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■「護憲」「改憲」論争が消える日

東シナ海において、日中の緊張状態がヒートアップしている。これを日本が南シナ海問題へ介入したことに対する報復と捉えるのは、必ずしも正しくない。中国にとっては、やはり台湾や尖閣諸島が存在する東シナ海が「本当の狙い」だったのである。

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中国が今年3月、南シナ海に送り込んだ船団が漁船87隻と海警2隻だったのに対し、東シナ海には300隻近い漁船と15隻の海警を投入していることからも、中国の本当の狙いが東シナ海であることは明らかである。中国による南シナ海への進出は陽動にすぎない、という見解は以前から米国でもあり、筆者も過去に指摘していたところだが、現実のものとなってしまったと言えよう。

こうした状況で危惧すべきは、不測の衝突である。何故ならば、不測の衝突によって日本の海上保安庁や、中国海警局の職員に死者が出れば、両国の世論は間違いなく過熱化するからである。そして、この衝突が引き金となり出動した、あるいはせざるを得なくなった自衛隊と人民解放軍が直接衝突し、そこでも結果として死者が出れば、収集がつかなくなる。両国、特に中国側は、体制維持のために相手国に対して妥協する余地がない事態となってしまう。

かくなる状況下で、日中間の不測の事態を最小限の衝突で平和に導くことができるのか。そしてそれが不可能であるならば、日本の政治的な勝利で終結させることができるのか。護憲論や改憲論のような神学論争ではなく、具体案を提示してくれるのが以下に挙げる2冊の本である。

米軍将校の間で爆発的ブームになった

一冊目は、ピーター・シンガー、オーガスト・コールによる『中国軍を駆逐せよ! ゴースト・フリート出撃す(上・下)』(二見文庫)である。これは国防総省の技術研究プロジェクトの代表が小説の体を借りて、現在の米軍が抱える深刻な問題を指摘する著作である。

『中国軍を駆逐せよ! ゴースト・フリート出撃す(上・下)』(二見文庫)

邦題の安っぽさはさておき、すこぶる小説として面白い。米国人ではないのに後半の反撃の展開には「USA! USA!」と叫びたくなるほどだ。そして、何よりも、中国が営々と何十年も行ってきた軍拡が、いかに米国の弱点を突いており、米国にとって脅威となっているかがわかりやすく理解できることは、特筆すべき点である。

実際、本書は米軍将校たちの間で爆発的なブームを巻き起こし、米陸海空軍と米宇宙軍司令部で“推薦図書”となっている。本書の著者たちは、米議会や国家安全保障会議スタッフに対して「(本書の)現実への教訓」についてのレクチャーを施しており、まさに警鐘の書なのである。

本書のあらすじは、2025年、中国軍が宇宙から“真珠湾攻撃”を開始し、それによって米軍が一方的に撃破されるというものである。米国は、宇宙制空権を中国に奪われ、通信・偵察機能を喪失したことで“目隠し状態”にされる。また、高度にインターネット化された米国製兵器が、中国によるサイバー攻撃や「偽部品」によって機能を停止されてしまう。ほとんど行動不能になった米軍は、中国軍の奇襲に対処できず、在日米軍はたった6日で壊滅。米海軍も壊滅し、中国にハワイ諸島を占領されてしまう。そこで米軍はローテク兵器と「民間活力」で反撃を試みる――というものである。

本書が提起する問題は、“ミニ米軍”である自衛隊を抱える我が国にとって、より深刻に受け止めねばならない問題であることは言うまでもない。その意味で、日本人にとっても必読の書と言えよう。

■戦争とビジネスが同じである理由

2冊目は、布施哲氏による『米軍と人民解放軍 米国防総省の対中戦略』(講談社現代新書)である。布施氏は、米シンクタンクCSBAの客員研究員を務めた、異色のテレビ朝日記者である。CSBAは、国防副長官を筆頭に多くの国防総省幹部を送り込んでいるばかりか、歴代国防長官の知恵袋を務めるシンクタンクであり、布施氏の実力の程が伺える。実際、布施氏は、40代の安全保障研究者のフロント&トップランナーとして、業界では知られている。

米軍と人民解放軍 米国防総省の対中戦略』(講談社現代新書)

本書は、中国がどのような方向性で軍拡を行っており、それが米国や日本にとって致命傷になりかねないことを、わかりやすく指摘している。特に圧巻なのは、最終章で描かれている2030年の日中戦争である。そこで布施氏は、取材力によって獲得した米軍内部の演習資料と公開資料を縦横に結びつけ、装備と発想が“ガラパゴス化”した自衛隊が、中国軍に翻弄される様がリアルに描写されている。

特に海上自衛隊のミサイル弾薬が2週間でほぼ払底する事実や、航空自衛隊戦闘機の通信システムが旧式で他国と演習が行えない事実が紹介されているが、これらの事実こそ、如何に安保法制を巡る左右の議論が愚劣であるかを示唆している。本書は正式な“推薦図書”ではないが、自衛隊幹部の間で愛読者が多く、密かなロングセラーとなっている。このことは、いかに布施氏の指摘が正鵠を得ているかの証左だろう。

戦争というものは、保守派が言うように力によって抑止できるものでもなければ、左派が言うように慎重になれば回避できるものでもない。それは、戦争が人間同士の営みだからである。ほとんどの戦争は、ちょっとした判断ミスや誤解を契機に発生し、予想外の連続によって大規模化し、思わぬゴールへ落着するものである。そして、それはビジネス上のアクシデントと同じである。

今年にも起こるかもしれない日中戦争に備えるためにも、日々のビジネスで勝ちにいくためにも、上記2冊の書籍は、深刻だが、豊かで有意義な視点を与えてくれるのである。

(部谷直亮=文)