深く関与している
萎縮性アルツハイマー病
脳機能の維持に必要な栄養素やホルモンの欠乏で起こる
糖毒性アルツハイマー病(炎症性と萎縮性の混合型)
いわゆる糖尿病から起きる
毒物性アルツハイマー病
カビ毒や歯の治療に使われる材料に含まれる水銀などの毒素から起き、治療が最も難しいとされる
毒物性の場合は、生活の中の毒素をまず特定して除去する必要がある。毒素を除去しないままアミロイドベータを取り除く従来治療を行うと、実はアミロイドベータにより守られていた脳細胞が直接毒素にさらされ、逆に危険な場合があるという。
治療には「オーダーメイド医療」が必要
さらに、アルツハイマー病には36の要因があることも研究で明らかになった。
アルツハイマー病患者は、脳神経の増減に伴う代謝バランスが常に減少方向に傾いているという。このバランスを調節する要因が少なくとも36項目は特定されているのだ。
アルツハイマー型認知症の新しい治療法を確立したデール・ブレデセン医師(©Leigha Hodnet)
アルツハイマー病の症状が出ている場合、36の要因のうち、10〜25項目は脳神経を縮小・減少する方向に傾いている場合が多いという。
このため、「アルツハイマー病患者の脳は、『36個の穴が空いた屋根』のようだ」とブレデセン医師は語る。
屋根に空いた穴が多いほど、雨はどんどん漏れてくる。アルツハイマー病の治療は、この穴をひとつひとつ塞いでいくことで初めて可能になる。
1種類の薬剤が塞げる穴は通常1〜2個。アルツハイマー病はひと粒の薬で治るような代物ではなく、包括的な治療を集中的に行わなくてはならない。
人によって空いている穴の数も大きさも違うため、アルツハイマー病の治療には、一人一人に合わせた細やかなメニューが必要だ。
食べるべき食品、避けるべき食品
リコード法の治療プログラムは、食事、運動、睡眠といった生活習慣の指導や、脳の栄養不足を補うサプリメント、脳トレーニング、ストレス対策など、実に多岐にわたる。
食事については、「ケトフレックス12/3」と名付けられた食事法の実践が前提になっている。体のエネルギーとして脂肪を燃焼する状態を目指すもので、この状態は認知機能にとって最適だという。
この状態を促すには、次の3つを組み合わせる必要がある。
(1)糖類、パン、ジャガイモ、白米、ソフトドリンクなどの単純炭水化物食品を最小限にする(低炭水化物食…要するに糖質制限)
(2)適度な運動(早歩きやもっと激しい運動を週150分以上)
(3)毎日少なくとも12時間は絶食する(夕飯から朝食まで12時間は空ける)
認知機能にとって最適な状態を促すには、『シリコンバレー式 自分を変える最強の食事』で一躍有名になったMCTオイルをとるといい。ココナッツオイルなどの中鎖脂肪酸、オリーブオイル、アボガド、ナッツなどといった不飽和脂肪酸の摂取も有効だ。
基本的に野菜を中心とし、ジャガイモなどのでんぷん質の野菜は控えめにする。ただし、サツマイモやグリーンバナナなどの難消化性でんぷん(レジスタントスターチ)は例外で、毎日食べても構わないという。
このほか、頻繁に食べたい“青色信号食品”として、デトックス効果のあるブロッコリーやカリフラワーなどアブラナ科の野菜、ケールやホウレンソウなどの葉物野菜、タマネギやニンニクなどの硫黄化合物を含有している野菜、キノコ類、クズイモ、ネギ、キクイモなどのプレバイオティクス食品なども挙げられている。
また、天然ものの魚もいい。特にサケ、サバ、アンチョビ(カタクチイワシ)、イワシ、ニシンは水銀汚染が少なく積極的にとるべきだ。平飼い卵、キムチやザワークラウトなどのプレバイオティクス食品も“青色信号食品”に入る。
一方、なるべく食べる機会を最小限に抑えたい“赤色信号食品”としては、パン、パスタ、コメ、ケーキ、ソーダなどの単純炭水化物がメインの食品が挙げられる。
さらに穀類、加工食品、マグロ、サメ、カジキマグロなど水銀汚染リスクが高い魚類のほか、パイナップルなどの甘い果物、グルテンや乳製品など過敏性が出やすい食品なども“赤色信号食品”に入る。
チーズやオーガニックの全乳、プレーンヨーグルトはたまにならよい。
劇的に改善する場合も
しかし、生活習慣、特に食べ物を変えることは案外難しいものだ。『アルツハイマー病 真実と終焉』では、ブレデセン医師が多くのアルツハイマー病患者を診療して得た「マル秘テクニック」が紹介されている。
例えば、炭水化物を食べる時は、先にケールなど食物繊維を豊富に含む食べ物をとるようにすると炭水化物の吸収が抑えられ、腸内フローラにも良い影響がある。また、どうしてもアイスクリームが食べたいときは、ココナッツミルクのアイスクリームにするといった奥の手もある。
患者の中には、完璧にプログラムをこなしているわけではなくても、認知機能を良好に保っている人もいる。人により重要な項目がいくつか存在し、すべてとはいかなくてもいくつかのプログラムメニューを守るだけで、認知機能が劇的に改善する場合もあるという。
意外かもしれないが、欧米で高所得者が多い国では、すでに認知症の年齢別発症率が減少傾向にある。
アメリカ東海岸にあるフラミンガム町の住民を長年にわたり追跡調査している「フラミンガム研究」では、60歳以上の住民で認知症の5年発症率がこの30年で44%も低下したことが明らかにされている。
しかし、認知症リスクが統計学的に有意に減少していたのは、高卒以上の学歴のある集団のみだった。
「恍惚の人」がいなくなる時代へ
今後は、リコード法のような新しい治療や予防の知識があるかどうかが、アルツハイマー病の発症に大きく影響する可能性がある。
21世紀の認知症医療では、より早期に診断し、症状が出てからというよりも、むしろ予防していくことが主軸になっていくだろう――。ブレデセン医師はこうみている。
日本ではまだリコード法を取り入れている施設は少ない。白澤卓二医師が院長を務めるお茶の水健康長寿クリニックなどは、すでにブレデセン医師の原著を読み、診療に取り入れている。
有吉佐和子氏の小説『恍惚の人』が認知症介護の闇に光を当ててから約半世紀が過ぎた。リッチな欧米諸国だけでなく、日本にもそろそろ「恍惚の人」がいなくなっていく時代が来てもいいのではないだろうか。