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2015年に「校舎をよじ登る女子高生」の動画で一気にその存在を知られた。2017年にはCMで”カズ”三浦知良とも共演。話せばふわーっとした雰囲気の19歳が、一度壁を登り始めたら、ガンガン行く。プロクライマーで東京五輪有望株の大場美和は、2015年アジアユース選手権優勝、10代にして年6〜7回開催されるシニアのワールドカップに計5度の出場歴を誇る。その舞台は、5種類の課題をクリアする「ボルダリング」、ロープを付けて10〜15メートルの壁を登る「リード」、登る速さを競う「スピード」。東京五輪の新正式種目「スポーツクライミング」の魅力、自らの哲学を聞いた。

撮影 岸本勉 中村博之(PICSPORT)/田坂友暁(SpoDit)/取材・文 吉崎エイジーニョ



カズさんとは「やはり地味なトレーニングが重要」と話をしました



ーー大場選手といえば、2015年に通信会社のウェブCMで「校舎を登る女子高生」として話題になりました。

校舎の壁って、意外と登ってみて面白かったですね。あの動画撮影の際は、登り方を一緒に考えてくれる人がいて、かっこよく見える登り方を考えてくれたんですよ。すごくいろんな動きをしました。あの校舎の壁はあまり滑りませんでしたね。ただ、飛びついたり、大きな動きをするのはちょっとリスクはあるかな、という感じでした。実際に、撮影時には落ちましたしね。結構、何十回もやったので。夏だったので汗ダラダラになりました。

ーー2017年9月には、かの三浦知良選手(サッカーJ2横浜FC)とも「リポビタンD」のCMで共演します。大場選手がクライミングをしてみせて、カズ選手もこれにトライする、という。

カズさんとお会いして、今も現役の方の力強いかっこよさ、みたいなのを感じましたよ。すごく優しくて、クライミングにも興味を持ってくれて、いろいろ質問もしてくださったので。クライミングをトレーニングに薦めることはしませんでしたが、同じスポーツ選手同士「地味な、キツいトレーニングが結局一番いいんだよね」という話にはなりました。

ーーカズさんも驚いた、というその動き。競技を始めたきっかけは?

子供の頃、父が見ていた雑誌を見たのがきっかけですね。金髪の女性が天井みたいな壁を昇っている写真があって。かっこいいな、やってみたいなって思いました。たぶん、マヤ・ヴィドマー(スロベニア)という選手なんですけど、今はもう引退していて、大会には出ていません。

ーーどの部分がかっこよかったのですか?

そのときは深くは考えなかったんですよ。「あ、こんなところを昇れるんだ!」「人間がこんなことできるんだ」というのを見てて思ってて。かっこいいなと思いました。今では、やっぱり壁を登るという、日常ではあまりない姿がかっこいいと思いますね。単純に見ていてかっこいいと思うんです。



ーーなんでも、ご自宅に「MIWA-WALL」と呼ばれる壁を両親が作ってくれたとか。子どもがやりたいと思うことを、思う存分やらせてくれたのでは?

そうですね。初めて1年のときまではなかなか近くに登れる環境がなかったもので。もっと近くにあったらいいんじゃないか、ということで両親が作ってくれました。最初は私もクライミングに集中するという感じじゃなかったんです。あれこれ種目を試してたんですね。そのなかでクライミングを見つけたので、「じゃあこれをやってみよう」と。最初は家族全員でクライミングジムに行ってくれて。楽しく登って、と。本当に感謝しています。私がやりたいと思ったことに本当に協力してくれたので。

一方で「やりたいことをやっているわけだから、自分でやってね」という考えでもいてくれるんです。時に怠けてすぎたりしていると、「それは違うんじゃないか」と言ってくれることもあります。

