小林 健斗さん 「僕の宝物」  (聖望学園出身) 

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 野球選手であれば、誰でも特別な思い出が詰まっている野球のグラブ。初めて買ってもらったグラブ。自分で気に入って選んだグラブ。選手一人ひとりに、それぞれの思い出が詰まったグラブがあります。今回は、高校野球で活躍を残した選手たちに、高校時代のお話と、その時代をともに過ごした「グラブ」へのエピソードを伺いました。

 第1回は、2012年夏の埼玉大会で準優勝した聖望学園のキャプテン・小林 健斗さん。グラブが大好き!と語る小林さんが高校時代に出会ったグラブの思い出。また当時のエピソードも交えて、あの夏の思い出をたっぷりと語っていただきました。

決断は最後の夏の2週間前

高校時代の小林 健斗さん(写真:本人提供)

 僕は埼玉県の聖望学園に入学すると、1年生からすぐに試合に出させてもらった。バッティングには自信があって、当時から1番や3番を打っていた。主力でずっと試合に出ていたということもあったけど、2年生の夏に、埼玉大会5回戦で春日部共栄に2対4で負けて、新チームになるとすぐに、岡本監督は僕にこう言った。

「このチームはお前に任せる」僕にキャプテンをやれということだ。僕は、「わかりました!任せてください!」と言って、引き受けた。キャプテンになってからは、怒られることも、大変なこともいっぱいあった。それでも、みんな僕の話をちゃんと聞いてくれて、チームとしても、とても良く機能してくれた。

 ところが、3年生になってすぐの春の県大会で、僕らは初戦負けをしてしまう。周囲から期待されていた中でのまさかの初戦敗退。これじゃ、夏に向かっていけないと、全員が思い知らされた。

 それから、僕たちが夏の大会に向けて取り組んだのは、守備の徹底だ。聖望学園の守備練習は、冬の間は基本をしっかりと固めていくための練習となる。夏が近づくと実戦的な守備練習に変わっていく。だから、冬にちょっと派手なプレーすると、「それは7月のプレーだ!」って怒られる。そうやって守備の基礎とは何か?と理解するまで、オフの期間で徹底的に練習を重ね、そして、シーズンが始まると実践練習を繰り返すことで、僕たちの守備は鍛えられていった。とくに春の大会後からの守備練習は、これまで経験したことがないほど過酷だった。

 その全てをやりきって、練習を自信に変えて臨んだ3年生最後の夏の大会。僕は、この大会開幕の2週間前。大きな決断を下した。「そうだ!グラブを新しくしよう!」今振り返っても、自分でも衝動的なヒラメキだったと思う。でも、最後の夏の大会、大事な大会だからこそ、新品のグラブで臨みたかった。一番大事な大会だからこそ、という思いがあった。

強気になれる鎧を手にして挑んだ夏は、ノーエラー

 それに、最後に何かきっかけを掴みたいという思いもあった。実はバッティングより守備に苦手意識を持っていた僕は、2年生の冬にウイルソンのグラブと出会った。手にはめてすぐに感じた。「このグラブなら捕れる!」

 機能的な部分でも、フィット感でも、これならいけるという確信が持てたのだ。その後、グラブを替える機会をうかがい、ついに最後の夏の大会前にその決断を下したんだ。初戦の3日前くらいにグラブが届いて、早速ノックで使ってみた。その時にどんな打球もしっかり掴めるという感覚を確認できた。

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最後の夏は決勝戦まで勝ち進む(写真:本人提供)

 新しいグラブにして一番良かったこと。それは、送球が安定したことだ。グラブって、捕ることがメインだと思われがちだけど、実は違う。エラーの半分以上は送球時に起きる。だから、型やサイズが自分に合っていないグラブを使うと、ボールをグラブから手に持ち替えるときに、握りそこなったり、そのまま投げて暴投になってしまう。

 でも、よいグラブなら、スムーズに握り替えることができて、そのまま安定した体勢で投げられる。グラブの型がしっかりしていれば、掴むことすらしないでもいい。すくい上げて右手にトスして送球、という流れるようなプレーが出来る!それ以来、捕球においても、ショートバウンドも取りこぼすことが無くなった。

 よしこれで行こう!「このグラブだったら俺はエラーしない」そんな強い気持ちが持てた。夏までの練習をしっかり積み重ねたら、最後は気持ちの問題なんだ。ウイルソンのグラブは、僕にとって強気になれる鎧みたいなものだった。

 そして、僕らのチームは決勝戦まで勝ち進んだ。ノーシードから決勝までの8試合。僕は、なんとノーエラーで戦い抜いた。夏の大会でエラーがゼロになったのは、間違いなくこのグラブのおかげだ。

 そして、埼玉大会決勝戦。最後の相手は浦和学院だった。正直、もう勢いだけで勝ち上がってきた僕たちと比べると、相手はやっぱり強かった。でも、そんな中でも、僕はプレーに集中できたし、守備でも見せ場を作ることが出来た。強気になれる鎧、グラブがあったからだ。試合は0対4で負けてしまったけど、納得もあった。それでも、悔いがあるとしたら甲子園のグラウンドにこの仲間たちと、そしてこのグラブと一緒に立ちたかったということだ。

 ちなみに、グラブ好きの僕にはオススメのグラブのお手入れ方法がある。試合の日は、汗を拭くためのボディシートをポケットに入れておく。それで、飛び込んだりして泥が付いたら、すぐに拭く。プレーが終わってもすぐ拭く。ベンチに帰ったらさらに細かいところも拭く。ボディシートがなんで良いかというと、汚れが落ちるのとアルコールなのですぐに乾くから重くならないんだ。それに、人間の肌に使うものだから、革が傷まない。

 ただ、それだけだと色が落ちてくるから、家に帰ったらちゃんとクレンジングローションやキープオイルを塗って仕上げることが大切。ここでも気をつけておきたいのは、キープオイルは塗りすぎないこと。塗り過ぎると重くなってしまう。クレンジングローションで磨いて日陰で乾燥させて、そのあと、夜には手の平に薄く伸ばしたキープオイルを塗る。それから、紐の部分は骨組みみたいなものなので、力もかかるし、革に比べても一番ヘタりやすい。だからこそ、そういうところもきちんと手入れをするのが大事。

 僕は手入れをきちんとしてからは、紐が切れたことは無い。まだまだ、グラブについては熱く語れるけど、例えていうなら、もしテレビゲームをやるなら強いキャラクターを選びたいし、そのキャラクターには強い武器と頑丈な防具を持たせたい。野球の試合もそれと一緒だ。自分が心から信頼できるグラブがあれば、それだけで気持ちは強くなる。僕にとって、最後の夏に手にしたグラブは間違いなく僕にとっての宝物だ。

(語り=小林 健斗さん)

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