防衛省の広報誌なのに「グラビア」「婚活」「制服図鑑」 創刊10周年『MAMOR』の道のりとは?
防衛省の広報誌なのに、一般誌と同じような誌面構成。女性タレントのグラビア有り、ワイルドな自衛官たちが自身の未来のパートナーを募集する企画有り、時には制服図鑑やガールズトークなど、際立った特集も展開する。
2007年1月に創刊した月刊誌『MAMOR』(扶桑社刊)が、ついに創刊10周年を迎えた。
編集長の高久裕さんは、もともと『週刊SPA!』をはじめ数々の一般誌の編集に携わってきた人物だ。そんな彼はそれまでの経験を元にしながら、堅いイメージの強い官公庁の広報に風穴を開けてきた。
『MAMOR』読者の平均年齢は創刊当時の42歳から35.8歳まで若返り、メディアもこの雑誌をこぞって取り上げている。自衛隊に興味がない若者層にも、確実に読者を広げている。これは「広報」としての成功事例といっていい。
一体、高久編集長は「自衛隊の広報」をどのように捉えているのか? お話を伺った。
(新刊JP編集部/金井元貴)
■きっかけは「ふざけた自衛隊体験入隊ルポ」だった
――『MAMOR』創刊10周年、おめでとうございます。先ほどAmazonで2006年12月に出版された創刊準備号がマーケットプレイスで21000円の高値がつけられていました。(*1月18日現在)
高久氏:へー、そうなんですか。すごいなあ(笑)。
――当時は今のような柔らかい誌面ではなく、かなり硬派な造りだったようですね。
高久:今は女性タレントさんが表紙を飾ってますけど、これは2008年からですね。創刊から1年間、表紙は装備品でしたからね。硬派な印象を受けるかもしれません。
――今回のインタビューでは『MAMOR』10年の変遷をお伺いしたいのですが、創刊号と最新号を並べると、受ける印象がまったく違います。
高久:そうだね(笑)。創刊した当初はだいぶ手探りでしたから。防衛省のオフィシャルマガジンという銘打ち方でしょ。どこまで柔らかくしていいのか分からなかったし、こちらが理想だと思う誌面を小出しにしていったというのが正直なところでした。
――ただ、今では表紙としてお馴染みの女性タレントのグラビアは創刊号から掲載されていたんですよね。
高久:うん、創刊号から載せています。この『MAMOR』のコンセプトなんですよ。創刊する前に防衛省の方と打ち合わせをしているなかで、「とにかくいろんな人に読んでほしい」と言われていたから。
自衛隊マニア向けではなく、「自衛隊って何をしているの?」というくらい興味のない若い人に手に取ってほしいことだったので、単純に人気女性タレントのグラビアが載っていれば手に取ってもらえるかなという感覚でしたね。
――そもそも『MAMOR』創刊のきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
高久:ちょうど2005年に扶桑社にカスタム出版の部署ができたんです。これは団体や企業にカスタマイズした出版物を出すというマーケティングの手法なんですけど、当時すでに出版不況が始まっている中で、出版社の次の収入源として注目を集めていたんですね。
そこで僕は新設されたカスタム出版の部署に異動になったので、まずクライアントを探さなければいけないと。でも僕はずっと編集畑にいたので、営業をしたことがなかったんですよ。それで、困ったなあと。
ただ、ちょっと思い当たる節はあって、僕はこの部署に来る前に『週刊SPA!』の編集をやっていたんですね。そこでライターに、自衛隊に体験入隊してもらってルポするという企画をやったことがあったんです。
まあ、『週刊SPA!』なので、分かりやすく言うと“ふざけた”企画になったわけですけど(苦笑)、自衛隊にも協力していただいたので御礼を兼ねて本を届けに行ったんですね。多分これは怒られるかもなあと思いつつ、広報の担当官に読んでもらったら、大笑いして「これからはこういうやわらかい広報をした方がいいのかもね」と言われて。
それが頭にあったので、「やわらかい自衛隊の広報誌を作りませんか?」と当時の防衛庁に提案したんですよ。