何を考えて登っているのか。「ルートを考えるけど、その通りに行くとは限らない」



ーー壁を登るとき。激しい動きの一方で、頭の中で何を考えているのでしょうか。

登る前は、ルートをしっかり考えますよ。観戦される際、そういうところを観察されるのも面白いと思います。1回目はこうやって登ってできなかったけど、2回目は少し変えたらできた。そういうこともあると思うので。

ーー試合中の姿を観る限り、感覚的にパッパッと登って行っているようにも見えます。事前に考えるものなのですね。

普段の練習からルートを考えてやってます。ここを登るにはこれとこれとこれを使って登ると、こういう動きになるな、と。あと、試合の場合はセッターというルートを作る人がいるのですが、その人がどうやって登らせようとしているかを想像しますね。



ーー考えることと同時に、登っているときのメンタルはどういったものなのでしょう。いっぱいいっぱい?パワーがみなぎっている?集中している?頭をクリアにしている?

大会のときはむしろ興奮しすぎてアドレナリンが出るので、落ち着くように向けていますよね。むしろ落ち着けるように。逆に、最後の一手を出せるかどうかは、本当に気合いの部分が大きいので、そこで自分に負けないように常に気持ちを上げていくようにします。

ーー熱中しているときに、「あら、思わず違うポイントを掴んじゃった」ということはありますか?

確かに事前にコースを考えはするんですけど、実際にそれが正解かどうかはその場の状況で変わるんですよ。あ、違うと思ったら、予定と違うことをしますし。あとは、力がなくなっていて、目の前のものしか掴めない、となるとそっちを選ぶこともありますね。

特に「リード」という競技の場合はそういうこともあります。一手一手で差が出てくるので、登りきるためにはもう一個向こうのものを触らないといけないんですけど、本当に落ちそうになったら、手前のものを掴んでしまって、コード(ポイント)を稼ぐということもできます。事前にも考えますし、登りながらも考えるという言い方が正しいでしょうか。失敗したときに、じゃあどうやったら登れるのか、解決策を考えて「よし登ろう」と登っていくんです。

普段の自分は「まったく臨機応変じゃないです!」



ーー思った通りに行かないことも、その場の判断でルートを変えると。ご自身の生活の中で生きていることはありますか?

あまりないですね。臨機応変にできなくて……なかなか。結構、大雑把に動くほうで。細かくできないです。どこかに移動するときも、そこまでの行き方をちゃんとは調べないですし。今日、ここに来るのも「駅に着いたら、なんとなく看板を見たら行けるか」と思ってきました。



ーー試合中とは真反対で!

試合だと、登る前にどうなるかなって全部考えるんですけど、実際の生活だとあんまり考えずに出たとこ勝負、という考えで行くこともあります。

ーーその切り替え、興味深いです。

切り替え、というか、そうせざるを得ない状況に追い込まれないと、しないんだと思います。クライミングのときは、先に考えないと登れないというのが分かっているので、ちゃんと考えますね。

ーーふだんの一週間はどうお過ごしで?

基本的に一週間のうち5日がトレーニングです。月火水と金土にやっています。練習の日は、一日中登ったり、トレーニングしたりで。 少なくとも5時間、長いと12時間は登ります。木曜日と日曜日を休みに当てています。



ーー出身が愛知県で、現在は神奈川で暮らしています。

両親と離れて暮らして2年になりますね。こっちに来ている理由が有名なクライマーの方がいて、その方と一緒に登りたくて。その環境に今、満足しています。そこで日々努力していくという。

ーー食事はどんなものを?

自炊もするんですけど、今、クライミングジムでバイトもしていて、そこで賄いが出るので食べています。すごくこだわりがあるわけではなく、栄養のバランスを少し考える、というところで。太らないように、という点も考えながらですね。

ーーフリークライミングは個人競技です。選手同士のつながりがあると思うのですが、上下関係はどうなっています?

