2017年5月、北京で開かれた「一帯一路」の国際会議に集まった、習近平・中国国家主席(最前列中央)やプーチン・ロシア大統領(同右)をはじめとする各国首脳。(写真=新華社/アフロ)

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世界は2つの超大国の時代に入った。アメリカの経済力は圧倒的だが、中国の急伸は他の追随を許さない。東南アジア諸国が、国ごとに親米派・親中派に分かれつつある中で、日本はどうすべきなのか。東京外国語大学の篠田英朗教授は「親米派として米中間の調整役を果たすべきだ」という――。(第2回)

■「国際秩序への貢献者」を自称する中国

中国の超大国としての台頭は、対テロ戦争と並んで、現代国際政治の重大な構造決定要素となっている。世界経済の中で、アメリカの経済力は圧倒的だが、中国の急伸もまた他の追随を許さない。国家間の力関係で言えば、世界が2つの超大国が対峙(たいじ)する時代に入ったことは、明白である。昨年末と本年初頭にトランプ政権が公表した『国家安全保障戦略』や『国家防衛戦略』には、そのような考え方が色濃く反映されている。

新たな2つの超大国の関係は、言うまでもなく、冷戦時代のイデオロギー的な対立によって特徴づけられる2つの超大国の関係とは、異なる。現在の習近平体制の中国は、もはや自由主義に対抗する強力なイデオロギーを掲げている国だとは言えない。むしろ国際会議などにおいては、既存の国際秩序の維持に、いかに中国が貢献しているかを強調するのが常になっている。

とはいえ、もちろん中国は、普遍主義にもとづく介入行動などは、支持しない。むしろ各国が持つそれぞれの文化や伝統を重んじるべきだ、といったことを、内政不干渉原則の維持の重要性とともに標榜する。もっとも裏読みして、中国中心の伝統の論理構成で、「九段線」などに象徴される国際関係に影響を与える中国独自の概念について、強硬に正当化を図るつもりなのではないか、その行き着く果ては「中華思想」の復活ではないか、と言われることも多い。

いずれにせよ、国際秩序に貢献する新しい超大国になるとしても、中国が欧米流の自由民主主義をモデルにすることはない、という主張がなされている点は、押さえておくべきだろう。

典型的な近代化論の中には、経済的発展が、必然的に政治的民主化をもたらす、とする立場が根強く存在する。事実、中国の民主化は、数十年にわたって予言されてきたテーマであった。経済成長が鈍化した際に何が発生するかは、まだわからない。だがそれはまだ2018年段階の問いではないようだ。世界は、超大国として中国を迎え入れた後の国際秩序をどう構想するかについて、まだ格闘している最中なのだ。

中国は、むきだしの経済成長や資源獲得を目指していると信じられてきた。しかし習近平総書記が打ち出した「一帯一路」構想は、より体系的な国際秩序観を反映していると考えられている。最近、中国政府は、「一帯一路」の公式英訳を、「One Belt One Road」から「Belt and Road」に変えた。前者の訳であると、あたかも一つのルートが線でつながっていくだけのような印象を与えるからだろう。実際には、「一帯一路」は、複数の陸上の線と沿岸部の線で構成される地域概念である。ただしその特徴は、中国を起点にして、地域秩序が帯状に伸びているようなイメージが感じられることだろう。「一帯一路」は、中国が目指す国際秩序の仕組みを、地理的概念として表現している。

■「一帯一路」vs.「インド太平洋」

ロシアは、ロシア主導のユーラシア経済連合と、中国主導の一帯一路を結びつける努力を行っている。中国主導だがロシアも協力する上海協力機構(SCO)は、2017年にインドとパキスタンを正式に加盟国として迎え入れ、中央アジアからインド洋に展開する国際機関となった。安全保障上だけでなく、経済協力のためのプラットフォームとしての意味も持つ。アメリカはSCOへのオブザーバー資格を申請し、これを拒絶されたことがある。SCOが、アメリカの覇権に対する対抗勢力としての性格を持っていることは、明白である。

