ヤクルト山中浩史がしみじみと語る「アンダースローの孤独と誇り」
アンダースロー投手には「孤独」という言葉が似合う。そのことを、ヤクルトの山中浩史に話すと、「孤独がポイントなんですね」と笑った。
「孤独かと聞かれれば、そう思います。今、プロ野球界で本当のアンダースローは牧田(和久/西武)さん(西武)と僕のふたりだけですし……。青柳(晃洋/阪神)はちょっと違うし、(上投げの)みんなと話をしていても『違うなと』感じることがあるので……」
今季はローテーション投手として2ケタ勝利を期待されている山中浩史 山中は高校時代(熊本・必由館)から、大学(九州東海大)、社会人(ホンダ熊本)、そしてプロとアンダースローひと筋でやってきた。
「僕は上から投げたことがありません。ピッチャーを始めたのはソフトボール(小学生時代)ですし。逆に、上から投げていたらこの世界にいません(笑)。ピッチングフォームは独学です。渡辺俊介(元ロッテ)さんや牧田さんの動画を見て、あとは自分で考え、自分の感覚でやってきました。渡辺俊介さんとは話をさせていただく機会があったのですが、体重移動の仕方や変化球の握りなど、考え方は基本的に一緒でした。でも、やっぱりアンダースロー投手は自分で克服しなければいけないことの方が多いと思います」
ここで山中のここまでの成績を見てみたい。
2013年(ソフトバンク)/17試合/0勝2敗/防御率5.52
2014年(ソフトバンク)/1試合/0勝0敗/防御率6.00
(ヤクルト)/9試合/0勝0敗/防御率6.75
2015年(ヤクルト)/9試合/6勝2敗/防御率3.24
2016年(ヤクルト)/22試合/6勝12敗/防御率3.54
27歳でプロ入りを果たした山中のプロ初勝利は、ヤクルトに移籍して2年目となる2015年6月12日の西武戦だった。
「思い出深い初勝利でした。目標としていた牧田さんが西武の先発で、投げ合えただけでもすごく嬉しかったですし、プロで初めて負け投手になった西武ドームで勝てたことも嬉しかったですね」
この勝利から6連勝を記録し、山中はチームの14年ぶりの優勝に大きく貢献することとなる。入団2年目のシーズン途中でトレードされた投手が、なぜ勝てるようになったのか。
「ヤクルトへ移籍してからですよね。高津(臣吾)投手コーチ(現・二軍監督)や、二軍のトレーニングコーチとの出会いは大きかったと思います。投げることに対しての考えが変わりました。ソフトバンクの時は、ひざを中心にコントロールするフォームで投げていたのですが、ヤクルトに来てから『右のお尻で投げてみたらどうか』と。右のお尻に体重をためて投げるということです。そして『体を立てろ』『手首を立てろ』と教えてもらいました。その結果、ボールに力が強く伝わるようになり、強いボールが投げられるようになったんです」
ヤクルトに来て、ピッチングそのものを変えたことで結果が出るようになったと山中は言う。そして続ける。
「変化球の落ちも違いますし、何より制球が長く続くようになりました。ひざ中心のころは、1イニングは制球が良くてもそのあとが続かなかったのですが、今は2イニング、3イニングといい制球ができるようになった。高津さんの存在は大きかったですね。サイドスローとアンダースローでは、ピッチングのメカニズムは違うと思うのですが、考え方は一緒でした。アドバイスも押しつけるのでなく『こうしたらどうか、こうやってみたらどうか』と言ってくださったのもありがたかったですね」
お尻のピッチングを知った山中のピッチングは「スリルとサスペンス」が満載だ。昨シーズンのフライアウトは49パーセント。打たれた瞬間は「ホームランか」という大飛球がフェンスを越えずにアウトになる場面が、1試合で何度も見られるのである。
「そういう(打者のタイミングをはずせた)アウトも嬉しいですけど、神宮や東京ドームでは成績が悪いんで(苦笑)。結果としてフライボールピッチャーになっていますよね。去年は長打で試合を決められることが多かったですし、自分としてはゴロも打たせたいですし、空振りも取りたい。万遍なくアウトを取りたいのですが、そのためにもっと幅を広げたピッチングがしたいと考えています」
さて、アンダースロー投手はプロ野球の長い歴史のなかで数十人しかいないが、その中から数多くの一流投手が出ている。
「それは知っています(笑)。山田久志さん(元阪急/通算284勝)、足立光宏さん(元阪急/通算187勝)、皆川睦雄さん(元南海/通算221勝)。昔は多かったですよね。僕の世代では少なくなりましたが、渡辺俊介さんに牧田さんですよね」
── 山中投手も一流のアンダースロー投手への「入り口」に立っていると思います。
「まだまだそういうところまで到達していません。牧田さんは球が速いですし、渡辺俊介さんはバッターに近いところでボールをリリースしていました。そのことで打者に対しての間がすごく取れていた。山田久志さんは、日本シリーズで投げている動画を見ましたけど、球が速いですよね。ちょっと僕には難しい部分です。そういう意味で、これから誰を目指すのでなく”山中浩史”とはこういうピッチャーなんだという、自分の色を出せればいいかなと思っています」
── 具体的にはどんなイメージを描いていますか。
「僕は球が遅い(最速で120キロ台半ば)ので、まずは緩急ですね。そして、ベースの四隅を狙い、前後、左右、高低、フォームの強弱に、かけ引き。それらを総動員して自分のペースに持ち込むのが理想です。球速は上げたいですけど、130キロくらいになったらバッターの打ちごろになりますからね(笑)。スピードというより、真っすぐの質を高めたい。そのことによって変化球のキレも増すでしょうし、真っすぐにキレがあれば球速以上に速く見えると思うので……」
── 今シーズンのヤクルトは先発投手陣の奮起にかかっているといっても過言ではありません。
「登板する試合は全部に勝ちたいですし、2ケタ勝利はひとつの目安だと思っています。キャンプはここまで順調です。今はただ投げているだけですが、これから実戦に入って打者と対戦しながら、どうすればアウトを取れるのかをしっかり考えながら投げていきたいですね」
ある日のヤクルト沖縄・浦添キャンプでのこと。最大で7人投げられるブルペンで山中はひとりで黙々と投げ込んでいた。左足を上げ、上体が深く沈み込む。ボールは「よいしょっ」という掛け声と同時に地面に近いところから放たれ、ミットにおさまる音が心地よい。
「いいボールだぁ!」
江花正直ブルペン捕手が、山中に声をかける光景を見ると、アンダースロー投手は「孤独ではないのだな」と思ったのだった。
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