すごく厳しい上下関係みたいなのはあまりないですね。年齢が上だから、自分が上だと思っている人もいないです。みんな、仲間みたいな感じですかね。むしろ強い人ほどいろんな人から吸収しようと思っているので、別に年齢が下でも、頑張っている人がいて、参考になったら採り入れるし、登り方を見て、どんなトレーニングをしているか、ちらっと見たりとかしてね。

ーーご自分は負けん気、勝負欲があると思いますか?

あるんだと思います。こういう種目をやっている以上。あと、頑固だとも言われたりしますね。結構、自分のやりたいことを突き通すんです。結局、自分のやりたいことに向かっていく。そういうところがあるようで。ふだんの練習からも自分のやりたいことをやる、という。



ーーそんなこだわりの強い大場選手のお気に入りの一曲は?

ジムにはよく、車に乗っていくんですけど、そのときには小田和正さんの曲をかけていることが多いです。何が、曲は「キラキラ」がいいですね。試合中には思い出したりはしませんが、テンションが上がりますよ。

子どもの頃の結果は「狙ったものではない」。だから「今はチャレンジャー」



ーー子供の頃は楽しみでやっていたクライミング。13歳〜17歳で一気に大会で結果が出ました。2011年にはJOCジュニアオリンピックで優勝したり。そういったときの感覚はどういったものでしょう?

クライミングを初めて最初に出た大会から、結果が出ました。あまり何も考えていなかったですね。クライミングが楽しくて大会に出て、たまたま結果も出ちゃったという感じで。大会に合わせてトレーニングをして、出場するということもしていなかったので、自分でちゃんと掴み取ったという感覚ではなかったですね。

ーーじゃあ、今は本当に「狙いを持って試合に臨んで、勝つ」というものを欲している?

はい。その上で結果が出てほしいと思っています。

ーー小さい頃に勝てていた要因を、今振り返ると?

年齢が低かった頃は、やっている人も少なかったですしね。私はクライミングをやる前に器械体操をやっていて、それで培った筋肉や体の動かし方、柔軟性がアドバンテージとしてあったので、それで、最初の頃はポンポン結果が出ていたと思います。



ーーここからシニアでより上で戦うにあたって、ユースの世代の実績は誇りなのでしょうか。それとも過去のことと割り切っているのでしょうか。

結果を残してきたというイメージはあるので、なるべく守っていきたいと思っているんですけど、実力や今の立場は、チャレンジャーですよ。王者じゃないです。常に挑戦する気持ちでいます。本当に努力して得たものだったら、誇りに思えるかもしれないけど、私の場合は本当にたまたまだったので、私はそうは思わないですね。

クライミングをやってみるススメ「登った、という達成感が得られます」



ーーフリークライミングをやってみたい。そう思ったとき、どうしたらよいでしょう。

最近すごく、クライミングのジムが増えているので、住んでいらっしゃるところのお近くのジムに行かれると良いと思います。必要なものはおよそジムでレンタルできることが多いです。基本的に動ける格好だけ準備いただければ。すぐに登れます。

ーーあー今日、登ってみたいなと思ったら、登れるものですか?

場所によっては予約も必要ないところもあります。ちょっと今日、登ってみようと思ったら、動ける服があればいいです。だいたいのジムが、始められたばかりの方でも登れる場所がありますので、「登った」という達成感が得られますよ。少しやると、登れないところがでてくるんです。そうすると、すごく悔しくて、また来ようという、となるはずです!

ーー登るためのトレーニングは?

最初の頃は、特別なことをせずとも、登れると思います。それ自体がトレーニングになりますし。そこからもう少しステップアップしたいときは筋力トレーニングをやってみるとよいと思います。クライミングは指の力が結構重要なので、指の力を鍛えるとプラスになりますね。家で何かを握ることでも十分だと思います。

また、ジムにトレーニング施設も併設されている場所も多いので、トレーナーの方に聞く方法もよいでしょう。一番簡単にできるのは、指先でぶら下がるということです。ただ、ぶら下がるだけでも効果があります。

ーー筋肉、つきますか?

