「長寿企業は日本の宝」 日本経済大学大学院特任教授 後藤俊夫 −世界が注目する日本の「100年企業」の研究と発信に奮闘− /LEADERS online
日本ではファミリービジネスに対するイメージはあまりよくないのが現状だ。しかし、長年の研究から「100年潰れない長寿企業のほとんどがファミリービジネス。業績も優秀で、世界がその経営に注目している。『国の宝』というべきものだ」と喝破する学者がいる。 一般社団法人「100年経営研究機構」の代表理事も務め、国内外の長寿企業を分析し、社会に還元する活動に精力的に打ち込む後藤俊夫さんに「100年企業の秘密」について話をうかがった。(聞き手 仙石実・南青山グループCEO・公認会計士・税理士・公認内部監査人/構成・株式会社フロア)
初めて調べた日本の100年企業の数
(仙石)「企業の寿命、長寿のための要因」を研究テーマとされているということですが、研究を始めたきっかけなどを教えていただけますか。
後藤 従来の経営学の中心的課題は、「大企業や上場企業の経営は、いかにあるべきか」ということであり、私もそういう考えから企業を分析していました。しかし、2004年に海外の友人とディスカッションしたことがきっかけで、日本の長寿企業はほとんどがファミリービジネスであることことに気がつきました。その後、「ファミリービジネスとは何なのか」「ファミリービジネスの良い点と悪い点は何なのか」「長寿につながる要因は何なのか」とテーマで研究活動を続けてきました。
老舗企業の研究そのものは、日本でも100年近くの歴史があります。しかし、私の研究が独自である点は、「日本全体に100年以上続く企業は何社あるのか」を調べたことです。これをやろうとしたり、日本を調べた後に国際比較をしたりする学者はこれまでいませんでした。
(仙石)代表理事を務めていらっしゃる一般社団法人「100年経営研究機構」の活動について教えてください。
後藤 私がひとりで構築した国内・海外の100年企業データベースの維持と活用が主な活動です。活動は2年目に入り、このデータベースをアップデートして、社会にフィードバックしています。年6回程度東京で研究会を開き、100年企業の要点や概要をみなさまに情報発信することが活動の第一です。この他、「三方よし」で知られる近江商人の発祥の地である滋賀県などで、現地の視察活動を行っています。
日本の100年企業は250万社、世界の4割
(仙石)「ファミリービジネス」と「長寿企業」と「老舗企業」、それぞれの違いは何でしょうか?
後藤 ファミリービジネスの定義は「創業者など親族の影響下にある企業」です。一方、長寿企業とは「創業100年以上」と定義しています。ただ、日本の長寿企業というと大半がファミリービジネスなので混同されがちです。日本には長寿企業が2万5,000社ある一方で、ファミリービジネスの数は250万社です。これは日本の法人企業の97%にあたります。
企業の最大の目的は、次の代に事業を継承することですが、ファミリービジネスでは、特にその意識が強い。250万社あるファミリービジネスが目標とするところが、2万5,000社ある長寿企業といえます。また、200年以上の企業の数では、日本が世界の4割を占めます。100年企業では約35%です。両方とも世界で最大です。
(仙石)以前に京都に行ったときに「100年経たないと老舗じゃない」という話を聞いたことがあります。やはり、100年というのが老舗の定義になるのでしょうか。
後藤 「老舗」という言葉には、それなりの歴史とイメージがついてきます。単に長さだけではなく、長さが生み出す「信用」とか「価値観」が含まれています。創業から3代続くことが難しく、逆に3代続くと4代目以降に続く可能性が高まるので、100年を定義にしました。
時代を超えて息づく石田梅岩の思想
(仙石)老舗というのはある意味、のれんのような目に見えない無形資産、つまり「ブランド」が引き継がれてきたということなのですね。私も老舗企業の社長と話をする機会が時々ありますが、しばしば、江戸時代の思想家、石田梅岩の話になります。
後藤 それは日本の長寿企業を支えている思想的なバックボーンに、石田梅岩が唱えた「石門心学」の存在があるからでしょう。石田梅岩が生まれたのは8代将軍の吉宗の時代。元禄バブルが弾け、世はデフレのまっただ中でした。吉宗は「享保の改革」を断行します。豪商たちは見せしめのために、潰されることもありました。そんな危機感の中、商人たちは、どうやって次の代に商売を継げばいいのかを探し求めていたのです。
石田梅岩が心学を提唱したのはまさにその時期でした。「私利私欲のための事業ではダメだ。いかに公の欲、公欲のための事業を営むべきか」という主張は、時代が求めていた答えでした。心学はやがて全国に流布し、各家庭では、それに基づいた「家訓」が作られていきます。多くの経営者の方々が、石田梅岩のことを口にするのは、そうした背景があるからだと思います。
(仙石)バブルが崩壊してデフレになり、いろんな企業が淘汰される一方、社会に求められる企業だけが継続していくのは現代も同じですね。
社会が求める企業だけが続く理由