――そういえば2006年頃は「官から民へ」というスローガンがありました。ちょうどそのタイミングに合致したというわけですね。
高久:タイミングはとても良かったです。防衛庁も民間に広報誌の制作を委託しようと考えていたようでした。それまであった『セキュリタリアン』という広報誌は社内報みたいなもので、一般流通もしていないから国民の目にも触れることもまずないわけですよ。
それに気付いた防衛庁高官が「これでは広報にならないだろう」ということで、民間への委託を考えていたそうなんです。ただ、随意契約はできなかったので、ちゃんとした手続きを踏んで入札をして、扶桑社の企画が採用になったという流れですね。
■読者がタイトルを勝手に解釈してくれた
――そして2016年12月に創刊準備号が発行され、2007年3月に創刊号が出ます。『MAMOR』というタイトルはかなりキャッチーで分かりやすいですが、最後に「U」がないのは気になります。
高久:これは実はすごく単純な理由なんですよ(笑)。表紙をデザインにするときに、デザイナーさんが、「U」を入れるとデザインしにくいと。じゃあ「MAMOR」でいいですよ、という流れです。
ただ、面白かったのはその後にインターネット上で「MAMOR」は「ARMOR」のアナグラムなのではないかという噂が流れたんですよね。よく見ると一文字違うけれど(笑)。「ARMOR」は鎧や装甲、防護具の意味があるから、意味は間違えていないわけです。僕も「なるほどね」と思って、その時は「U」の文字がない理由についてそういうことにしていましたね。
――それは面白いエピソードですね(笑)。創刊されてから1年は硬めの企画を並べつつ、2008年3月号で「女性自衛官の制服コレクション」という企画をやっています。一気に雰囲気がガラっと変わりましたよね。
高久:これは昔、女子高生の制服図鑑が流行ったでしょ。あの本を書いたイラストレーターが好きだったので、その人と仕事がしたいというので立てた企画です(笑)。
――それは高久編集長の趣味ということですか!?
高久:趣味というか、僕は女性誌からファッション誌、車雑誌と色々な雑誌を渡り歩いてきたんですけど、この作家さんに書いてほしい、このカメラマン使いたいという一流の人が何人もいたんですよね。
防衛省の広報誌というと、イメージがどうしても堅いじゃないですか。でも、『MAMOR』をそういう雑誌にしたくないんです。一流のスタッフを起用し、メジャー感のある雑誌づくりをしたいと思っているので、ライターやカメラマン、タレントさん含めて有名な方にお願いをしています。
――そうなると、いかにキャッチーな企画作りをするかという部分が問われますね。
高久:うん、だから一般誌と同じ感覚で編集するようにしていますね。
――『MAMOR』編集部の中には、防衛省の方も入っていらっしゃるのですか?
高久:陸海空それぞれの自衛隊員が企画会議から発行まで携わっていますよ。取材も立ち会います。一緒に『MAMOR』を作っています。
――婚活やガールズトークなど、かなり一般誌的に近い企画もこれまでやってこられたじゃないですか。でも、企画が自衛隊都合でボツになることも多いんですか?
高久:それはしょうちゅうですね。僕はこの雑誌で自衛官の人間としての弱さを描きたいと思っているんですよ。例えば災害派遣の現場でも、みんな怖いと思いながら活動しているんです。誰だって寒いのは嫌だし、痛いのは避けたい。でも、彼らはそれを仕事としてやっている。そこをちゃんと映し出したいんですよね。
強いところだけを描いても、それって単なるスーパーマンですよね。すごい人たちなんだなと思うだけでおしまい。でも実際は僕らと同じ普通の人間なんですよ。そんな人たちが東日本大震災で自分の家族も被災しているのに、外に出ていって救助活動をしている。だからグッとくるわけです。
そういう普通の部分を強調した企画を立てたいんだけど、なかなかOKが出ないんですよね。難しいです。あとは恋バナみたいな企画もOKが出ない(笑)。
――これまで印象的だった企画を教えていただけますか?