昨年暮れに公表されたトランプ政権初の『国家安全保障戦略(National Security Strategy)』では、日本の安倍首相が熱心に推奨している「インド太平洋(Indo-Pacific)」の概念が採用された。特定の国を封じ込める意図はないとしているが、中国の拡大する影響力をけん制する性格を持っていることは、明白である。トランプが大統領に就任せず、アメリカがTPP(環太平洋連携協定)の盟主となっていたら、経済面での世界の地域的分立がより一層明らかになるところであった。

中国は、アメリカのような華やかな安全保障同盟のネットワークを持っていない。旧ソ連諸国と密接な結びつきを持つロシアと比しても、中国が持つ国際的な安全保障網の欠落は、特徴的である。だが自国だけで14億の人口を擁する中国が、アメリカとは異なる安全保障秩序を構想するとしても、それは自然である。

■米中ロ3大国の地政学的な構図

古典的な地政学では、「大陸国家(land power)」と「海洋国家(sea power)」の分類を、基本的な概念構成に使う。ユーラシア大陸の深奥に位置するロシア(+中央アジア)は、「回転軸(pivot)」と描写される「大陸国家」の雄である。太平洋と大西洋の接合地点に浮かぶ巨大な島国であるアメリカ合衆国は、「海洋国家」の雄である。中国は、ドイツなどと並んで、水陸「両生類(amphibia)」と描写される。

大陸中央部の自国の影響圏の維持に躍起になるロシアと、海洋世界ではいまだに圧倒的な影響力を誇るアメリカをにらみながら、中国は「一帯一路」で、両者の中間領域に自国の影響圏を確立しようとしている。地政学理論にしたがえば、そのような分析になる。

中国の影響圏の帰趨(きすう)を握るのは、地政学理論で「橋頭堡(bridge)」と呼ばれる半島地帯である。具体的には、まずインドであり、あるいは朝鮮半島であり、さらにはインドシナ半島などが、激しい地政学的確執の対象となる。上海協力機構に加盟しながら、「一帯一路」への反対を表明し、日本やアメリカとの関係も深めているインドの立ち位置は、そのような意味において非常に複雑である。同じ事情は、韓国にもあてはまる。東南アジア諸国は、国ごとに親米派・親中派に分かれる傾向にある。

このような地政学ゲームが進展していく傾向は、今後もしばらく続くだろう。トランプ政権下のアメリカは、かつてのように普遍主義の言葉を並べながら、実態としては自国の影響圏を広げる制度を構築していく、というやり方を、とらなくなった。普遍主義の装いを捨ててでも、地政学ゲームを通じて自国の国力を高める政策をとろうとしている。その背景に、もう一つの超大国としての中国の存在があることは、言うまでもない。

■日米同盟を基軸に、「一帯一路」と「インド太平洋」の調整を

14億の人口を擁し、国内総生産(GDP)で間もなく日本の3倍の規模になろうとする中国を、単独プレーヤーとして牽制する能力は日本にはない。仮に10年前にはありえたとしても、今はない。アメリカとの同盟関係を基軸に、「インド太平洋」戦略を進めていくしかない。ただし、中国の隣国であり、尖閣諸島の問題も抱える日本であれば、「一帯一路」構想と「インド太平洋」構想との間の調整にも、率先した役割を果たすべきではあるだろう。

日本は「海洋の法の支配」に深い関心を持つが、南シナ海からインド洋を経て、アデン湾に至る地域で、「一帯一路」と「インド太平洋」は、ぶつかる。普遍主義にそった国際規範の重要性を強調しながら、常に中国とアメリカが協調的な対話を継続できるような環境の整備に尽力すべきだ。

次回は日本の大きな関心事項である、北朝鮮問題について論じる。

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篠田英朗(しのだ・ひであき)
東京外国語大学教授 1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程修了、ロンドン大学(LSE)大学院にて国際関係学Ph.D取得。専門は国際関係論、平和構築学。著書に『国際紛争を読み解く五つの視座 現代世界の「戦争の構造」』(講談社選書メチエ)、『集団的自衛権の思想史――憲法九条と日米安保』(風行社)、『ほんとうの憲法 ―戦後日本憲法学批判』(ちくま新書)など。

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(東京外国語大学教授 篠田 英朗 写真=新華社/アフロ)