後藤 その通りです。「社会に求められる企業だけが継続していく」ということについて、私は3つのことを申し上げたいと思います。まず今、ハーバード・ビジネススクールをはじめとして米国では、「公益資本主義」(パブリックマインディッドキャピタリズム)という言葉が重要なテーマとして語られるようになりました。それは、従来の米国型の金融資本主義、すなわちウォールストリート型の資本主義に対する反省です。
次に、バングラデシュの経済学者、モハメド・ユヌス博士の主張です。ご存知の通り、ユヌス博士はノーベル平和賞(2006年)受賞者です。
ユヌス博士は「ソーシャルビジネス」について7つの原則を提唱しているのですが、一言でいえば、まず「ビジネスであるからには、収益がなければならない」ということです。その一方で、「社会的に評価されることも必要だ」と訴えています。事業性と社会性を両立させなければならないということです。
実は私も同じようなことを主張しています。100年以上続いている企業は、社会へのお役立ちを重視して評価され、愛されています。日本はそんな100年企業が世界で一番多いわけです。これから日本で、ユヌス博士となんらかの共同プロジェクトが始まることを期待しています。
ゴア元副大統領も賛意
後藤 最後に、同じくノーベル平和賞(2007年)受賞者で米国元副大統領、アル・ゴアさんに2014年にお目にかかったときの話です。私はそのときに長寿企業が大事にしていることを5つの視点から申し上げました。
まず1つ目は「社会のためを考えた経営」。
2つ目は、それゆえに「広範な市民から支持され、高い評価を得ていること」。
そして3つ目は「単に自分の事業の拡大だけを考えない経営」をしていることです。
4つ目は、地球環境保護に取り組んでいるゴアさんだからこそ伝えたかったのですが、「有限な地球の資源を極めて節約する経営」。
最後に5つ目に申し上げたのは、こうしたことから「長寿企業のビジネスモデルは、地球レベルで必要とされている」ということでした。
ゴアさんは「最初に日本が長寿企業大国であることに敬意を表します。あなたの主張すべてに賛成します」と言ってくださいました。21世紀の地球レベルで求められているものが、日本にはたくさんあるということです。すでに海外は注目していて、とりわけ中国からは多くの人が学びに来ています。
企業にとって創造と革新とは
(仙石)なるほど、企業の存在意義が明確になるような指摘ですね。ところで、先生は書籍で「創造と革新」について書かれていると思うのですが、詳しく教えていただけますか。
後藤 100年も長く続くと、「変えなければいけないもの」と、「変えてはいけないもの」があるのではないでしょうか。前者は時代の変化、消費者の変化、企業を取り巻く環境の変化、技術革新に対応することです。
つまり「マーケティング」ですね。後者は、企業の価値観や経営理念、昔の言葉でいうと「家訓」ですね。家の教えが「家訓」ならば、家の法律は「家法」。両方を合わせて家の憲法を意味する「家憲」といいますが、こうしたものは短期に変えるものでありません。
守るべきものである伝統と、変えるべきことである革新。このバランスが非常に大事です。一方、長寿企業の経営者の中には「伝統とは革新の連続である」という人もいます。「日々、変化を続けるからこそ、100年続く」ということです。いずれにしても、変えてはいけないものが、「軸」として、その中心にあります。
ベンチャー企業でも長く続く6つの定石
(仙石)昨今は、さまざまなベンチャー企業が登場しています。短期的利益を追求しているような企業も多いようなのですが、そんな企業が長く続くためのヒントはありますか。
後藤 「100年企業の定石」が6つあります。1つ目は経営において「短期10年、中期30年、長期100年」という視点を持っていることです。「短期10年」とは、後継者を教育して、バトンタッチする事業承継の期間です。「中期30年」は、社長が責任者として経営を引っ張る期間。「長期100年」というのは、孫の代だけでなく、3代先まで考えて計画を立てるということです。
2つ目は、持続可能な成長を重視することです。自分の能力を超えた無謀な経営を戒め、身の丈経営に徹します。
3つ目は自己優位性の構築です。100年も続いていれば、創業のときと同じ事業だけをやっていては難しい局面が出てきます。創業以来の事業を頑なに守るのも、もちろん尊いですが、「多角化」で乗り切ることも必要になるのです。多角化の方法も、本業と無関係な事業ではなくて、関連するところに拡大していくことが重要です。
4つ目は、従業員、客、取引先、地域社会など、企業を取り巻く利害関係者との関係性を、長期にわたって大事にすることです。それが信用につながります。
5つ目はリスク管理です。家訓だけでなく、財務的に見た安全性の確保や、経営の独立性も大事です。
6つ目は、次の世代への事業承継に向けて強い意思を持つことです。これは、他の国と比べて、日本は強いことが判明しています。
ファミリービジネスの強みは「責任の連続」
(仙石)事業承継では、大きく分けて、親族内承継と第三者承継(M&A)があると思います。事業継承のあり方については、どのようなお考えでしょうか?