高久:『MAMOR』って面白い広報誌で、いろんなメディアから取材がたくさんくるんですよ。それは何故かと考えたときに、まず防衛省がこんなにやわらかい雑誌を出しているという事実に対する驚き。もう一つは「マモルの婚活」という企画ですね。婚活についての連載ページがあるんです。
――未来のパートナーを探している独身自衛隊員を紹介する連載ですね。これは毎号楽しみにしています。
高久:これは女性読者を獲得する大きな武器になっています。最初に特集を企画をしたのは2009年11月号だったと思います。「自衛官と結婚しようよ」というタイトルでした。
なぜそんな特集を組んだのかというと、自衛官の知り合いがいる人はそんなに多くないと思うけれど、そうではない人は「堅そう」とか「怖そう」というイメージを持っていると思うんですよね。それは以前の僕もそうでした。
ただ、取材で自衛官と接してみると、僕らと変わらない普通の人なんです。それを表現したいと思ったときに、「結婚相手としての自衛官」が思い浮かんだ。そして実際にやってみたら、この企画がものすごくウケたので、連載化しようということになったんです。
――新刊JPの女性スタッフにもこの婚活の連載を見せたのですが、貯金と年収欄に目が引かれていましたね。
高久:そこは目がいっちゃうよね。まあ公務員は給料が公開されているから、調べようと思えば調べられるんだけど、貯金は公開していませんから気になりますよね。
中には「軍事機密」と答える人もいて、それも面白い(笑)。でも、この企画で女性読者が増えたのは事実で、最も成功した企画の一つ出と思います。
(後編に続く)
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編集長の高久裕さんは、もともと『週刊SPA!』をはじめ数々の一般誌の編集に携わってきた人物だ。そんな彼はそれまでの経験を元にしながら、堅いイメージの強い官公庁の広報に風穴を開けてきた。
一体、高久編集長は「自衛隊の広報」をどのように捉えているのか? お話を伺った。
(新刊JP編集部/金井元貴)
■きっかけは「ふざけた自衛隊体験入隊ルポ」だった
――『MAMOR』創刊10周年、おめでとうございます。先ほどAmazonで2006年12月に出版された創刊準備号がマーケットプレイスで21000円の高値がつけられていました。(*1月18日現在)
高久氏:へー、そうなんですか。すごいなあ(笑)。
――当時は今のような柔らかい誌面ではなく、かなり硬派な造りだったようですね。
高久:今は女性タレントさんが表紙を飾ってますけど、これは2008年からですね。創刊から1年間、表紙は装備品でしたからね。硬派な印象を受けるかもしれません。
――今回のインタビューでは『MAMOR』10年の変遷をお伺いしたいのですが、創刊号と最新号を並べると、受ける印象がまったく違います。
高久:そうだね(笑)。創刊した当初はだいぶ手探りでしたから。防衛省のオフィシャルマガジンという銘打ち方でしょ。どこまで柔らかくしていいのか分からなかったし、こちらが理想だと思う誌面を小出しにしていったというのが正直なところでした。
――ただ、今では表紙としてお馴染みの女性タレントのグラビアは創刊号から掲載されていたんですよね。
高久:うん、創刊号から載せています。この『MAMOR』のコンセプトなんですよ。創刊する前に防衛省の方と打ち合わせをしているなかで、「とにかくいろんな人に読んでほしい」と言われていたから。
自衛隊マニア向けではなく、「自衛隊って何をしているの?」というくらい興味のない若い人に手に取ってほしいことだったので、単純に人気女性タレントのグラビアが載っていれば手に取ってもらえるかなという感覚でしたね。
――そもそも『MAMOR』創刊のきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
高久:ちょうど2005年に扶桑社にカスタム出版の部署ができたんです。これは団体や企業にカスタマイズした出版物を出すというマーケティングの手法なんですけど、当時すでに出版不況が始まっている中で、出版社の次の収入源として注目を集めていたんですね。
そこで僕は新設されたカスタム出版の部署に異動になったので、まずクライアントを探さなければいけないと。でも僕はずっと編集畑にいたので、営業をしたことがなかったんですよ。それで、困ったなあと。
ただ、ちょっと思い当たる節はあって、僕はこの部署に来る前に『週刊SPA!』の編集をやっていたんですね。そこでライターに、自衛隊に体験入隊してもらってルポするという企画をやったことがあったんです。
まあ、『週刊SPA!』なので、分かりやすく言うと“ふざけた”企画になったわけですけど(苦笑)、自衛隊にも協力していただいたので御礼を兼ねて本を届けに行ったんですね。多分これは怒られるかもなあと思いつつ、広報の担当官に読んでもらったら、大笑いして「これからはこういうやわらかい広報をした方がいいのかもね」と言われて。
それが頭にあったので、「やわらかい自衛隊の広報誌を作りませんか?」と当時の防衛庁に提案したんですよ。
――そういえば2006年頃は「官から民へ」というスローガンがありました。ちょうどそのタイミングに合致したというわけですね。
高久:タイミングはとても良かったです。防衛庁も民間に広報誌の制作を委託しようと考えていたようでした。それまであった『セキュリタリアン』という広報誌は社内報みたいなもので、一般流通もしていないから国民の目にも触れることもまずないわけですよ。
それに気付いた防衛庁高官が「これでは広報にならないだろう」ということで、民間への委託を考えていたそうなんです。ただ、随意契約はできなかったので、ちゃんとした手続きを踏んで入札をして、扶桑社の企画が採用になったという流れですね。
■読者がタイトルを勝手に解釈してくれた
――そして2016年12月に創刊準備号が発行され、2007年3月に創刊号が出ます。『MAMOR』というタイトルはかなりキャッチーで分かりやすいですが、最後に「U」がないのは気になります。
高久:これは実はすごく単純な理由なんですよ(笑)。表紙をデザインにするときに、デザイナーさんが、「U」を入れるとデザインしにくいと。じゃあ「MAMOR」でいいですよ、という流れです。
ただ、面白かったのはその後にインターネット上で「MAMOR」は「ARMOR」のアナグラムなのではないかという噂が流れたんですよね。よく見ると一文字違うけれど(笑)。「ARMOR」は鎧や装甲、防護具の意味があるから、意味は間違えていないわけです。僕も「なるほどね」と思って、その時は「U」の文字がない理由についてそういうことにしていましたね。
――それは面白いエピソードですね(笑)。創刊されてから1年は硬めの企画を並べつつ、2008年3月号で「女性自衛官の制服コレクション」という企画をやっています。一気に雰囲気がガラっと変わりましたよね。
高久:これは昔、女子高生の制服図鑑が流行ったでしょ。あの本を書いたイラストレーターが好きだったので、その人と仕事がしたいというので立てた企画です(笑)。
――それは高久編集長の趣味ということですか!?