やるだけでも筋肉がつきますよね。最初はすごく筋肉痛になるんですよ。それを続けていくと、本当にどんどん筋力がついていきます。全身を使うので、全身運動にもなります。



ーーそれを続けてきた大場さん……男子にモテるでしょ?

うーん、私がそうかというと微妙な感じですが。でもクライミングをやっている方は男性が多いので、女性は男性との出会いがあるかもしれないです!私が行っているクライミングジムでも、やっている方同士が結婚することが結構多いです。

ーーだって、共通の経験をするんですもんね。登る、という。わかりやすい目的を達成する。人生と重ねるんじゃないですか?

そうですね。一緒にどう登るかを考えて。結果、ふたりとも登れたと、なれば。

ーーちなみに大場選手は、どういった男性がかっこいいと思いますか?

うーん、かっこいいなと思うのは……ひとつのことをずっと続けている人ですね。ホント、続けることって、それだけでも結構価値があると思うので。それを続けて、どんどん日々努力している人は本当にすごいな、カッコイイなと思います。

何回も落ちるもの。でも「絶対にやれる」と考える



ーーミスのことを聞きます。失敗もあるでしょう?

落下ですね。落ちることは多いですよ。

ーー僕らがこの競技にトライしようと考えたとき、「落ちるのが怖いからやめとこう」と考える人もいると思うんですよ。そうでなくとも、日常から失敗を恐れて挑戦しない、ということはある。

クライミングは落ちるのが当たり前なんですよ。だからそういう準備ができている。「ボルダリング」だったら、下にしっかりと分厚いマットが敷いてあったり、「リード」では落ちても大丈夫なようにリードをつけて登るので。落ちてもまったく大丈夫です。むしろ、一回成功するために何百回落ちる、ということもあるので全然、落ちることは心配しなくて大丈夫です。



ーー多くの人が、人生の壁を登りたい、超えたいと思っているはずです。みんな。でも超えられない。あと一歩を踏み出すためにもがいている人も多いんですよね。そういった方へ、あと一歩を踏み出すアドバイスを。

人生に重なるかはわからないですけど……クライミングの話で言えば、何回も同じルートをトライして、何回も同じ場所で落ちる。そういうことも結構あって。そこで何が必要なのかを考える。あるいは自分の弱点を補うことを考える。本気で登っているときは、「ダメだ、次の石を取れない」と思わないこと。絶対やってやる、と思いながらやる気持ちが大事だと思います。

ーー最後に東京五輪への抱負を。

本当にオリンピックに出ることはすごく難しいことなんですけど、それを目標に毎日努力しているので、周りの方を裏切らないようにしたいですね。クライミングのかっこよさ、登っているときの姿のかっこよさ、頑張っている姿も見ていただきたいですね。それが誰かのためになるのであれば、クライミングをやっていてよかったなと思えるので。見ていてほしいところです。



「失敗すること、ホントに多いんですよ〜」。取材の合間にも彼女は、ふんわりとした口調でそう繰り返した。しかも本番では、想定したコースの通り登れないことも多いという。いいことばかりじゃない。でも最後の最後は「気合い」だとも。”ギャップ美女”大場美和は、周囲を魅了しながら、2020東京の壁を超えていく。



<プロフィール>
大場美和(おおば・みわ)
1998年3月7日生まれ。愛知県岡崎市出身。血液型O型。

プロクライマー。クライミングワールドカップ日本代表/2015年クライミングアジアユース選手権 ボルタリング、リード競技チャンピオン。フェリス女学院大学在籍中。

9歳でクライミングを始めユース年代には日本、アジアで実績を残す。 器械体操で培った柔軟性とバランス感覚、手足のリーチの長さが強み。「ランジ」というジャンプしてホールドを飛び移るダイナミックな動きを得意としている。2016年映画「笠置ROCK」では演技にも挑戦。昨年10月には「行列のできる法律相談所」に 新垣結衣、瑛太、コロッケらとともに出演した。