後藤 私は、「できる限り親族内承継を続けるべきだ」という立場です。海外の研究成果を見て驚いたのですが、世界に存在する企業の大半は、ファミリービジネスなのです。日本でも企業の97%がファミリービジネスです。大手も上場企業約3,500社中で、53%がファミリービジネスです。米国、イギリス、ドイツ、フランスなど、どの国でも同じような結果なのです。
そして、ファミリービジネスと一般企業の業績を比較してみると、ファミリービジネスが収益性、安定性、成長性など、いずれの点でも優れていることが分かりました。これほど数が多く、しかも業績のいい企業が、ファミリーでの事業承継を放棄したら、自らの強みを自分で放棄することになります。これは由々しきことではないでしょうか。
(仙石)ファミリービジネスの強みとはどのあたりでしょうか?
後藤 経営は責任を持った人が、責任を持って遂行することが最も重要です。これをファミリー内で、代々、続けていくことこそが、一番の強みになるのです。その逆が、いわゆる「サラリーマン社長」ですが、結局、彼らは短期的な視点で経営を、「そつなくこなしていければいい」という考え方の連続になりがちです。代々、家業として続けてきた経営者の責任の重さと比較したら、同じ責任といっても、全然、意味が違います。
また、短期的な視点ばかりでは、どうしても時代に押し流されます。短期的には、配当も株価も大切でしょう。しかし、長期的には、いかに社会の役に立つかということが大切になります。むしろ、親族が代々続けていくことで、それは担保されることになるはずです。
経営者の方々には、ぜひ、短期ではなく、長期的なミッションとして、「企業が何のために存在するのか」を、常に考えていただきたいと思います。企業の97%がファミリービジネスで、その従業員数は日本全体の雇用者の7割以上に及びます。まさに日本経済の主役なのです。
そして、長寿企業の数が世界一という日本の企業経営は、世界中から注目されている。ぜひ、この重みを多くの方々に噛みしめていただきたい。長寿企業は日本の国宝です。
【プロフィール】
後藤俊夫 日本経済大学大学院特任教授
1966年 東京大学経済学部 卒業
1974年 ハーバード大ビジネススクール 卒業(MBA取得)
大学卒業後、日本電気(NEC)に33年間勤務。1999年に静岡産業大学教授になる。その後、光産業創成大学院大学、2011年4月から日本経済大学、同経営学部長を経て現職。これまでに東京工業大学、青山学院大学、東京都市大学大学院、日本大学グローバルビジネススクールの非常勤講師を務めた他、現在は近畿大学経営イノベーション研究所顧問、中国人民大学、南開大学などで特別研究員を兼務している。企業の「経営戦略」が専門分野。日本でも珍しく「ファミリービジネス」のエキスパートとしても知られる。100年経営研究機構代表理事、日本文明研究所会長、斯文会理事。
主な著作
『長寿企業のリスクマネジメント:生き残るためのDNA』(監修)
『ファミリービジネス白書2015:100年経営を目指して』(監修)
『百年企業100選 未来に残したい老舗企業』(監修)
Handbook of Research on Family Business, The Second Edition(共著)
『老舗企業の研究 改訂新版』(共著)
『ファミリービジネス−知られざるその力と可能性』(編著)
【転載元】
リーダーズオンライン(専門家による経営者のための情報サイト)
https://leaders-online.jp/