高久:趣味というか、僕は女性誌からファッション誌、車雑誌と色々な雑誌を渡り歩いてきたんですけど、この作家さんに書いてほしい、このカメラマン使いたいという一流の人が何人もいたんですよね。
防衛省の広報誌というと、イメージがどうしても堅いじゃないですか。でも、『MAMOR』をそういう雑誌にしたくないんです。一流のスタッフを起用し、メジャー感のある雑誌づくりをしたいと思っているので、ライターやカメラマン、タレントさん含めて有名な方にお願いをしています。
――そうなると、いかにキャッチーな企画作りをするかという部分が問われますね。
高久:うん、だから一般誌と同じ感覚で編集するようにしていますね。
――『MAMOR』編集部の中には、防衛省の方も入っていらっしゃるのですか?
高久:陸海空それぞれの自衛隊員が企画会議から発行まで携わっていますよ。取材も立ち会います。一緒に『MAMOR』を作っています。
――婚活やガールズトークなど、かなり一般誌的に近い企画もこれまでやってこられたじゃないですか。でも、企画が自衛隊都合でボツになることも多いんですか?
高久:それはしょうちゅうですね。僕はこの雑誌で自衛官の人間としての弱さを描きたいと思っているんですよ。例えば災害派遣の現場でも、みんな怖いと思いながら活動しているんです。誰だって寒いのは嫌だし、痛いのは避けたい。でも、彼らはそれを仕事としてやっている。そこをちゃんと映し出したいんですよね。
強いところだけを描いても、それって単なるスーパーマンですよね。すごい人たちなんだなと思うだけでおしまい。でも実際は僕らと同じ普通の人間なんですよ。そんな人たちが東日本大震災で自分の家族も被災しているのに、外に出ていって救助活動をしている。だからグッとくるわけです。
そういう普通の部分を強調した企画を立てたいんだけど、なかなかOKが出ないんですよね。難しいです。あとは恋バナみたいな企画もOKが出ない(笑)。
――これまで印象的だった企画を教えていただけますか?
高久:『MAMOR』って面白い広報誌で、いろんなメディアから取材がたくさんくるんですよ。それは何故かと考えたときに、まず防衛省がこんなにやわらかい雑誌を出しているという事実に対する驚き。もう一つは「マモルの婚活」という企画ですね。婚活についての連載ページがあるんです。
――未来のパートナーを探している独身自衛隊員を紹介する連載ですね。これは毎号楽しみにしています。
高久:これは女性読者を獲得する大きな武器になっています。最初に特集を企画をしたのは2009年11月号だったと思います。「自衛官と結婚しようよ」というタイトルでした。
なぜそんな特集を組んだのかというと、自衛官の知り合いがいる人はそんなに多くないと思うけれど、そうではない人は「堅そう」とか「怖そう」というイメージを持っていると思うんですよね。それは以前の僕もそうでした。
ただ、取材で自衛官と接してみると、僕らと変わらない普通の人なんです。それを表現したいと思ったときに、「結婚相手としての自衛官」が思い浮かんだ。そして実際にやってみたら、この企画がものすごくウケたので、連載化しようということになったんです。
――新刊JPの女性スタッフにもこの婚活の連載を見せたのですが、貯金と年収欄に目が引かれていましたね。
高久:そこは目がいっちゃうよね。まあ公務員は給料が公開されているから、調べようと思えば調べられるんだけど、貯金は公開していませんから気になりますよね。
中には「軍事機密」と答える人もいて、それも面白い(笑)。でも、この企画で女性読者が増えたのは事実で、最も成功した企画の一つ出と思います。
(後編に続く)
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